後編
「只今ご紹介に預かりましたのは楠木正男。
好きな言葉は七生報国、
好きなダブルプレーは辻-池山-小早川。
以後お見知りおきを!」
今日び珍しいくらい熱のこもった声で自己紹介をする新参者に
クラス一同、生暖かい視線をおぶつけする。
担任教師も現代の若者が作り出すその特異な空気を悟ってか
早々とプログラムを次の段階へと移項しようとする。
「えっと、それじゃ楠木君の席はちょうど空いてる
穴木君の隣に・・・
ってあれ?おかしいわね、確かに空席だと思ってたんだけど。」
穴木は口角をつり上げほくそ笑んだ。
先生よ、確かにそこは空席だった。
30秒前まではな。
そう、穴木は転校生を男だと認めるや否や
教室中の生徒及び教師が楠木に注目しているその刹那、
座席最後尾という自らの地の利を生かし
掃除用具入れからダッチワイフを引きずり出し
隣席に腰つかせていたのだった。
ふふ、席がなければ仕方があるまい
楠木め。この俺様に朝一番から
辛酸を舐めさせやがって。
こうなったら復讐してやる!
意地でもこの学園に通わせんぞ!
「おまっ、いつの間に!
先生!だまされちゃダメだ!!
穴木の隣に座っているのはダ―ッ!?」
横槍を入れようとした中城の首筋頚動脈に
穴木はバトル鉛筆を突きつけた。
「おっと、それ以上はご法度だ。
それでも自らの正義を貫きたいのであれば
デッドor守秘義務遵守、好きな方を選べ。」
「クソッ!お前汚いぞ!」
「好きなだけ言うがいい。
そして汚いついでにもう一つ・・・」
そこまで言うと小さく息を吸い込み
声量をパブリック仕様に切り替えた。
「先生!僕今朝そいつに車で跳ねられました!
見てください、この汚れた制服!
それなのにそいつは警察を呼ぼうともしないで
とっとと走り去っちまいやがったんすよ!
人として終わってますよね!?
それ以前に僕らはまだ高校2年生、
どうあっても免許なんか取れっこない!
無免許っすよ、無免許!
そんなマコーレー・カルキンばりに危険なやつ、
この学園に在籍させていいんですか!?
事が起こった後にマスコミに糾弾されて
学園当局が白を切っても、僕は校門の前でマイクを向けられたら
持ち前の正義感から真実を語ってしまいますよ!
それでもいいんですか!?」
一気にまくし立て一息つくと
教師に助けを乞う視線を投げつけた。
教師はそれを軽くいなすと
肩をすくめて仕方なし
といった表情で説明し始めた。
「あのね、楠木君のおうちは実はドンパチやる稼業なのよ。
それで去年彼はその抗争に人数合わせで参加させられて、
運悪く流れ弾に当たって長期入院、留年してるの。
だから彼が車を運転していても法規的には
何の問題もないのよ、わかった?」
あまりのとんでも設定を平然と告げる聖職者に
クラス一体水を打ったように静まり返ったが、
穴木はめげずに食い下がる。
「いや、でもそれ以前にひき逃げですよ!?
僕はもう少しで轢死するとこだったんです!
歩行者という最大の弱者を放置しておいて、
そいつは車を運転する資格があるというんですか!?」
するとどこかのスイッチを押してしまったのか
教師は目の色を変えた。
「穴木君、それはどういうことかしら?
歩行者なら保護されて然るべきってことが言いたいの?
それはね、完全なる驕りよ。
歩行者の不注意で人生を棒に振ったドライバーがどれだけいることか。
自分は弱者だから相手が注意すべきって甘えた心持ちが
どれだけの才能を殺したことか!
だいたい日本社会は過保護すぎるのよ。
特に食の安全に関してはね、わたしは常々疑問に思ってるの。
口に入れるものだから提供者は神経質なくらい気を使えって
それおかしいと思わない?
賞味期限、生産地の偽装くらいで声を荒げてる
ニュースのコメンテーターは漏れなく餓死して欲しいわね。
そもそも都合が良すぎるのよ、夜の性交渉じゃもっと汚いものを
口に・・・」
「先生、そろそろ自分を席に案内してもらっていいでしょうか?」
ジェンダーについての議論になった時の
田嶋陽子のような詭弁を展開する教師の話の腰を
楠木はキャメルクラッチさながらにへし折ってみせた。
穴木自身もこの教師を論破できないと悟り、
言い返さず次の策を練ることに集中している。
「あら、いけない。私ったら、ほほほ。
それじゃそこの園城寺さんの隣が病欠だから
今日は暫定的にそこに座っててくれる?」
ようやく終わったと思ったか
楠木は返事もそこそこに
足早に指定された席に向かう。
向かう先はクラスの、
否、学校のアイドル、園城寺渚子の隣席。
しかし当の本人はイヤホンを耳にねじ込んで
なにやらティーン雑誌に目を落としている。
常日頃からクラスの出来事には
無関心を貫いている彼女の事だ
おそらく今までの一連の騒動も
まるで関知していないことだろう。
そんな彼女の机の脚を
そそくさと歩を進める楠木のつま先が
誤って小突いてしまう。
コードの合流点を掴み、イヤホンを耳からぶち抜くと
何事かと渚子は顔を上げた。
目の前にあるのは厳つい顔
この学園にヤンキーの類は在籍していないため
免疫のない一美少女は悲鳴を上げ、
恐れおののくかと思いきや
次の瞬間対峙した二人は声をハモらせ叫ぶ。
「あんた(お前)は今朝の!?」
担任はお膳立てする。
「あらあら、二人はもう知り合いだったの?
楠木くんも隅に置けないんだから。」
クラスの有象無象共、
「うぉ~っ!!」
ここまで来て、ようやく穴木は
自らがピエロに過ぎなかったことに気がついた。
くそぅ!相手が学校のアイドルの園城寺と
フラグ立てちまいやがったら
俺みたいなモブキャラがしゃしゃり出たところで
世界を敵に回すだけだ。
復讐なんて暢気な事をやってる場合じゃない!
どうせ俺なんて物語の本筋には何の影響も及ぼさない
第三者の中の第三者・・・
不本意ながら、座視を決め込ませてもらう!
こうして穴木の復讐劇は
自称する前世の偉人と同じように
道半ば(ミッドウエイ)にて失敗に終わった。