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捜査会議は廃屋で ? 

 世の中には、対になっているものが多々ある。例えば、死人に坊主。赤子に母親。切っても切れない間柄だ。

 それと、そのことを行なうのに相応しい場所、と言うものもある。これも例えてみると、白いチャペルでは、ウエディングを。黄金色の甘い菓子を受け取り「そちも悪よのぅ」と含み笑いたいのなら、一見様お断りの料亭か、川の上の屋形船の中がベスト。

 もっと言えば、道に迷った勇者が尋ねるのは、村はずれの怪しい占いの館だし。調査が行き詰った探偵は、場末の酒場を目指すものと古来より決まっている。

 様式美。形式に見出される美。つまりは、


「お約束なのよ」

「は、はぁ」


 薄暗く埃だらけの板の間で、仁王立ちした美佐子が力強く言い切る。それを十和が土間から見上げ、空気が抜けるような声を洩らした。

 

「あのぅ、私が聞きたいのは、事件の相談をするのに、どうしてこんな場所なんですかってことなんですけど………」

「はぁ ? あんた、全然わかってない ! あのね、密談をするなら越後屋の屋敷か廃寺って決まってるの。江戸ルールなのよ 」

「あー、そういえば、前にテレビで観た時代劇に、こんな場所が映ってたかもー」


 そう。確かに十和が観た時代劇には、良く似た廃寺が映っていた。ちゃんと中で密談もしていた。だが、薄暗く埃だらけの板の間に集っていたのは ――山賊だった。


(ああ、そうだ、山賊だったよ、山賊だった。しかも悪者。ドラマの半ばで、真犯人に皆殺しにされるんだったよ。はめやがったなぁぁぁ~っとか言っちゃって)


 掘り起こした記憶に、髭面のおっさんが登場した所で「そのルール、私達には当てはまりません」と言えたのなら良かったのだが、時既に遅し。妙に張り切っている美佐子が、さっさと上がり込んだ板の間の中央に開いている囲炉裏の火箸を引っこ抜き、自分の対面をそれで指している。その意味は「早くここ座れ」だろう、間違いなく。

 


 普一が仕事で長屋を留守にした隙を狙ってやって来た美佐子に、引っ張って連れ込まれたこの場所は、町外れの森の中にひっそりとあった廃寺。今にも朽ち果てそうな趣きで、廃墟マニアが見たら喜びそうな外観だ。中も予想通りボロボロ。屋根に開いた隙間から陽が洩れ、土間にぽつぽつと生えた雑草をぼんやりと照らしている。

 名前も分からない不思議な虫はいるし、鼠の気配はバッチリだしで、十和としてはなるべくなら踏み込みたくない場所だった。けれど、美佐子は普一の母親。もうすぐ姑になる人だ。それがなくても、


 (私達がするのは事件の捜査会議であって、密談じゃない。というか越後屋って、たいがい悪者だよね。山賊も悪者だよね。………どっちも極悪人だよね ? ――なんて言えない)


 と、基本ツッコミ体質の十和が我慢して口を噤むほど、彼女には何だか逆らえない雰囲気があった。


「さ、とっとと座る」

「うぅぅ、はぁい………虫さん、ちょっと退いててね…こっちは私の陣地だからね」


 美佐子に急かされ、十和が渋々と上がり框を上がり、なるべく埃が薄い場所を見つけ体育座りをする。


「よし。じゃ、真犯人検挙に向けてのミーティングを始めるわ」


 一瞬、十和の脳裏に黒髭のむっさい山賊が、タブレット端末を片手に会議をしている風景が思い浮かぶ。自分の想像に「ぷぷっ、なにそれっ」と我慢できなくて小さく吹き出してしまい、途端にじろり、睨まれて直ぐさま首を竦めた。


「ええっとっ、美佐子さんは今回の事件をどこまで知っているんですか ? 」


 慌てて誤魔化すように話題を振る。美佐子は「もー真面目にやってよね」と言いながら十和の疑問に答えた。


「まぁ、大体よ。盗まれたのは人形で、一度は盗まれたものの、道に落ちていて回収済み。で、その犯人に疑われているのが現場近くに居た薬の行商人の親子。それが私を助けてくれた人達だった、ってことくらいかしら」


 何か間違いがあったら言ってちょうだいと美佐子が目で問うた。

 

「間違ってないです、あってますよ。もしかして善堂先生に聞いたんですか ? 」

「そう、今日もね、色々と聞きたいことがあったんだけど、朝からいないのよ、あいつ。きっと逃げたんだわ。むかつく」


 低く言いながら火箸で囲炉裏の中の灰を、ぐさっぐさっと刺す。その一刺しには重みがあり、何か別の物を刺しているイメージに見て取れ、目の当たりにした十和は善堂の身を案じた。


(先生に会ったら、とりあえず逃げてって言っとこ………)


「そんな感じで、私が知っている事ってあんまりないの。そっちは ? なにかある ? 」

「あ、私ですか。えっとーー」


 ここ数日の内に(意図せず)耳に入った情報を思い出す。


「盗まれた人形は、お城に献上予定の雛人形だったんです。へんなんですけど、去年も同じ様な事件があったとか。あ、店は違いますけどね。それと、お役人が犯人を川に向って追っている最中、反対方向のうなぎ長屋の方から柏木の音が鳴ったらしいんですね、でも、行ってみたら空振りだったって。長屋の周辺は静かなモンだったって、住民の人が言ってました」

「ふーん、それってもしかして、犯人を逃がすために共犯者が鳴らしたんじゃないの ? 」

「ええ、私も、そうなかって思います。そうすると、犯人は単独犯じゃないってことですね」


 まさか盗賊団か。でも、盗まれたのは人形一つ。いくら城に献上する品だとて、大人数で狙うほど価値があるとは思えない。それに雛人形なんて、金に換えるのに苦労しそうだ。

 十和がそう言うと、美佐子が頷く。


「そうね。犯人の目当てはお金じゃないのかもしれない。去年あった事件ってのも気になるし、聞いてみましょうか」


 立ち上がり、ぱんぱんと着物に付いた埃を払う美佐子を十和が見上げる。


「聞くって、誰にですか ? 」

「そりゃ、泥棒に入られた本人さんにに決まってるでしょ !そうと決まったら、よし、いくぞっ 」

「えっ、恵比寿屋にっ ?! 」


 まだ、ちんまり体育座りをしている十和を残し、美佐子は舞い上がる粉塵をものともせず、足早に廃屋を出てしまう。

 あっと言う間だ。何て行動力がある人だろう。息子とは大違いだ、なんて事を感心している場合では無い。足音は確実に遠退いている。

 その後を、十和は慌てて追いかけた。こんな薄暗がり、虫だけならまだ良いが、その他のアレとかが今にも出て来そうではないか。一人取り残されたら冗談じゃなく不味い。


「わわっ、美佐子さんっ、私も行きますから待ってくださいよっっ ! 」



 いつも普一を振り回している十和だが、どうやら美佐子はその上を行っているようだ。つくづく夫である善堂の苦労が偲ばれた。


 

 十和がアヒルの子のように美佐子の後を追いかけている最中、一刻程、仕事の用事で出掛けていた普一が帰ってきて、まず部屋の中に人の気配が無い事におかしいと感じた。そして直ぐ、上がり框に紙切れが置いてあるのに気付く。手に取った瞬間、普一の眉間に深い皺が寄った。


「やられた………」


 菓子でも包んであったのか、やけに皺だらけな紙に大きな字で「美佐子さんと出かけます」の走り書き。それで普一は自分が留守にしている間の全てを悟った。


(まさか昨日の今日とは)


 昨日、美佐子が不穏な事を口にしていたが、まさかこんなに早く行動に移すとは思っていなかった。だいたい、美佐子は高熱で暫らく臥せっていた筈。いくら先の世の薬を飲んだといっても、一晩で動き回れるほど回復するなんて、おかしくはないだろうか。

 ーーー化物か。と思わず自分の母親に暴言を吐く。

 

「ったく」


 さて、これからどうしたものか。やはり探しに行かなくてはならないだろうか。十和一人だけならまだしも、今はあの美佐子が一緒だ。どんな厄介ごとに首を突っ込んでいるか分からない。

 普一は部屋に上がる事無く踵を返し外に出た。そして、江戸時代には少々珍しい位の長身に見合った長い足で先を急ぐ。

 小さい頃、常に悶着やいざこざを起こしていた母親を思い出すと、じっとしてはいられなかった。せめて近場の甘味屋くらいは覗いておこうと思ったのだ。通常なら、五分の確率で十和はそこに張り付いている。まるで大木にたかる蝉の様に。


「あ、普一じゃん」


 だが、張り付いていたのは十和ではなく、隣の家の子供二人だった。


「はーん。どうせ、お十和のことでも探しているんだろ ? 」

「団子でも食ってると思ったんだね、お十和って何時も甘い物の周りをうろうろしてるものね」

「あはは、蟻みてぇー」

「………………」


 まるでサトリの妖怪のように言い当てるニノ助と三ノ助に、「未来の嫁に向って失礼な」とは思わない。何故なら自分も同じ様な事を考えていたから。と言っても、蟻ではなく蝉だが。

 

「俺達、お十和は見てないぜ。まだ」

「うん、今日は会ってない。まだね」

「---まだ、だと ? 」

「そ、今日はまだ会ってない。でも、これからは分からないってこと」

「…………」


 まだ髷も結っていない子供が、しれっとした顔で言う。何というか、ふてぶてしい表情だ。

 彼等はつまり、俺たちが探してやってもいいぞ。と言っているのだ。しかし、ただで動くような子供でないことを、隣で暮らしている普一は知っていた。

 普一が自分の懐に手を入れる。と、さっと手を出す二人。―――末恐ろしい子供だ…。

 広げられた小さな手の平に、ちゃりんと小銭を乗せてやる。四文づつ。子供が一回湯屋に行ける程度の銭だ。

 二人はそれを確認して、首から下げた小さな袋にさっさとしまうと、


「じゃ、探してきてやるから待ってろよ。お十和を探すのなんか、油虫を見つけるのより簡単だぜ」

「いこっ、兄ちゃんっ」


 どこか心当たりでもあるのだろうか、脱兎の如く走り出す二人を見送る。だが、さすがにそこいら中にいる油虫(ゴキ)と同じくらいに手早く発見は出来ないだろう。ウヨウヨいる彼等とは違い、十和は一匹、もとい一人なのだから。

 しょうがない、自分でも少し探すか。歩き出したその背に、走り去った筈のニノ助の声が掛かる。


「そうだー、普一。さっき、おめぇの父ちゃん見かけたぜーっ。通り向こうの、瓢箪屋のとこにいたぞー」


 それだけ言ってまた走り出す。すぐに小さな背中は人込に隠れ、見えなくなった。別に他意はなく、思い出したから口にしただけのようだ。

 けれど普一は、何となく気になった。

 通りの向こうにある瓢箪屋は、屋号は縁起が良いが、あまり真っ当でない奴等が集る飲み屋だ。いったい善堂は、あんなゴロツキどもの巣窟に、何の用があったのだろうか。


「どいつもこいつも、てんでばらばらに動きやがって………めんどくせぇ」


 春告げ鳥のヒバリが高らかに鳴く晴天の日には似つかわしくない、どんよりとした低い呟きが漏れた。






 



 


 

 




 


 


 

 

 


 

 いろいろ嘘を吐いています。木戸番の柏木とか。あれ、警報音じゃないんですよね。でも半鐘だと、火事になっちゃわないなかぁと………。そしたら皆びっくりして出てきちゃうし。と、言う事で、このまま押し通します。



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