未来人による、江戸人への聞き込み
絶対に真犯人を見つけてやると張り切った美佐子と十和の二人は、人に場所を聞きつつ、何とか無事に恵比寿屋へ辿り着く事が出来た。
恵比寿屋とは、人形や小間物を扱う店で、盗みに入られた今年の被害者。
本当ならば、なんの約束もしていない十和達は大店の主である文衛門と面談など出来るわけもなかった。だが、運良く出掛けるために外に出て来たところの文衛門を捕まえる事に成功。
けれど順調だったのはそこまで。いきなり現れた不審な女達に文衛門は当然のように警戒をする。
「まったく、いきなり来てなんだって言うんですっ。私にはあんた達と話すことなんてありませんよ!」
「だーかーらー、私達は別に怪しいものじゃないって言っているでしょっ。もーっ、本当に頭かったいなっ ! 」
「何ですってっ、誰が頑固じじいだってっ ?! 」
「まーまーまーまー、二人とも落ち着いてっ。というか、頑固じじいって誰もそこまで言ってませんよー」
段々と白熱しつつある美佐子と恵比寿屋の主の舌戦に、十和が割って入る。このままでは話を聞くどころか、不審者として番屋へ突き出されかねない。
先ずは、事件の話を聞く前に、とにかく彼に自分たちをが怪しい者ではないということを分かってもらう事が先決だろうと、十和が自分たちは今回の事件の下手人に疑われている人の知人であり、彼女の疑いを晴らすために話を聞きに来たのだと掻い摘んでだが説明した。
「まさか、お前達もその下手人の仲間なんじゃないでしょうね」
「はははっ、酷いなー。そんなんじゃないですよー」
話を聞いた文衛門が胡乱なものを見る顔で言う。いっきに十和の後ろから怒りのオーラが湧いて出たが、ここは我慢してもらわなければ話が進まない。にこやかに否定しながら必死で肘を張って後ろの夜叉を止めた。
「疑われている人は女で一つで子供を育てている苦労人なんですよっ。まだ若いのに、日々、爪に火を灯すように暮らしているんですっ。ね、こんな事件に巻き込まれていい人じゃないんです。ご主人も、そう思うでしょうっ ? どうでしょうか、彼女のために、少しで良いのでお話しを聞かせてもらえないでしょうかっ」
なるべく下出に出て言い募る。若干、怪しいセールスマンっぽい感は拭えないが、十和なりに頑張る。
「もしも母親が御縄になったら、残された子供はどうなるのでしょうっ ! もしかしたら人買いに捕まっちゃったり ? 女郎宿に売られちゃたり ? その末に体を壊して首を――――ああっ、もうっ不憫っ ! 」
「ええっ、そんな縁起でもない………」
ここまで言われてしまっては、さすがに素気無く出来ないのだろう。文衛門から剣呑とした色が抜け、変わりに困り顔になった。
「うぅーん、そう言われてもねぇ。私の口からはちょっと、ねぇ………」
あ、これは何かを知っているな。確信して身を乗り出す。
「絶対に人に話したりしません。あくまでも、ここだけの話しってことで。はい」
「――本当かい ? 」
疑り深く言う分衛門に十和が「うんうん」頷き耳を傾けると、
「実は私には下手人が分かっているんだよ。ーーーいいかい ? 犯人は絶対に福富屋の奴だ」
潜め声でだが、はっきりと断言した。
「福富屋って、あの福富屋さん?去年泥棒に入られた人形屋さんの?」
「えぇ、そうですよ。あの呆助者はね、去年、予定の人形を献上できなかったから嫉妬して、私に嫌がらせをしているんですよ ! えぇ、えぇ、そうに決まってますっ。いかにもあの小男が考えそうな事だ。あんたもそう思うでしょ ?! 」
福富屋は城への献物を泥棒に入られ紛失してしまった。けれど急遽代わりの品を納めたため、目だったお咎めは無かったらしい。が、いたく矜持を傷付けられたことは明らかだ。
つまり文衛門は、福富屋が自分に同じ轍を踏ませようとしているのだと言っているのだ。
(うーーん、絶対に無い………とは言い切れないんだよなぁ。江戸の人って良くも悪くも情が強いからなぁ)
「だいたい福冨屋は身の程を知らな過ぎるんですよ!この間の会合の時だってーーー」
十和が肯定するか否定するか反応に困っている間も文衛門の文句は続いている。余程、腹に何か有るようだ。もしかすると、創業が自分の店より若いのに、先に献上店に選ばれたのが気に入らないのかもしれない。
「ねぇ、ちょっと、文衛門さん。ぐだぐだと文句はいいから、証拠は ? 福冨屋が犯人だって証拠は有るの ? 」
十和の後ろから美佐子が指摘する。
「しょ、証拠かい ? そ、そんなものは……無いけど。でも絶対に奴が犯人なんですよっ。決まっているんですっ。そもそも、あんたはさっきから失礼なっ。それが初対面の人間に、ものを尋ねる態度かいっ」
「ふんっ、人の悪口を初対面の人間にベラベラ垂れ流すよりはマシよ」
怒りで顔を赤らめ口角泡を飛ばす文衛門に美佐子が腰に手を当てて応戦する。
「そんなに疑り深いと周りが大変だと思うわーー。奉公人が可哀想ー」
「それを言ったら、無作法者のあんたは嫁の貰い手が無いねっ。どうせ、まだ一人もんなんだろ」
「残念でしたーー違いますーー。もう所帯持ちですーー」
「ああ、ああ、それは変わり者の男がいるもんだ。でも、早々の三行半は明らかだねぇ。可哀想にねぇ、ほほほほほっ」
「っ ! 善堂はあんたみたいな陰険とは違うしっ。十和っ ! 行くよ ! いくら聞いても出て来るのは下らない文句だけだしっ」
十和の手を摑み、どすどす足音も荒く歩き出す。その背に、美佐子を言い負かしちょっと機嫌の直った文衛門が「離縁状を貰っちまったら、そん時はしょうがない。私が貰ってやらなくもないよ。覚えときな」と上から目線で声を掛ける。
「うっさいわ、ハゲっ」
「ちょっ、美佐子さんっ」
事実、文衛門は頭髪がだいぶ寂しいが、それをズバリ言ってしまうとは。そういうことは黙っているのがマナーだ。青ざめた十和が「不味いよ、本当のこと言っちゃっ」とハラハラしていると案の定、後ろで怒鳴り声。これでもう文衛門の所には話を聞きに行けないだろう。
(も、もしかして美佐子さんってトラブルメーカー ? )
少し痛む胃を擦りながら十和はその場を足早に去った。逃げたとも言う。
それからの二人が大人しく家路についたかと言うとそうではなく、なんとその足で前年の被害者である福冨屋に話を聞きに行ってしまった。
と言っても、家に置手紙しかしていない十和は、もういい加減家に帰らなければならないと断りを入れたのだが結局、未来の姑には敵わなく、引きづられる形での同行となったわけだが。
「全く、あいつら何なのかしら、双子 ? クローンかなんか ? それともソウルメイト ? おえっ」
「あははは、まぁ、何というか似てましたよね」
聞き込みを終え、今居る場所は捜査本部になった森の廃寺。朝いた場所に戻ってきたのだ。
相変わらず汚いそこで、自分の肩を揉みながら美佐子が呆れたように言うのに、十和も今、会って来た恵比寿屋と福冨屋の店主二人を思い浮べながら同意した。
恵比寿屋と福冨屋の店主は、美佐子が双子と揶揄するように良く似ていた。それは顔の話しではなくて内面というか性格というか。とにかく頑固で意地っ張り自己顕示欲が旺盛、そう感じられた。
「言動も同じでしたしね。職種が同じだと似てくるんですかね」
恵比寿屋の文衛門は「福冨屋が犯人だっ ! 」の一点張り。一方、言われた福冨屋は「あの事件は、あいつが私を妬んでやったこと。犯人は恵比寿屋だ ! 」と、お互い同じ様な事を言っていた。しかも帰り際、美佐子に粉を掛けるのも一緒だったとなれば似たもの同志としか言いようがない。
「それにしても、あの二人、女性の好みまで一緒なんですねぇ。美佐子さんモテモテ」
「うるさい。あんなハゲにもてても嬉しくない」
ズバリと一掃する。自分の亭主が、毛の一本もないツルツルの剃髪だということは忘れてしまったかのような発言だ。
面白がった十和が指摘すると「あんなハゲと一緒にしないでよ」と睨まれた。
「あーあ、あんまり実のある話しは聞けなかったわねぇーー」
「え、そうですか ? あの二人が言っていたことが真実なんじゃないですか ? 最初の事件の動機は妬み。で、次は復讐ってかんじでズバリです」
「はぁ……………あんた、素直ね」
「えっ、そうですか ? えへへっ」
美佐子の言う「素直」には若干以上「間抜け」の意味が含まれていたが、言われた十和はそのまま受け入れ照れて笑った。何分、素直なので深く考えないのである。
(この子、この先、大丈夫なのかしら。この時代って、結構くせのある人間が多いのに)
少し不安になった美佐子だったが、脳裏に無表情面の男が浮かび、すぐに考えを改めた。
目の前にいる娘は、普一が長く離れ離れだった実の親にも触らせないほど大切にしている掌中の珠だ。きっと自分で何とかするだろう。それくらいの甲斐性は有る筈だ。
(それくらいは出来て当たり前よ。こういう時のために、小さな頃から英才教育を施してきたんだしさ。大川に吊るしたり、手負いの猪の縄張りに放置したり。ああ、今の普一があるのは、つまりは私のおかげよね)
未だに英才教育と言う名の地獄の日々を思い出すと重い溜め息しか出てこない普一が聞いたら卒倒しかねないような事を考えながら、美佐子がやおら立ち上がる。
「さーて、そろそろ帰るわ――って、痛ったーーっ ! 」
「えっ、どうしました、大丈夫ですか ? 」
上がり框から土間に降りようと屈んだ美佐子が急に悲鳴を上げた。驚いた十和が急いで近寄り覗き込むと、手で膝の上辺りを押さえている。いったいどうしたのだろうか、ガランとしたここでは、足にぶつけるような物など何も無いのに。
「怪我してるんですか ? 歩いている時に捻りでもしましたか ? 」
「うぅん、違うのよ。ただの打ち身。屈んだ時に、変なとこに力が入ったみたい。けどもう平気よ」
そうは言っても、ただの打ち身にしては痛がりかたが大袈裟だ。実は酷いのだろうか。
「ちょと見せてください」
「えっ、ちょっとっ」
反射的に手を払いのけようとする美佐子に構わず、十和は美佐子の着物の裾を大胆に捲ってしまう。すると膝の上辺りに盛大な青痣。治り掛けて来ているらしく、痣の周りが赤と黄色に斑になってきていた。
「あれれれれ、これは痛そうーーっ。随分、思い切りぶつけましたね。いったいどこでやったんです ? 」
眉をしかめる十和に、裾を直す手を止め美佐子がわななく。
「………どこで ? こっちに(江戸時代)来て直ぐよ。倒れていた私に誰かが躓いたのっ ! それも思いっきり ! しかもね、謝りもしないでどっかに行ったのよっ ! 信じられないでしょ ?! 普通、か弱い女が倒れていたら、保護するでしょ ?! 」
「えっ、そ、そうっ、そうですねっ」
「でも、捨てる神あれば拾う神ありよね。私を保護してくれた親子には感謝しているわ。だから恩に報いるためにも絶対に真犯人を見つけなくちゃ」
よーーしっ、やる気出たぞっ ! と意志の強そうな目で決意を固めた美佐子は、ゆっくりと立ち上がり、戸口を出て行った。
十和も慌てて後を追う。また置いていかれては大変だ。朝と違い、陽が傾いた廃寺は影が濃い。もう、いかにも何か出そうなのだ。
それから二人は町に戻り、二股に分かれたところで別れることになった。ここは駿河台の医院と神田の甚平長屋の分岐点だ。
「じゃ、今日は収穫が無かったけど、懲りずに明日もよろしくね」
「え、あ、明日も ? 」
とっとと背を向け歩き出した美佐子に、そんな話は聞いていないよと焦る十和。けれど歩きながら、振り返り止めを刺される。
「頑張って、犯人見つけましょうね ! あ、それと十和、あんた頭の蜘蛛は取った方がいいわよ」
「はっ ? 」
じゃあねと手を振り立ち去る美佐子。残された十和は暫らく固まって、言葉の意味を飲み込んだところで暴れ出した。
「ぎゃゃっっ、蜘蛛 ?! どこっ、どこに ?! 」
江戸の女らしい結い髪をばっさばっさ振り乱し、蜘蛛の気配に悲鳴をあげる。すると道沿いの店の女中が見かねて出てきて、頭に乗っていた蜘蛛を掃ってくれた。
ボトッと音をたてて落ちてきた丸々とした女郎蜘蛛。顔を引き攣らせた十和が、
(これが本当の「捨てる神あれば拾う神あり」ですよっ、美佐子さんっっ ! )
心の中で叫ぶ。
「あ、ありがとうございますっっありがとうございますっっ」
「こんなのお安い御用だけど、蜘蛛の巣は取れそうも無いわよ。――ああ、そうだ。湯屋にでも行ったどうだい。丁度始まる時刻だし」
「湯屋 、いいですね ! 」
今日は歩き通しで少し汗も掻いたし、何より廃寺にいたから埃っぽい。湯屋に行くのは賛成だった。丁度、風呂代くらいの小銭は持っているし。
十和は親切な女中に礼を言い、そこから一番近い湯屋に向けて歩き出した。
「今なら間違いなく一番風呂だわ~、働いてる皆さんに何か悪いわね~。おほほほほ」
呑気な鼻歌雑じりのそぞろ歩き。
その背が湯屋の入り口に消えるのを、じっと見つめ、動き出す二つの影。
「-----湯屋だってさ、兄ちゃん」
「ああ、これは報告だな」
たたたたたっと軽やかに、子供が二人駆け出した。向うのは勿論、甚平長屋。雇い主の普一のもとだ。
久し振りなのに、何だかぱっとしない話になりました。なので次は息抜きに。湯屋でまったりと、は出来ないけどね。江戸時代、混浴だし。