参拾弐夜 占
それは誰かの運勢を決めるもの、話のタネになるもの、しようと思えば自分でもできる。ただし、頼りすぎればその身を滅ぼすことになる。
秋風が弱まり、幾分か暖かさを感じる。今日はまだ寒くないな、と思いながら結美は教室に入ろうとドアを開けた。しかし、そこに人が飛び出してくるという予想は立てられなかった。
「結美! おっはよ~!!」
「……亜樹……、新手の嫌がらせかな?」
「まっさかぁ~、そんなわけ無いよぉ~?」
結美のクラスメイトで知り合いの木坂亜樹は、結美に頭突きを食らわせておきながらにこにこと彼女を見る。結美より少し身長が低く、可愛らしい見た目をしており、しかも社長令嬢という高スペックのクラスメイトだ。ただ、少しやんちゃが過ぎるのが玉に瑕なのだが。
「で、なに?」
「何って?」
「普段は話もしない亜樹が、自分から話に来るなんて、頼み事があるときしかないし」
「あは、分かった? 実は、うちのパパが占いに凝っててね~。近々大きな取引するから成功するか占いたいって言うんだよ」
「……で?」
「結美って佐伯さんと仲良いじゃん? 神社で占って貰えないかな~って」
要は結美を通じて未希に、占いについての依頼がしたい、という訳だ。彼女は正直、面倒くさい、と思いながら、神社での占いとはどんなものなのか非常に気になった。面倒くささと興味とが天秤にかかり、興味が勝ってしまう。その結果、昼休みに聞いてみる、と亜樹に返答することになった。
そして昼休み。未希にその事を切り出せば、友人は酷い顔を結美に向けた。
「神社でする占いも、普通だぞ。しかも分かっているのか? 占いと一口に言っても、種類は多いんだ。洋の東西で、占い方に差も出る」
「えっと……、洋の東西?」
「そうだ。西側で有名どころといえば、タロット、ペンジュラム、星占い……、星座占いだな」
「へぇ……。東側? は?」
「みくじ、風水、手相占い、この辺が有名どころだな」
だから普段はみくじで事足りる、と未希は続ける。彼女の言い方には、面倒くさくてしょうがないと暗に言っていた。そこを何とか、と言いくるめれば、未希はむぅと唸ったのち、貴仁に連絡してみる、とため息混じりに告げた。
「未希ありがとう! でも、なんで貴仁さんが関わるの?」
「神社の占い方は特殊だからな」
やっぱりため息をつく未希に、結美はごめんね、と手を合わせるに留めた。
その夜。未希から来た連絡には、今週末に親子揃って来い、とただけ書かれていた。その文面から、非常に面倒くさい、と言いたいのがありありと分かる。それに微笑を浮かべて返事を返し、それを亜樹に伝えてその日を待った。そして約束の日、結美は亜樹と彼女の父親と共に神社を訪れた。出迎えたのは、狩り衣に烏帽子を被った、正装の貴仁。
「ようこそ、御越しくださいました。妹を通じて指定させてもらった無礼、お許し下さい」
「いえ、こちらこそ。娘を通じての依頼、非礼をお詫びしたい」
さすがは社長という貫禄で頭を下げた男に、貴仁も僅かに微笑を浮かべて頭を下げる。一連の流れを終えてから、貴仁は三人に神殿に置いた椅子を勧めて座らせ、彼は祭壇に背を向けて座る。
「占術の儀を始める前に、俺の持論を説明させて下さい。洋の東側の占術は、陰陽の理のもと行われると俺達は考えてます。陰と陽が一対揃って初めて正確な結果が出ると思ってます。ところで、陰陽の理について分かってるかな、結美ちゃん?」
「あ、え?!」
突然振られた話題に、親子が結美を振り返る。当の結美は挙動不審になりながらも、何とか答えた。
「え……、えっと……、どんなものでも一対で存在することと、木、火、土、金、水と陰陽で説明が出来ることです。光と闇とか、えっと……太極図がそれを現してます」
「よく覚えてるね。例えば、熱気と冷気、空と地面も一対です。男と女も一対ですよ。秘め事もしかり。雌雄揃わないと……、おっと未成年が居るなかで、失礼しました」
狩り衣の袖で口元を覆い、目元のみで笑いながら頭を下げる貴仁に、結美は背筋を凍らせる。その目は確かな悪意を帯びている。気付くのは難しいだろう、と考える結美はを前の親子の背を見つめる。案の定その親子はそれに気付かず、貴仁のブラックジョークに苦笑している。
「まぁそういうわけで、陰陽一対で占う事が正確だと思ってます。男を占うには女がやるという感じで。しかし、これはあくまで持論です。それと、占いは知っての通り、当たるも八卦当たらぬも八卦。吉凶どちらが出ても、本人の努力次第で変わります。それをお忘れなく」
貴仁はそれだけ言うと、小さな鈴を鳴らした。そして、もう一度二人を見る。
「こちらで行うのは水鏡による占術です。しかし、詠むのが難しく、たまにしくじります」
「そ……そんな不確実な占いを施すのか?!」
「言ったはずです。当たるも八卦当たらぬも八卦と。貴方の努力次第で、吉凶は変わります。凶が出ても、努力次第で変わりますから」
緩やかに笑う貴仁の傍らに、桶を持った巫女が来る。その顔には、仮面がかけられている。小さく礼を言った貴仁は、仮面の巫女に自身が座る座を譲る。
「すみません、ようやく準備が整いました。巫女に仮面を付けさせているのは、この占術に欠かせないことです」
鈴を渡した彼は、巫女を背に隠してこちらを向いたまま動かない。そのせいで、彼女が何をしているのか、親子や結美の側からはわからない。しかし、これも陰陽一対だ。動と静、男と女、背中合わせもまたしかり。
「……出ましたね。結果は吉です。しかし、過信し努力を怠れば危うし、です」
「過信すれば……」
「これにて占術の儀は終了となります。貴社の益々の発展をお祈り申し上げあげます。そして、ご息女も益々勉学に励まれますよう、お祈り申し上げます」
深々と頭を下げた貴仁に合わせて、木坂親子も揃って頭を下げる。二人はそのまま、貴仁に促されるままに神社から出ていった。その背中に、仮面を外した未希は深く息を吐いて呟く。
「あの男、占いに依存してるな。良かった、吉凶を逆に言って」
「え……、未希何してんの?!」
「いや、俺が提案したんだ。一応、努力と過信しすぎるなを強調したから、何とかするだろう」
やれやれ疲れた、と続けて彼は住居区に引っ込んでいく。あの衣装は重いだろうな、と思った結美は、未希が桶を持って行こうとしたことに慌てて彼女を止めた。止められた友人は怪訝な顔を結美に向ける。
「いやぁ……。私も占ってほしいなって思って……」
「……ついでだし……、構わない」
そういうと、未希は結美を自分の正面に座らせた。どうやら未希が占うらしい。
「あれ? 未希がするの?」
「あぁ。結美とは一対。兄さんじゃ相性が合わない。占は相性も関わるから」
未希はそれだけ言うと、結美に背を向けて座る。しばらく小さな鈴の音が響き、四回鳴った所で彼女は顔を上げてこちらを向いた。
「吉だそうだ」
「そういえば私、何も言ってないけど……」
「友情長く続く、だ」
まさか言い当てられるとは思わず、目を見開く。しかし、未希はまるで分かりきっているようで、彼女の表情を見ていない。
「その通りじゃなかったか?」
「せ……正解です」
「だろう?」
小さく笑った二人を貴仁は柱の影から慈愛の眼差しと共に見つめていた。
そのまま結美と別れた未希が一人になるのを見計らい、貴仁が柱の影から姿を見せた。兄の眼差しは、小さなウソを確実に見透かしている。
「あれ、若干違うこと言ったろ?」
「……なんのことですか?」
「占の結果。未希、あれはどう出たんだ?」
「……友情長く続く、されど先に難有り」
未希の返答を聞いた貴仁は、僅かに目を閉じ考えて妹を見る。彼女はその目を真っ直ぐ見返し、もう一つの結果を呟いた。
「……影、近くに有り。親しき仲に注意せよ……」
「親しき仲に注意せよ、か。具体的な結果が出たな……」
「傍らにある者ではない、そうも出ていました」
「……読めないなぁ……。ま、油断も出来ない。そろそろ、彼岸だし……」
貴仁の目が未希から外れて遠くを見る。その目線の先を追えば、朽ちかけた落ち葉が風に舞い散っていった。
その後、取引は辛うじて成功したが、危険な橋を渡らされた、と占いに依存するのはやめたらしい。未希はこの一件後、結美を見るたびにほんの僅かよく分からない顔をするようになる。だが、その理由を彼女が話すことはなかった。