参夜 日常
どうもです。クリスマスですね。どうでもいいですが、クリスマスに何やってるんだ、と言うツッコミは無しの方向で! 暇なんです。更新日だったのが悪いんです!! と言うことで、クリスマスとは関係ない季節になっていますが楽しんでください。
神隠しや虎といった奇怪事件が解決して、二人はようやく今学期に入ってまともな学校生活を送っていた。
未希が所属している陸上部は、平日の朝に、余程のことがない限り朝練がある。部員同士の仲は良く、上下関係も他の部に比べれば緩やかなのが特徴である。
その穏やかな部活の朝練の雰囲気が、今日は酷く荒れている。いつものように着替えて来た未希は、グランドに出てそう感じた。
「あ、未希。おはよう」
「おはよう、紗季。……何かあった? 特に男子の方」
「! 流石は未希。良く気付いたね。……雪斗先輩、分かるよね?」
「……あぁ、部長の。……? そういえば、まだいないな。珍しい」
山本雪斗は、男子陸上部の三年で部長だ。容姿端麗で性格も良いため、先輩後輩問わず人気の先輩である。彼は部活を休んだ事がない、ということでも有名なのだ。そんな人が、もう朝練が始まろうかという時間にもかかわらず、まだ来ていない。
「実はさ、私も聞いたばかりなんだけど……、昨日、車に轢かれて病院に運ばれたらしいよ……」
「……それは……。だが、それだけで男子は荒れているのか?」
「うんん、それだけじゃなく「そこで私語をしている二人!! 朝練の時間だ、とっとと来い!!」
「「! はい!!」
話に夢中になっていた二人は、女子の部長、佐藤章子の怒声に首を竦めて走って行った。
未希達が朝練でしごかれている時、結美は教室でクラスメイトの斎藤美香と話をしていた。
「……昨日、山本先輩が車に轢かれて病院に運ばれたぁ?!」
「結美! 声大きいって!」
「ぁ……。ゴメン、つい……。ん? なんか続きがありそうだね……?」
「うん。実は、その車運転してたのは、ここの不良女子だって話だよ」
「マジで。これ、陸上部が知ったら荒れると思う?」
「荒れるんじゃない……?」
実際は、学校中で話題になっている。そのことを知らない二人は、ひっそりとため息を付いた。
未希と結美が顔を合わせるのは、大抵昼休みである。だが今日は、運の良いことに朝会があった。クラスは違えど、始まるまでに話が出来る。そう思い結美は、生徒達で溢れかえる中庭を、未希を探してさ迷った。
「あ、いたいた。未希! おはよう!」
「……朝から元気だな、結美……。おはよう……」
抜群に元気な結美とは逆に、朝練でしごかれていた未希は、疲れきっていた。
「どうしたの、未希。滅茶苦茶疲れてるじゃん」
「……部長に、朝から特別メニューでしごかれてた……」
「特別メニューって……。何したの、未希?」
「開始時間見誤って、話し込んでた……」
「あぁ、納得」
未希があまりにも疲れきっていた為、結美は本来話したかった先輩の事について話せず仕舞だった。 そのうちに朝会が始まり、二人はお互いのクラスの列に戻った。
朝会はいつも通りの淡々と進み、何事も無く終わった。そして、未希は一時間目の体育のために更衣室へ、結美は教室に向かっていった。
更衣室の中で未希は着替えながら、他のクラスの生徒の話を聞くでもなく聞いていた。体育の授業はニつのクラスが合同で行う授業なのだ。
「雪斗先輩がさぁ、車に轢かれたって話、知ってる?」
「うん、知ってる知ってる。あれって、いっコ下の不良女子が無免で運転してたらしいよ」
(……成る程。だからあんなに荒れてたわけだ……)
今年入学した一年生に、教師でも手が付けられない不良の女子グループがある。そのグループの女子達なら、無免許運転で“誤って”人を轢くなどやりかねない。許されない事ではあるがと、思った未希だが、彼女のそれは話の続きを聞いた途端、呆気なく崩れていった。
「でもやること凄いよねぇ。フラれた仕返しに、人の車を盗んで、先輩の帰り道を狙って轢いて行くなんてさぁ」
「なっ……!!」
思わず大きな声が出そうになって、未希は慌てて口を閉じた。周りの生徒が未希を怪訝そうに見たが、彼女は自分の手の爪をロッカーにぶつけたように見せかけ、周りの目を欺いた。それでも、自身の心の中に生まれた思いは欺くことが出来ない。
(逆恨みで人を……、よりにもよって車で轢くか……? 理解できない……)
その、何処にぶつけていいか分からないぐちゃぐちゃした思いは、彼女の心の底にほんのりと、吐き出されること無く溜まることとなった。
それから四時間目まで何事も無く時は進み、昼休みになった。
未希は、一時間目の衝撃的な話から立ち直れていないようで、食が全く進んでいない。その様子を見て、未希の食が進まない理由を知らない結美は、未希の体調を酷く心配している。
「大丈夫、未希? まだ疲れてるの?」
「……まぁ、そんなところだ……。心配、しなくていい……」
「そんな様子じゃ、心配するなって方が無理」
結美から励ましの言葉を貰っても、未希の箸は進まず、結局弁当の中身は半分以上残ったまま蓋をされた。
「そんな状態じゃ、部活は無理だと思うよ……?」
「……だろうな……。部長に言っとこうかな……」
心配そうに言う結美に、気だるげに未希は返すと席を立った。その直後階段の方から、何か重いものが落ちた音と、甲高く不快な笑い声が聞こえてきた。結美のクラスは階段から近い。
その音と声に、結美のクラスメイトの何人かが教室の外へと出て行く。未希と結美も慌てて階段の方へと向かった。そこで見たのは、階段から落ちたと思われる真面目そうな黒髪の女子と、階段の上の踊り場に立つ複数の女子生徒だった。
「あはは、だっせー! ちゃんと避けたらどうだよ、間抜けが!」
一人が、下に転がる女子に言い放つ。その言葉に、彼女の周りにいる他の女子生徒が笑う。
数人いる二年の一人が、ぐったりしている娘を慎重に抱き起こした。彼女は気を失っているようでピクリとも動かない。しかも、頭からかなりの血を流していた。
抱き起こされたところでようやく、倒れていた娘の顔が未希と結美に見えた。
「……! あの……、ガキ共……!!」
「! 未希、落ち着いて!!」
その娘は陸上部員のようだ。未希の顔色が、誰が見ても分かるほどしっかりと変わる。感情が全く表に出ない未希には珍しく、頭に血が昇っているそうだ。結美が、それに気付いて慌ててとめた。その声を聞いたのか、助け起こした二年が未希に、助けを求めるように声をかけた。
「未希! 丁度いいところに! 真奈を抱えるから、頭支えて! この出血じゃ命に関わる!」
「紗希! 分かった、急ごう」
「それで助かるかねぇ? まっ頑張ってね、先輩。あはは!」
その言葉に、未希は階段の上にいる生徒を睨んだが、何も言わずに紗希が抱えた同じ部の一年、池田真奈の首から上を慎重に持ち、保健室へと運んでいった。
「……未希、めっちゃキレてたな……。大丈夫かな……」
「佐伯さんより、運ばれていった子の方が心配だよ。……助かればいいけど……」
いつの間にか結美の傍には、彼女の友達の一人、山口京香が騒ぎを聞きつけて来ていた。そして、結美の小さな独り言に言葉を返した。
「京香……。どっちも心配……だよ……」
その後、未希は救急車で運ばれていった真奈に付き添い、病院まで共に行ったようで、五、六時間目の授業は居なかったそうだ。そして、結美は人づてに、陸上部の今日の練習が急遽休みになったと聞いた。
この時の出来事で、未希の中に生まれた気づかぬ思いは、これまた気付かぬうちに憎しみというモノに変わり彼女の心に降り積もっていく。そして、それが大変なことを仕出かすのだが、今は誰にも、本人にすらも分からないのだった。