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七夜 仲違い

 仲間同士で話をする事があるなら分かるだろう。人は実に、様々な考えを持っている。時に、己の考えと相反する考えを持つ者と話すこともあるだろう。意見をぶつけ合い、納得して受け入れるならともかく、納得できなければ…………。


 雪女の一件から一週間が経った。梅雨に入り、毎日がじめじめして過ごしにくくなってきた。梅雨に入った為晴れる日は稀になったが、今日は珍しく晴れている。

 しかし、晴れている空とは反対に、結美の気分は土砂降りもいいところだった。

「あのさぁ、結美。たかが喧嘩くらいで、そんなに凹む?」

「ほっといてよ、京香ぁ…………」

 彼女がここまで凹んでいるのには訳がある。雪女との戦闘後の学校帰りに、結美は未希と大喧嘩をしたのだ。それが尾を引き、すれ違っても目を合わさないし、声もかけないという状態に陥っているのだ。

 喧嘩をした、ということを知る京香は、苦笑しながら結美に言う。

「まるで、とっても仲の良い夫婦が喧嘩した後みたい」

「……なんで夫婦なの……?」

「それっぽいもん」

 夫婦呼ばわりされても反論の余地がない結美は、ぐったりと机の上に倒れこんだ。丁度その時、HR開始のチャイムが鳴った。

 担任の面倒臭そうなHRが終わり、授業開始のチャイムが鳴れば、もう落ち込んでなどいられない。結美は誰にも分らないように頬を叩くと、一時間目の授業である数学の準備に取り掛かった。


 四時間目まで何事もなく終わり、昼休みになった。昼はいつも未希と一緒だった為、ついつい彼女を待ちそうになり、一瞬で気分はどん底にまで落ちた。

(一週間じゃ、この癖は抜けないよね……)

 いい加減仲直りしなければ、と思う反面、自分から謝るのは嫌だ、とも思っている。

 弁当箱を開き、中身を物色しながら、彼女はぼんやりと考えていた。

(確かに気に入らない後輩だけど……、助ける必要のない命なんて無い……)

 そう思うと、余計に苛立ちが増した。その状態で箸を進めていた結果、味は全く分からなくなってしまった。

 二人の喧嘩の理由は、助けなくていい命の有無だ。簡潔に言うとそうなる。未希にとってあの後輩は、自分の部員を傷つけた人間。結美にとっては赤の他人。多分、それが互いの意見の食い違いを生んだのだろう。


 授業が全て終わり、放課後になった。今日は部活がない日だ。部活がないとはいえ、何と無く早く帰る気になれない。時間を潰す場所を探さなければ、と考えていると、二つ結びの長髪を揺らして、美香が結美の傍に来た。

「ねぇねぇ結美。今日、暇?」

「? 暇だけど、どうしたの?」

「陸部の練習、見に行かない?」

 楽しそうににこにこしながら、美香は結美に言った。陸上部、未希が所属している部活。未希と喧嘩中ではあるが、それを億尾にも出さぬよう気をつけながら、結美は聞いた。

「どうしたの? 陸部に何かあった?」

「うん! 雪斗先輩が、部活に復帰したんだってさ!!」

 雪斗は、交通事故から五日で退院し、学校に登校してきたが、ドクターストップの影響で部活には出てなかったらしい。どこからその情報を仕入れたのかは知らないが、雪斗のファンである美香は嬉しそうだ。その顔をみて、断れなくなった結美は知られぬように息を吐いた。

「いいよ……」

「よし! 急ごう!!」

 急にテンションが高くなった美香に引っ張られながら、結美は辛うじて鞄を握ると、転ばないように引っ張られていった。

 グランドの方は先輩、同級、後輩の女子達で溢れ返っていた。グランドの入り口は二つあるが、そのうちの陸上部の練習場所に近い方はもはや寄り付きならない。

「あぁーもう! 少し遅かった!!」

悔しがる美香を尻目に、結美は二つ目の入り口からグランドに入り、中を見渡した。グランドの奥では、野球部とサッカー部が、階段の上のテニスコートではテニス部が、それぞれ練習している。上弦高校は特に運動部が盛んなのだ。

テニスコートから少し目を移動させれば、砂地で未希が何人かの陸上部員と砂を柔らかくしているのが見えた。恐らく、走り幅跳びの練習でもするのだろう。

(……私、未希が跳ぶとこ見たことない……)

 喧嘩をしていることも忘れて、結美は助走の構えに入った未希を注視していた。

 部活の時は、未希はどうやら半そで半ズボンで練習に臨むようだ。普段は夏でも顔や手以外出そうとしない未希の肌は、陸上部とは思えない程白い。いつも“仕事”で負う傷の跡も見当たらない。傷が残らないよう、細心の注意を払う結美にとって、それはかなり羨ましい。

 未希が助走に入った。五十メートルもないがぐんぐん速くなり、踏切地点ぎりぎりで跳んだ。引き締まった白い足が空中を掻く。そこから一拍置いて、砂を巻き上げて着地した。その綺麗な跳躍を、結美はずっと眺めていた。

 ぼぉっとしている結美の肩に、不意に誰かの手が触れた。びくりと身体を引き攣らせ、恐る恐る振り返ると、そこには不機嫌そうな美香がいた。

「ダメ……。全然見えない……」

「……そうみたいだね……」

 悔しそうな美香とは違い、少々結美は満足していた。

「ところで結美、熱心に何見てたの?」

「……熱心って程じゃないけど、未希が走り幅跳びしてたから、それ見てた」

 結美の、至極真面目な顔を見て、美香は結美と砂地の方とを見比べて不思議そうな顔をした。

「……結構……遠いよ……?」

「見えるよ」

 訝しげな視線を送られたが、結美は構わずグランドと美香に背を向けた。帰るには丁度いい、と結美が判断したのだ。美香に帰ろうとは言わず、一人で校門へと歩いて行った。

 結美に置いてけぼりを食らった美香は、小さくなる結美の背中に向かって呟いた。

「本当に、愛の成せる技ね……。この距離じゃ、人が何人いる程度しか分からないよ……」


 結局、今日も仲直りのきっかけが見つからなかった、と落ち込んだまま、結美は帰路についていた。答えを求めるように空を見れば、黒い雲が東の方から流れてくる。

「……明日、雨かな……?」

 呟いた言葉に、答える者はいない。一時止めた足を動かし、目を空から道に戻して、彼女はまた家に向かって歩き出した。


 空に目を向けていた時間が短かった為、結美は気付かなかった。自分を空から見つめる人の影があるということに。




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