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情報の報酬は

「で、続きは ? 」


 臭い厠から離れ、井戸近くに置かれた長椅子に腰掛けた十和が、横に座るニノ助と三ノ助をちらりと見て言う。


「は ? 続きって何の 」


 十和が持っていた菓子袋を目敏く見つけた兄弟は、忙しく口を動かしながら顔を上げた。

 少しなら食べてもいいよと十和が渡したのだ。


「だから、さっきの続きっ。ぺ、別に、教えて欲しいわけじゃないけど、あんた達、聞いて欲しそうだったからっ。あ、言いたくないならいいんだけどさっっ」


 本当は知りたくないの。放っておいて欲しいのよね。あーあー、マジ迷惑だわー。と、嫌な顔を精一杯装って捲くし立てた。

 だが、それは明らかに失敗している。

 そわそわもじもじ態度からして挙動不審だし、何より目が「気になるっ ! 」と訴えている。つい本音が建前を透けて出て…………というか、飛び出してしまったようである。十和もいろいろなものに縛られて大変なのだ。

 けれど、そんな事を気にする兄弟でなかった。十和の複雑な心情など、どうでも良いのである。 彼等は好きな事をしたい時にするし、したくない事は絶対にしない。母親の命令は別にしてだが。


「事件の話しじゃない ? 兄ちゃん」

「あーー、人形屋の話か」

「そうそう。去年も同じ様な事件があったって言ってたでしょ」


 体をニノ助の方へ向ける。完全に聞きに行く体制だ。厄介ごとには首を突っ込まないという禁忌はどこへ行ってしまったのか。


「さっきも言ったけど、今くらいの時期に福富屋って人形屋に泥棒が入ったんだよ」

「じゃ、やっぱり盗まれたのは人形 ? 」

「そ、決まってんじゃん。同じって言っただろ。恵比寿屋も大店。福富屋もそこそこの大店だ。しかも、盗まれたのは、どっちも御城に献上予定だった雛人形だってんだから、共通点ありまくりだろ」


 得意そうな顔で言う。

 上がった口角が狡賢そうな顔に拍車を掛けて無性にムカついた。いかにもな悪餓鬼の顔。いつも、この顔に馬鹿にされている十和は、頬っぺたを捻ってやりたくなった。

 けれど事件がらみの情報を収集するプロである虎二でさえ持っていなかった情報なので、自慢に思うのも仕方のない話しなのかもしれない。取りあえずは御手柄だ。

 だが油で汚れた指を舐めながらなので、いまいち格好はついていなかったが。


「私が聞いた話しでは、今回盗まれた人形は川縁に落ちていたとかで見つかったらしいけど、前回はどうだったわけ ?」

「うぅうーん、そこまでは聞いてねぇからわかんねぇ。でも見つかってねぇと思うぜ、たぶん」


 眉を寄せ、何かを思い出そうとするニノ助。一年前の事件を思い出そうとしているのか。

 それにしても、彼は誰から事件の情報を引き出したのだろう。子供にしては知りすぎている。


「甘いものが好きな御役人のおじさんだよ」


 ニノ助の向こうに座っている三ノ助が十和の疑問に答える。

 え ? 私、今の口に出していなかったよね ? 考えを読まれた十和が驚いて目を見張る。その顔に、にこっと笑い返す三ノ助。子供らしい赤ら顔が、何だか不気味に感じられた。確かこんな妖怪いたよね……。日本のメジャー級、物の怪が一瞬、頭をよぎる。

 けれど十和は頭を一振りすると会話を続行した。三ノ助妖怪説を考えるのは後だ。今はとにかく事件の事が知りたい。


「甘いものが好きな役人って、もしかして中井さん ? あの日、鴻巣屋で会ったけど、お寺にもいたの ? 」

「うん、門前辺りをうろうろしてた」


 お仕事大変だねと言う三ノ助に頷いたが、十和は知っている。寺の前には老舗の菓子屋があるということを。その菓子屋は元祖桜餅を謳っている店だ。彼はきっとそこへ行ったに違いない。


(たぶん鴻巣屋の桜餅と食べ比べでもしていたんだな……。あの人、どれだけ甘味好きなんだ……)


 十和が自分の事を棚に上げて呆れていると、ニノ助が珍しく神妙な顔をして「これは大きな声じゃ言えねぇんだけどよ」と耳に囁いてくる。


「あの夜の捕物、なんだかおかしかったらしいぜ。なんでも、下手人を川の方へ追っていったら、いきなり川とは正反対の鰻長屋の方から柏木の音が鳴ったんだってよ。で、向ってみたけど怪しい奴はどっこにもいなかったって。おかげで盗人は未だに捕まってないってわけ」


 そういえば、さっき井戸端で話していた女が似たような事を言っていたと思い出す。


「だから、あの柏木は何だったのかって、鳴らした木戸番を探してるみたいだな」

「木戸番なら直ぐ分かるでしょ。毎日、同じ所に座っているんだし」

「いやそれが、その日の木戸番は柏木を鳴らしていねぇって言ってんだよ」

「え、それはつまり……偽者がいたってこと ? 」


 犯人から役人の目を逸らすために誰かが故意に鳴らしたと。つまりは共犯が居た。

 十和が纏めると、ニノ助が「やっぱそう思うよなぁー」と腕を組む。

 小難しい表情は、まるで小さな探偵だ。


「てか、あんた。よくそんな情報を教えてもらえたわね」

「え」


 十和が指摘すると、虚をつかれたような顔をする。

 まさか……。嫌な予感がして、その顔を覗き込む。


「ねぇ、あんた。もしかして無断で……」

「まって、まって、兄ちゃんを叱らないでよ、お十和。兄ちゃんはただ、桜の木に立ち小便してただけなんだ。そしたらあいつ等が――」


 割って入った三ノ助が言うには、ニノ助が寺の桜の木の陰で用を足していると、そこへ中井氏ら役人達が通りかかったらしい。

 不味いと思い隠れると、運悪く、そこで役人達が立ち話を始めてしまった。その話しが今回の事件について、だったらしい。


「お願いだよ、お十和ぁ」


 形としては立ち聞きになってしまったが、好きでしたわけじゃない。兄ちゃんは、とんでもなくムカつく悪ガキだけど、大それた悪事は出来ない小悪党なんだ。洗濯物に落書きしたり、女の子の着物の中にカエルを入れたりするのがせいぜいなんだ。だから大目に見てやっておくれよ。

 三ノ助は言葉を重ねて兄の無実を訴えた。若干、その他の悪事が露見してしまっているが、兄思い(?)の良い弟だ。


――――が、その中に聞き捨てならない言葉が。

 

 十和が眉をしかめた。


「あ、あんた…立ち…んって、まさか、お寺の敷地内じゃないでしょうねっ」

「えっ、あっ、そだ ! 俺、母ちゃんの手伝いしなきゃ ! 約束してたんだったっ ! 」

「こらっ ! 」

「三ノ助行くぞっ ! 」


 十和が腰を上げるのよりも速く、ニノ助は三ノ助を連れて走り出した。さすがに素早い。日頃、そこら中を駆け回っているだけはある。

 きゃーきゃーと、かん高く上がるはしゃいだ悲鳴。その姿に反省しているようすは微塵もない。


「まったく、なんて罰当たりなの ! 」


 お寺の木になんて事をしているのか。しかも江戸中の人間が開花を心待ちにしている桜に。

 立ち聞きより、よほどそちらの方が罪深い。

 意外に信心深い十和は、「今度会ったら罰当たり者のお尻を引っぱたく ! 」と心に誓った。


「やっぱり私もついて行くべきだったわね」


 そうすれば被害は防げた筈だった。


(――でも、そしたら美佐子さんに会えなかったか)


 しょうがないかと肩を竦める。


「あれ ? そういえばあいつら私の祝言の事、なにも言ってなかった ? うーん……あいつらの事だし、忘れてんだな、きっと」


 ちょっと寂しい気もするが、面倒な説明をしないですんでラッキーだったと思おう。

 ポジティブに締め括り、なんとなく気が楽になると、急に疲れを感じた。うるさい兄弟を相手にしていたからかもしれないが。

 自然と十和の目が、長椅子の上に放り出されていた菓子の袋に留まる。

 そうだ、甘いものでも食べて、少し休もうか。これは普一さんが私のために買ってきてくれたかりんとうだし。だから自分は誰よりも多く食す権利があるし。

 さっそく手を伸ばした。

 だがその時、ふわりと悪戯な春風が。袋を巻き上げ攫って行った。


「あっ ?! 」


 鳥の羽のように軽やかな動きに、嫌な予感。

 走っていって厠の横の植え木の枝に引っ掛かったのを捕まえる。

 ますます嫌な予感。むしろそれしかない。いよいよ中を覗いて……予感が的中。一瞬の後に、わなわなと肩が震え出す。


「あっのっ、くそがきどもっ」


 食べてもいいよとは言ったが、全部とは言っていないっ !! もし言われたとしても、普通、少しくらい残すだろう ?! どうなっているんだ江戸の教育事情 ! 遠慮と言うものを教えんのかっ。

 

 どうやら十和と話している間に、かわるがわる袋に手を突っ込み、食べ尽くしたらしい。十和がニノ助と話している間に三ノ助が。三ノ助が話している時にはニノ助が、といった具合に。


 (――迂闊だった。隣に居たのに気が付かなかった。せっかく、せーーっかく、普一さんが買ってきてくれた物だったのにっ ! )


 十和は空になった袋を握り締め、呪いの言葉を吐く。


「立ちしょん、言いつけてやるからね…………」


 子供ら二人にとって、鬼よりも怖いという母親に天罰を下されればいい。そして反省するべきなのだ。寺に。桜に。そして、私にっ ! 

 ああ、あいつらのお尻が真っ赤になるのが楽しみだ !! 

 日頃の怨み辛みを、ここでいっきに昇華させる気だ。とても、いきいきしている。


「……ふふふっ、はははははっ ! 見てなさいよ、クソがきどもめっ。あんたたち、明日はお猿さんよっ。あーーーはははははっ ! 」


 今まで晴れ渡っていたはずの空に暗雲が立ち込め、急に冷たい風が。木々も何かに怯えるようにざわめき始めた。気のせいだろうか、何処からか生臭い臭いも。

 そこに、「ざまーみろ ! 」と、かん高く笑う声がこだます。

 その姿は不気味。ではなく、滑稽だった。何故なら十和がいるのは汚い厠の前で、しかも、さっきの風で扉はだらしなく開いたまま。その前で菓子袋を握り締めているのだ。傍から見たら厠を相手に笑っている可哀想な奴である。決して他人様に見せられる姿ではない。


 ――――だが、世の中上手くいかない様になっているのか。そこに運悪く人の影。


 出て行ったきり帰って来ない十和の様子を見に来た普一だ。もしもの時のために腹薬を持参である。効能は主に食い過ぎ。欲の八割が食欲な十和には、ベストなチョイスだ。さすが同居人、良くわかっている。

 けれど今回は、さすがの普一も戸惑いを隠せないようだ。掛ける言葉が見当たらず、後ろで立ち尽くすばかり。


「…………………」


 それから、妖怪でも見るかのような目で自分を見ている普一に十和が気付いて慌てたのは、間もなくの事だった。

 

 

 




 

 




 ほのぼの、ほのぼの。絶対にぶれないぞ。と決めていましたが、このままだと、山も無ければ落ちも無くなる……。

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