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昼の部 第三話 朧

 神城結美の佐伯未希に対する第一印象は、今思えば恐怖に近い感情だろう。それを言えば、親友(とも)は普段見せない顔で笑ってみせた。

「おかしなものだな。恐怖とは元来、生物が持ちうる原始的で本能的なもの。第一印象には程遠い感覚だろう?」

 言われてみればその通りだが、事実、佐伯未希という人物を構成するものに、そういう感覚を抱かせるものがある。それは僅かな目の動きであったり、言葉遣いであったり、変わらない表情であったり。それらが、何を考えているか分からない不気味さや怖さを、初対面の人間に抱かせるのだ。だが、それらがいきなり恐怖に結び付くことはない。では何故、第一印象が恐怖感なのか。それは彼女らの初対面が小学校の入学式だったからだろう。

「そういえば、そんなこともあった。確か、幼稚園も保育園も行っていない、降って沸いたような存在だったね。懐かしい」

 彼女は、他の子とは一線を画していた。初めての入学式、初めての教室、初めて座った席の隣に座った彼女は静かに、何の感動も見せず、そこにいた。その不気味さに、いつしか彼女は孤立した。だが、孤立という言葉は、彼女には合わなかった。彼女は孤高だった。そんな彼女の態度が、何を考えているか分からない表情が、恐怖に結び付いた。確かにそうだと思った。が、懐に入ってしまえば、それらの感覚は一転する。彼女の不思議な魅力に、どうしようもなく惹き付けられた。それでも、神城結美の中には恐怖が巣くっていた。

「怖いもの見たさに近づいたの? この物好きめ」

 時間が流れて中学生時代。何の因果か、学校を休んだ彼女の元に急ぎのプリントを届けることになった。彼女の家に、自宅が遠い訳でもなかった為、その役割を引き受けたのだ。その日の夕方、神社という境界を越えた先で、神城結美の抱いた恐怖感は現実へと変わった。

「今も昔も変わらないだろう? やってることは」

 目の前に広がる光景が信じられなかった。蠢く黒い影は、犬のようにも、鳥のようにも、猫のようにも、昆虫のようにも、人のようにも見えた。だがそんなものより、それらを無感動に切り刻む彼女の方が不気味に恐ろしかった。夕日を反射したせいであろう茜色の目が何の反応も残していないことが、ほんの少し階段の方を見ていた顔の角度が無表情過ぎたことが、その感覚を煽っていた。それだけのことで、不気味さが恐怖に変わるのだ。我ながらおかしなものだと思う。しかし、今ならその正体がわかる気がする。

「それで? 急に昔話をした理由を聞きたいな、結美」

 朧月に照らされる境内、動くものは武器を弄ぶ二人以外いない空間。未希はクスクス笑いながら、背中合わせの結美に問う。その言葉に、問いかけ以上の意味はない。問われた結美は蒼い飾りの付いた槍を見ながら笑う。

「だって同じ事の繰り返しだよ? 退屈じゃない。最近ずっと、倒した異形の数数えて競いあってるだけだったし。そろそろ別の話題が必要だと思って」

 それ以外何の意図も結美にはなかったが、未希には少し引っ掛かるものがあったようだ。増え始めた影を鬱陶しそうに眺めたのち太刀を構える。彼女は目線は影から離さず、声だけ背後に届けるように親友に問い掛ける。

「昔話を振ってきた意味は分かった。結局、その恐怖の正体はなんだったんだ? 今なら分かるんだろう?」

「もちろん!」

未希のその問いかけを結美は予想できていた。目線は影に向け、言葉だけ親友(とも)に返して蒼い槍を眼前に構える。空の朧月を風に流された雲が隠し、結美の長い髪をも揺らしてポニーテールに結んでいた紐をほどいて落とす。次に雲から月が顔を出した時、彼女は変化していた。白銀の長髪に赤い瞳、白い毛に覆われた三角の獣耳を持った、人とは違うヒトに。

「だってそうでしょ? 未希!」

 ちらりと背後を覗けば、彼女の色である深紅の瞳に、異形の自分が映り込む。その色に映る自分に嗤いかけ、影のような異形に躍りかかる。

妖達(わたしたち)陰陽師(あなたたち)に恐怖を覚えないわけないじゃない!」

 異形の影を屠る異形の自分は、果たして妖か陰陽師か。答えはもう、どうでもいい。ただ、彼女の答えを聞いた親友ともの笑い声が、何故か耳について離れない。

「何を言ってるんだか……。結美は人間で、親友だ」

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