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終夜 黄泉還り

とおりゃんせ、とおりゃんせ 

ここはどこの 細道じゃ 天神様の 細道じゃ

ちっと通して 下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに お札を納めに 参ります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

(童謡:とおりゃんせの歌)



 二人で、人となった厄災の妖怪、玉藻前を封じたのは、もう一ヶ月も前のこと。同時に、未希が行方を眩ませからも一ヶ月が経った。どこに行ったのか、全く手がかりがない。

そしてもう一つ、未希に関わった全ての人間やこの町の住人から、“佐伯未希”という存在の記憶が無くなっているのだ。家族である貴仁は別だったが。

(……絶対におかしい……。まるで、まるで元から存在しなかったみたい……)

 あの日から、妖怪や怪異の噂は絶えた。そのかわり、結美の日常は色を失った。全く楽しくないし、何をする気にもなれない。学校に行っても、授業に対するやる気が生まれない。前に聞いた、未希が救われる唯一の方法のようだ。それが、存在の消滅。そう考えて、結美は自嘲の微笑を浮かべた。

(馬鹿馬鹿しい……。そうかもしれないけど、下らない……)


 今日も今日とて、特にやる気はないが学校へ向かった。家を早く出すぎたようで、あまりにも時間が余っている。その時間を潰すために、結美は久しく行っていない神社に足を向けた。朝は早かったが、境内を貴仁が掃除をしていた。

「……おはようございます、貴仁さん……」

「ん? おぉ、結美ちゃんか。おはよう」

 相変わらずの貴仁に、結美は思わず泣きそうになったが食い止めた。そんな結美を見る貴仁は、何も言わず結美が話を切り出すのを待っている。その無言の優しさに、彼女はやっと言葉を絞り出した。

「あの……、未希は、未希はいつ戻ってくるんですか……?」

 絞り出した言葉は、未希のことだった。肉親なら或いは、という思いが口に出てしまった。嫌な顔をされる、と予測した結美を裏切り、貴仁はふっと微笑んだ。その微笑は、見る者を落ち着かせる。少なくとも、今の結美にはそう思った。

「……無茶して消えたのに……、まだ、探してくれてるのか? あの(ばか)を……」

「……勿論、探しています。……でも、皆覚えていないから……」

「……君が覚えていてやってくれ……」

「え?」

 貴仁が呟いた言葉を聞き逃し、結美は彼の方を見た。彼の目に、寂しげな、それでいて悲しげな光が走る。もう秋分は遥か前に過ぎ、日が昇る時間は遅い。それでも、明るくなりはじめた空を一瞬見て、貴仁は結美に目を戻した。

「あいつを、覚えていてやってくれ。そしたら、今度もまた戻って来られると思う。俺一人じゃ、もう何の力もない。心から、あいつを信じた結美ちゃんにしか頼めないんだ……」

「……」

貴仁にそう言われ、結美はただ頷いた。

 長話の割に、学校には遅れずについた。しかし、所詮は変わらぬ日常。モノクロの世界にまだ色は戻らない。それでも、結美は貴仁の言葉を信じて、未希のことを覚え続ける覚悟はできた。

学校から戻り、自室のベッドに横たわった。何故だか、今日は一段と疲れた。特に、何もしていない日々なのに。

『お前も、物好きな女だ……。友くらい、いくらでも作れよう?』

 横たわった結美に、九尾の狐が聞いた。九尾は結美の魂そのモノである為、何処でも彼女と話すことができる。特に現れる必要はないものの、今は結美の前にぼんやりとしていながら座っている。

「いいよ、物好きで。……幼い頃の唯一の友達だったんだから……」

『フン……。その程度で、そこまで世間を見なくなるものか?』

「……さぁ……」

『自分の心に聞いてみたか?』

「……」

 九尾に言われ、結美は返す言葉に詰まった。彼女の心とは、目の前にいる九尾のこと。彼女の中に棲む(あやかし)に聞けば、返ってくる言葉は分かる。

「……どうせ、分っているんでしょう?」

『ふ……。“それでも、そんなことどうでもいい”であろ?』

「まぁね……。分かってるなら、言う必要はないよ」

 食事だ、と呼ばれたが、結美は、いらない、と答えてそのまま布団の中に潜り込んだ。

『悪戯に食を断てば、苦しむぞ?』

「大丈夫、そんなに食べてないわけじゃない」

 九尾はまた、ふん、と鼻を鳴らすと、主の代わりに部屋の電気を消し、自らも主の中に消えた。

 九尾が消えたからと言っても、結美はあまり眠れなかった。胸騒ぎがしてしょうがない。しかし、九尾のせいではない、と無理矢理納得させ、目を閉じた。


 次に意識が浮上した場所は、地面も空も赤い世界だった。

「ここは……、一体……?」

 奇妙な浮遊感と倦怠感。確か部屋で寝ていたはずだ、と自分に言うが、本当なのだろうか、という疑問も浮かぶ。しばらく辺りを見回していると、不意に聞きなれた声が聞こえた。

『ったく……。折角楽になれたのに……。どうして忘れてくれないかな……』

 声の主は、ほん少し嬉しさを湛えて結美に言った。その声は、結美の答えを待たずに続けた。

『結美達のせいで、賭けに負けたじゃない』

「負けて上等だよ、未希!」

 独り言に口を挟み、結美は声の主――未希に怒鳴った。一体なんの賭けかは知らないが、どうせロクなものでは無いはずだ。

「いつまで帰らない気なの?!」

『……別に、一ヶ月くらい休んでもいいじゃない。堅いな、結美は』

 未希の口調はとても穏やかで、待たせている気はない、と言わんばかりだ。対する結美は、待たされ過ぎて頭にきている。口調はどんどん荒くなるが、同時に、言い知れぬ眠気もある。

「いつ……、いつ……戻ってくるのよ……、未希……!」

『……もしかして、眠いの?』

「答え……て……」

 襲い来る睡魔に、結美は瞼が落ちるのを必死に食い止めていた。だがそれも限界だ。睡魔に勝てず、その場に座り込んでしまった。その結美に、未希は労わるように、しかし姿は見せずに声をかける。

『いいから寝なよ。明日、早いんでしょ?』

「だま……ってよ……。質問に……」

「もうすぐ、帰るよ……」

 睡魔に負ける前に結美は、未希の微笑む姿を見た気がした。


「未希!!」

 声を上げて飛び起きた。どうやら、夢だったようだ。しかし、あれを夢というには現実味がありすぎた。ぼんやりと時計を見ると、彼女がいつも起きる時間だ。眠い身体に鞭打って布団から出て着替え、朝食を取って学校に向かう。彼女が去った部屋の机の上に置いてあった、バラバラのブレスレットはかつて親友が付けていた通りに戻り、姿を消した。

 学校に着き、自分の席に着くと、彼女は机の上にうつ伏せた。いつものことだが、今日は一段と眠い。チャイムが鳴って担任が入ってきてHRが始まった。それは、いつも通りに進むはずだった。

「あー……今日、このクラスに転校生が来た」

 今年で二人目の、しかも、季節外れ転校生に、クラスが騒がしくなった。しかし結美は、その転校生の報に興味を持てず、相変わらず机に伏せたままだ。

 担任は生徒達を静かにさせると、教室のドアに向かって声を掛けた。

「おぉい、入っていいぞ」

「はい、失礼します」

「!!!」

 結美はその声を聞いて、机から身体を勢い良く飛び起きた。それは一ヶ月前、そしてつい昨日に聞いた声だ。

 ドアが静かに開き、転校生の女子が入ってきた。彼女は黒板に綺麗な字で自分の名を書く。

「佐伯未希です。よろしくお願いします」

 名乗らなくても、結美には分かった。待って、待って待ち焦がれた親友、その人。

「席は……。おぉ珍しい、神城が起きてる。神城の隣の、窓際の一番後ろの席だ。分かるか?」

「はい、分かります」

 未希は簡単に答えると、結美の隣の席に歩いてくる。彼女が席に着いたのを見て、担任が転校の理由を話しているが、結美は聞いていなかった。

 担任の話を聞く代わりに、結美は小さな可愛らしいメモ用紙を台紙から剥がし何か書いた。それを丁寧に折って、未希の肩を叩いてこちらを向かせ、それを渡す。未希は渡されたそれを見て、開く前に結美に微笑みかけた。その左手首には、あのブレスレットが嵌めてある。

 未希が開いた紙には、こう書いていた。“お帰り、未希”と。


これで一旦完結です…!いやぁ、長かった…。四年間の長き時間をかけました…。また番外編だとか、その他の更新で追加される可能性がありますが、そのときはそのときです。読者の皆様、こんな物語でも最後まで読んでくださり、ありがとうございました!後書きは後程、活動報告の欄で…。

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