女の子とゆうれいさん
とある村に一人の女の子がいました。
女の子はとても元気で周りの子達からは「おとこおんな」などと言われていましたが、女の子はまったく気にしませんでした。
むしろ、男の子と同じように扱われるのが嬉しかったのです。
なんせ女の子は女の子と言うだけで大人しくしているのが大嫌いだったからです。
女の子の家族はずっと女の子が欲しかったのですが、なかなか生まれず、50年もの月日がたっていたのです。
50年たったある日、女の子のお母さんが女の子を産んだのです。
その日はもう大騒ぎとなったらしく、今ではすっかりいい思い出になっています。
でも女の子はあまりいい気がしませんでした。
「そりゃ、生まれてきてよろこんでくれたのはうれしいけど、どうせあたしの次にはいもうとが生まれてるし。そのせいでおとなしくしてるだなんてやってられないもん!ぜーったいぜったい、おんなのこらしくやってらんないもん!」
それが女の子の口ぐせ。お母さんから生まれたときの話を聞いてから何回もそう言っているのです。
それが原因なのかはわかりませんが、それから普段はずっと女の子は男の子たちや大好きなお兄ちゃんと山や川で遊んでいました。
それでも、絶対に静かにしていなければいけないときは静かにしていたし、妹が女の子が選んだものを欲しいといえば譲ってあげたりしていました。
女の子は人前ではお母さんやお父さんに迷惑がかからないようにずっと女の子らしくできるように努力してきました。
でも、女の子のおばあちゃんやおばさんたちは普段の女の子を見ると、「もっと女の子らしくしないと」とずっと言うのです。
女の子は家族の中でそう言われるのは大嫌いでした。
女の子はそんなとき、必ず行く場所があります。
前に大好きなお兄ちゃんやお母さんにも内緒で行った山で見つけた花畑です。
そこには、とても素敵なゆうれいさんがいるのです。
ゆうれいさんは女の子が来たとき、いつも笑顔でこう言います。
「やあ、今日はいったいどんなことがあったんだい?僕に全部話してごらん。スッキリするよ?」
女の子はそういわれると安心して、今日あったことや嫌なことを全部ゆうれいさんに話します
女の子の話を聞いているときのゆうれいさんは絶対に口を挟みません。
女の子はそれを怒ったりしません。
なぜなら、それはゆうれいさんが真剣に女の子の話を聞いてくれているからです。
ひとしきりゆうれいさんに話した後、ゆうれいさんは呆れ顔でこう言いました。
「きみに女の子らしくしなさいって言ってもどうせ無駄なんだからやめればいいのにねぇ。きみはきみらしく過ごせばいいのに、まったく」
やれやれ、とゆうれいさんは肩をすくめます。
でも、女の子はむっとした顔を見せます。
「むだってどういうこと?あたしはがんばってるもん!みんながのぞむ女の子にならなきゃいけないんだもん!!ずーっとずーっとどりょくしてるもん!!!」
女の子はそういって泣き出してしまいました。
ゆうれいさんは困ったような顔をした後、女の子の頭を撫でてこう言いました。
「ごめんごめん、言葉が悪かったよ。無駄って言ったのはね、きみがきみらしくなくなっちゃうからそう言ったんだよ」
女の子はその言葉を聞くと泣き止み、ゆうれいさんにこう問いかけました。
「あたしがあたしらしくなくなっちゃう?それってどういうこと?」
ゆうれいさんは答える代わりに笑って、また女の子の頭を撫でました。
「それは、きみが大人になったときに話そうか。きみが自分だけじゃどうしようもなくなったとき、またここに来るといいよ」
そう言ってゆうれいさんは女の子に飴を渡します。
ゆうれいさんは女の子の話を聞くたびに飴を渡してくれます。
ゆうれいさんがくれる飴はきらきらと虹色に輝いていて、とてもおいしそうに見えますがゆうれいさんが「これは食べちゃいけないもの」と教えてくれたので女の子は絶対に食べません。
と、言うより大好きなゆうれいさんのくれたものですから女の子は食べる気になれません。
女の子はいつも貰えるこの飴が大好きで、お父さんに買ってもらった宝箱の中にいつもしまっています。
「わあ!ありがとうゆーれーさん!」
「どういたしまして。さてと、もうすぐ夕方になっちゃうから早く、寄り道せずに帰るんだよ?」
「うん!またね!」
「うん、またね」
そう言って女の子は家へと寄り道せずに帰ります。
「・・・きみが、大人になって僕の正体を知ったらどんな顔をするんだろうね・・・」
そう、悲しそうに呟いた言葉も知らずに。
■
それから何年か経ち、女の子はすこし大人しくなりました。
今までは大嫌いだった勉強や裁縫などいろんなことを頑張っています。
なぜならゆうれいさんが褒めてくれるからです。
「昨日はお花が縫えた」とか、「今日はテストで100点取った」などと他愛のないことでもゆうれいさんは女の子が褒めてもらいたいところをしっかりと褒めてくれるのです。
たまに「きみも女の子らしくなったねぇ」、と言って女の子を怒らせてしまうこともありますが、相変わらず女の子はゆうれいさんのところに通っています。
もちろんまだあの飴も貰っています。
今はときどき机にハンカチを広げて、その上に3、4個出して転がしたりして遊ぶときもあります。
そうすると部屋の明かりに反射してさらにきらきらと輝くので、女の子の大事な大事な宝物になっています。
そんなある日のこと。
女の子の妹が宝箱を勝手に開けてしまって、ゆうれいさんの飴を見てしまったのです。
それならばまだ女の子は許したのですが、妹はこれを全部ちょうだいとねだってきました。
女の子は当然「これはあたしの宝物だからだめ」、と断りましたが、妹はわざと大きな声でこう言いました。
「お姉ちゃんいつもあたしの欲しいものはくれたじゃない!!どうしてそれはだめなの!!」
大きな声を聞きつけてお母さんがやってきました。
お母さんは妹から事情を聞くと、あきれた顔でこう言いました。
「お姉ちゃんなんだから譲ってあげなさいよ」と。
それを聞いた女の子はついに今まで妹に対してためてきた怒りを爆発させてしまいました。
「どうして!?あたしは今まで欲しいものや気に入ったものをこの子が欲しいといえば取り替えたり譲ったりしてきたんだよ!?どうしてこれまで欲しいというの!!これはあたしの宝物!誰にも渡したくないし見せたくもなかった!!だから、だからこれだけは絶対にあげない!!」
女の子はそう叫んで妹から宝箱を無理やりとって部屋に閉じこもってしまいました。
当然鍵も閉めたのでお母さんも妹も入ってこれません。
ドアの前で妹がなにやら叫んでいますが、女の子は全部無視していました。
女の子は静かに泣き出しました。
どうしてあげなきゃいけないの。どうしてこれまで取ろうとするの。
女の子はただひたすらに声を殺して泣いていました。
そんなとき、ふわりとなぜか風が吹きました。
驚いて窓のほうを見てみると、女の子はさらに驚きました。
なぜなら閉めていたはずの窓はなぜか開いていて、窓枠にはゆうれいさんが座っていたからです。
「どうしてここにいるの?」と女の子が問いかけるとゆうれいさんは、
「きみが泣いているから」、と言って女の子の頭をなで始めました。
女の子の目からはさらに涙が出てきました。
それを見たゆうれいさんは動揺しました。
「ぼ、僕、なにかきみを悲しませたのかい?えっと、な、泣き止んで?」
ゆうれいさんがそう言うと、女の子はぶんぶんと首を横に振り、こう答えました。
「ゆうれいさんが、優しいから、いつもと変わらず、優しいから、うれしいだけ」と。
ゆうれいさんはそれを聞くと、嬉しそうに笑顔を見せました。
そして、女の子の涙をぬぐってこう言いました。
「で、どうしてそんなに泣いているの?」
女の子はゆっくりと、さっきまでの出来事を話し出しました。
それを最後まで真剣に聞いていたゆうれいさんは眉をひそめてこう言いました。
「それはひどい。僕は僕ときみ以外にきみが望まない限り見せる気なんてなかったのに。あまつさえこれが欲しいと言い出すなんて・・・なんて傲慢なんだ」
ゆうれいさんはそっと女の子の宝箱を取って手をかざしました。
するとぽう、と宝箱が光ったと思うとゆうれいさんは女の子に宝箱を渡しました。
「さあ、これでもうきみと僕以外開けることなんてできないよ。だから安心して?」
笑顔でそう言ったゆうれいさんを見て、女の子の顔は泣き顔から笑顔に戻りました。
女の子の笑顔を見たゆうれいさんは満足そうに笑って女の子の額に口付け、窓から出て行きました。
女の子は一瞬、何が起こったのかわかりませんでしたが、すぐにされたことを理解し、ボンッという音が出そうなくらいに顔が赤くなりました。
とくとくとくと、自分の鼓動が早まるのがよくわかりました。
――――――この気持ちは、なに?
女の子はそう思いました。
女の子はその夜、ゆうれいさんにされたことを思い出すと、恥ずかしくて寝れませんでした。
次の日、妹は女の子を恨めしそうに見るものの、飴のことは一切口にしませんでした。
でも女の子はゆうれいさんにされたことの意味を考えていてまったくそれに気づきませんでした。
■
また何年経った日のこと。
女の子はまだ男勝りなところは残るものの、村で一番美しいといわれる娘になりました。
周りの男の子からは毎日のようにプロポーズを受けていますが、女の子はそれをずっと断り続け、村で暮らしています。
でも、女の子の妹は隣の村に住んでいる青年と結婚し、大好きだったお兄ちゃんは村を出て王都で暮らしています。
二人が村を出て行ったのに対し、女の子は絶対に村からでようとはしませんでした。
なぜなら、女の子はゆうれいさんに恋をしていることに気づいたからです。
女の子はそれを口に出すことはありませんでしたが、ゆうれいさんは変わらず女の子の話を聞いてくれていました。
女の子はただそれが嬉しくて、ずっとゆうれいさんのそばに居られたらいいと、強く思っていました。
今日も女の子が普段どおりの一日を始めようと家から出ると、王都にいるはずの騎士がなぜか10人ほど村にいます。
騎士たちは女の子に近づき、こう言いました。
「王太子様がお前を妃に、と言っている。一緒に来い」
でも女の子はそれを断りました。
騎士は眉をひそめて女の子に問いかけます。
「何故だ?妃になれば、贅沢もし放題なのだぞ?」
女の子は答えました。
「私は妃になる気もないし、贅沢する気もありません。ただこの村で暮らせていたらそれだけで幸せなんです」と。
騎士たちは「それもそうだ」と女の子に賛同し、答えを持ち帰るために馬に乗って村から出て行きました。
女の子はため息をついて自分の仕事をこなし、花畑へと向かいました。
でも、そこにいるはずのゆうれいさんがいなかったのです。
女の子は驚いて捜そうとすると、ふいになにかが女の子を包み込み、上から声が聞こえました。
「ふふっ、作戦成功、かな?」
驚いて上を見上げれば、そこには悪戯っ子のような笑顔を浮かべたゆうれいさんがいました。
「もう、いじわる」
そう女の子が言うとゆうれいさんはまた笑いました。でもすぐにゆうれいさんはこう言いました。
「それで、今日は一体全体どうしたんだい?いつもはこの時間に来ないだろう」
そう言われた女の子は少し眉をひそめました。
それを見たゆうれいさんはこてん、と首をかしげて不思議そうな顔をしました。
ごまかすのは無理だ、と思った女の子は今朝起きたことをゆうれいさんに話します。
ゆうれいさんは話を聞くとものすごく不機嫌そうな顔をし、こう言いました。
「それはふざけている。なぜきみが王太子の妃なんかにならなきゃいけないんだ。きみはもっと自由に生きるべきなのに」
女の子はその言葉に目を見開きます。
それだけではありません。女の子はゆうれいさんの顔に悲しさが映っているのがわかったからです。
女の子は、ゆうれいさんにこう言いました。
「私はどこにも行かないわ。ずっと、あなたと居られれば、それでいい」
今度はゆうれいさんが目を見開いて女の子を見ました。でもすぐに嬉しそうな顔になって女の子を撫でます。
「・・・きみは、本当は僕が生きているって言ったら、どう思う?」
女の子は驚きましたが、少し考えこう言いました。
「それなら、嬉しい。私はあなたに触れることはできないけど、あなたは触れられる。それがいつもずるいと思っていたの」
その言葉にゆうれいさんは驚きましたが、女の子はかまわず続けます。
「でも、あなたが生きているのであれば私もあなたに触れられる。そしたら・・・」
女の子が言い終わる前に、いきなり突風が吹きました。
風がやみ、おそるおそる目を開けばなんと、ゆうれいさんの姿がはっきりと見えるではありませんか。
女の子が驚いて固まっていると、ゆうれいさんが女の子の手を引き己の腕の中へと閉じ込めて言いました。
「僕は、精霊だ。人間じゃないよ、それでもいいの?」
女の子は答える代わりに、ゆうれいさんの背中に手を回すと、抱きしめる力がいっそう強くなりました。
そして、二人は見つめあい、口づけを交わしました。
翌年、王太子さまは女の子が妃にならないのに腹を立て、無理矢理妃にしようと村にやってきました。
でも、女の子の姿は見えません。
それにさらに腹を立てた王太子さまは村人たちに女の子の場所を無理矢理吐かせようとしましたが、村人たちは顔を見合わせ、一言だけ言いました。
『精霊様の花嫁になった』とだけ――――――――――――――