伍夜 夜道
日が落ちれば、道に訪れるのは宵闇。だが、そこに光が無い訳ではない。小さいながらも星が瞬き、自ら輝かぬとしても月が掛かる。人工の明かりがあっても、宵闇の道に潜むモノは照らせない。
部活があった結美は、バイト以外では久しぶりに、帰りが遅くなった。
桜は満開だったが、今日降った雨によって殆ど散ってしまった。雨は帰る間際まで降っていたが今は止み、暮れかかる陽とその反対側に月が見えている。そんな道を結美は独り言を言いながら歩いていた。
「あ~……。もう、結局いいのが書けなかった……」
彼女がぶつぶつ言っているのには訳がある。彼女が所属している書道部で、そろそろコンクールがあるのだが、そこに出すのに一番良い物が書けなかったのだ。提出期限までまだ時間はあるが、早めに終わらせてしまいたかったのだ。
そんなことを考え、時にため息を付きながら、暗くなり始めた道を行く。その途中、何かが背中に乗ったような気がした。
「……? 何だろう、何か背中に乗ったな……」
結美は後ろを向いてみたが、何も見当たらない。電灯の明かりで出来る影にも、それらしいものはない。 気のせいか、と家に向かって歩いて行く。が、どんどん背中の方が重くなって行く。
「ぐっ……。なんだ……、重い……!」
「お? 結美。今帰りか?
「……! 拓人兄さん!」
そのまま重さで動けなくなった結美は、路上でたまたま自宅の隣に住む従兄妹の拓人とはち合わせた。
「今日は遅いんだ……なっ!? おまっ、何を背中に乗せてんだよ!!」
「! やっぱり……。拓人兄さん! その背中に乗っているモノ、なんとかして! 重い……!」
「お……おう、任せろ……! 首下げろよ……!」
結美は拓人に言われた通り、首を下げた。拓人は刀を出現させると、慎重に構え、再度結美に忠告する。
「絶対に首上げるなよ! 何がなんでも上げるなよ!!」
「わっ……分かってる……! 兄さん早く、重い……!」
更に念を押し、拓人は刀で結美の背に負ぶさっているモノを切り裂いた。切られたモノは、地面に転がりすぐに消えた。
結美は、背中通り過ぎて行った風に恐怖し、体を起して悲鳴交じりに拓人に迫った。
「にっ……兄さん! 一体何で背中のモノを落としたの?! なんだか凄く怖かったんだけど!」
「……あぁ、刀。……って、怖かったって酷くね? 背中楽になっただろ?!」
「楽になったけど……! 結構怖かったよ……? 武器なら武器って先に言ってね?」
「うっ……。悪かった……」
結美はやっと息を吐くと、背中を伸ばした。重さで前屈みになっていて、若干背中が痛い。後もう少しで、重さに耐えきれず押し潰されるところだった。
ふと結美は、自分の背に乗っていたモノを見ていないと思い、その姿を見たであろう拓人に聞いた。
「ところで、何が乗ってたの?」
「えっと……。なんかよく分らない形の何か」
「……何それ?」
「多分妖怪」
拓人は、彼女の背に乗っていたモノを妖怪と見破ったが、その名前までは分らないようだ。
「……一体何だったんだろう? 未希がいたら分るんだけど……」
『お教え致しましょうか?』
「「うわぁぁぁ!!」」
突然二人の後ろから、どこか落ち着いた、低い男の声がした。その予想外の声に、二人は揃って大声を上げた。上げてから、近所迷惑と夜であることを考え、口を閉じる。後ろから声を掛けた男は結構うな垂れていた。
『そんなに驚かなくても……』
「いや、暗い道で後ろから声掛けられて、驚くなって言うほうが無理」
どこか派手、というか豪華な和服を着た長い黒髪の男に、拓人はさらりと正論をぶつけた。さらにうな垂れた相手に、続けて言おうとする拓人を押しとどめ、結美が言う。
「まあまあ拓人兄さん。で、何を言おうとしたんですか?」
『……貴方の背に乗った物の怪についてです……』
まだ立ち直ってないものの、男は結美の問いに答えた。物の怪についてと聞き、拓人は文句を言うのを止めた。
「知っているのですか?」
『はい。あれはオバリヨン。夜道で人の背に負ぶさり、どんどん重くなって負ぶさった者を押しつぶそうとするのです』
何と無く解りやすい。結美と拓人は納得したように頷いた。
「成る程、オバリヨンっていうのか……」
「……お前、博識だな……」
『いえ、それ程でも……』
さっきまで項垂れていたはずなのに、この開き直りの早さはなんだ。拓人もどうやら認めたらしい。
しかし、二人はこの男の名を知らない。結美は一応聞いてみた。
「ところで、あなたは誰なんですか?」
『これは失礼しました。私はオモイカネと申します』
「オモイカネ……? ありがとうございます、オモイカネさん」
『いえ。それでは、失礼します』
オバリヨンの説明はしても自己紹介はせず、彼は一礼して姿を消した。その消え方はまさに、霞のようである。二人は驚かざるを得なかった。
「オモイカネって、何者?」
「さぁ?」
結美と拓人は互いの顔を見合わせ、首を傾げた。が、消えたものは仕方ない。
ふと結美が空をみると、そこには満月に少し足りない赤い月が掛かっていた。赤い月は不吉とされている。
「……赤い月……」
「ん? 本当だな。……百鬼夜行には程遠いな……」
「百鬼夜行?」
「いや、こっちの話だ。さぁ、とっとと帰るぞ。おばさん、心配してるかもな」
拓人は結美の問いをうやむやにし、悪戯っぽく言った。結美は、苦手な母親のことを話題に出されぞっとし、笑いながら走りだした従兄を追って走り出した。
結美達が家に着いたのは遅かったが、拓人が共にいた為、ひどく怒られることは無かった。
オバリヨンを説明して消えたオモイカネは、日本神話の一柱で、知恵の神だ。有名な話だと、スサノオの乱暴に嫌気がして閉じ籠ったアマテラスを、引きずり出す際に知恵を貸したそうだ。




