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這々の体で、辿り着いた。


夜の闇に紛れてここまで辿りつたがが、追っ手を完全にまいた訳ではない。


はやる呼吸を必死で抑えながら、解錠センサーを探る。白い塀に囲まれた四角いこの建物には、何の名も見当たらない。ただただ、壁だけが続く箱のような建物だった。


静脈認証システムの赤いランプがピカピカ点滅した後、点灯に変わった。


カチ、と鍵の開く音が響いたのでもう一度周りを確認し、素早く、けれど細く扉を開いて身を滑り込ませた。パタン、と扉の閉まる音が静かな廊下に響く。暗い廊下の向こうに薄明かりが見えた。途端ぱっと廊下が明るくなり、思わず目をすがめる。


「ときわ?」


呼ばれてその声にほっとした。背にした扉にもたれ、緊張を解く。灯りをつけた男は、待ってたよと言って笑った。


「さすがにもう捕まるかと思ったよ。こっち」


現れた幼なじみは、自分が出てきた部屋へ常盤を手招いた。常盤は彼の後ろについて部屋へ入ると、安堵からおさな馴染みの背中側へ呼びかけた。


「なきと」


切れる息もそのままに、どさっと部屋のソファーに倒れ込むように埋まると常盤は大きく息を吐いた。気を許せる幼なじみ、無人(なきと)の研究室までたどり着いて、心からほっとする。


「もう、なんなんだ、あれ。全部おれのせいになってる。最悪だ」


頭をがしがしと掻きながら天井をあおぐ。無人がコーヒーを淹れてくれた。一面の白い壁、無機質な実験設備のなか、常盤の座る革張りの茶色のソファーだけが浮いている。


「……どうやってまいてきたの?」

「それより先に風呂貸してくれ。もー、たえられない」


よれたTシャツの襟元をぱたぱたさせながら常盤は無人を仰いだ。ソファーに臭いつくぞ、と目で訴える。

四日は着の身着のままだったことを無人も知っているはずだ。


無人は肩をすくめ、シャワースペースの方へあごをしゃくった。常盤はいそいそと服を脱ぎ捨て、シャワールームへ向かった。夜は深く、この研究所にも二人以外の気配はない。外の闇に対して、白の多いこの研究室はまぶしさを感じさせる。


熱いシャワーが心地よい。疲れを洗い流されるような感覚にため息をつく。ふと見ると、体のあちこちにあざが浮いていた。いつできたか分からない。ぶつけたにしては数が多い気がした。


シャワールームの外から無人の声がした。


「あの子は元気? 」

「あー。ったく、おれの気も知らないでニコニコしてやがるよ」


シャンプーをし、ボディーソープを泡立てて体を洗う。


「政府が彼女の回収に本腰を入れ始めたよ。今どころの騒ぎじゃない。本気みたいだね」


常盤は答えずに、さっさと泡を洗い流してバスタオルをとり、無造作に体をくるんでシャワールームを出た。頭をふくタオルが足りない。


「常盤、聞いてほしいことがある」


着替えが欲しい。バスタオルを引っかけたまま、常盤はしゃべり続ける無人の方へ戻った。


「おまえのデータにエラーが見つかった」

「……は?」


着替え、と言おうとしたことも忘れ濡れた頭を拭く手も止まった。無人は常盤を見据えてもう一度言った。


「おまえの遺伝子データに"致命的なエラー"が見つかった。それ、」


無人は目を細めて常盤の体を見た。


「政府はおまえをエラーとし、抹消データに振り分けた」


無人はそのまま黙った。その目は常盤の体のあざを、見つめていた。その無表情なまなざしに、思わずさっき見つけた腕のあざにふれる。


「おれが…………?」

「それは、単なるアザじゃない。そこから腐りはじめていく」


あざに触れた手に力がこもる。髪から滴った水が顎をつたい、ぽたりと落ちた。


抹消対象遺伝子を持つ生体。それは政府によって合法的に、この世から削除される。繁殖データにのせないために。


しそて人口受精によってデザインされた個体としての優位性は失われる。それのみならず、今起きている体の異変は、命に関わるという。


常盤はただ、目の前の無人を見つめるばかりだった。


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