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参拾夜 塵

 この世に朽ちぬ物は無し。家屋は人無くば容易に倒れ、物は手入れ無くば容易く錆びる。栄える者も何れは衰え去っていく。其れを悔やむ事なかれ。其こそ世の常、世のことわり


 二学期が始まり幾分か過ぎたが、未だに夏の暑さは引く様子はない。残暑が厳しい中で受ける授業で、集中するのはとてつもなく難しい。

「やっと終わった……。あと二時間も授業があるなんて信じられない!」

「諦めろ、結美。学校なんてそんなものだ」

 昼休みは相変わらず未希と共に過ごす結美は、弁当の中身を空にしてから未希に愚痴る。未希は半分残して結美の愚痴に付き合う。夏休み前と変わらぬ光景には、僅かな変化がある。お互いがお互いに遠慮しなくなったのだ。とはいえ、周りから見ればそう変わりはない。

「そういえば、未希って雪斗先輩の事好きなの?」

「馬鹿言うな、噂を信じるな。何も思って無い」

「あはは……、そんなに否定しなくても……」

 とりとめの無い話をする二人は、同時に震えた携帯電話に表情が変わった。学校で使用することは許されないが、教師がいない今なら告げ口されない限り気付かれない。携帯を取り出した二人は、やっぱり同時にため息をついた。

「なんか、前の小学校と同じ感じがするんだけど……」

「……同感だ……。だが、嫌な予感はしない。仕事は学校帰り……だな……」

 時と場所を選ばず来る依頼が来る。今回は解体作業中の家屋に何か出る、と言うもの。以前にも似たような依頼があり、しかも危ない目にあっているせいで乗り気はしないが仕方ない。学校帰りに寄って片付けようと言う話で終わる。

「未希、部活はどうするの?」

「今紗希に、休むと連絡した。放課後、待っててくれるか?」

「オッケー、大丈夫」

 昼休み終了のチャイムが鳴る前に、未希が自分のクラスに戻って行く。その後の授業もやはり、集中できずに終わった。

 放課後、事務所に寄った二人は、新堂所長から依頼について詳しい説明を受けた。それによると、解体中の建物が単なる一軒家であること、大きな木が目印であること、つい十年前まで人が住んでいたということを聞き、預けている札を持ってそこに向かった。

「大きな木が目印で、解体中の一軒家……。どこのことかな……?」

「……あれじゃないか……?」

 未希が指差した先には、大きな木と半壊の建物がひっそりと佇んでいる。傍には重機が置いてあるも、動いている様子はない。それらを遠目に見ていた二人は、周囲を警戒しながらゆっくりと建物に近付いていく。

「なんの気配もしないね」

「……いや、何かいる。だが、悪意は感じない」

 近付けば半壊の建物が、古い家屋であることがわかる。元々話は聞いていたが、実際に見れば普通の一軒家よりも大きい。庭と思われる場所から中を覗くと、縁側に小さな女の子が座っていた。その幼子はおかっぱ頭に着物を纏い、髪に桃のかんざしを挿している。二人に気付くと、その幼子はパッと顔を輝かせてこちらに駆けてきた。

『ここにお客さんが来たのは久しぶり。十二年ぶり』

「えっと……、十二年ぶり……?」

「座敷わらしか」

 座敷わらし、住んだ家に富と幸運を運ぶとされる妖怪であり、姿を見るとその家が廃れるとも言われている。

「この家に、ずっといたのか?」

『そうだよ。昔は沢山の子供がいたの』

 幼子は二人を半壊の家に誘い、縁側に座らせて話し出す。よっぽど寂しかったのだろう、幼子の話は止まらない。多くの子供がいた時のこと、親戚が一堂に介すると家に入りきらなかった時のこと、寂れて静かになっていった時のこと。栄えていた時のこと、衰えていった時のこと、この幼子が見てきた時代ときの話を事細かに二人に話してくれる。

『誰も居なくなったのは十年前。そこからずっと寂しかったの』

「そうだったんだ……」

 寂しそうな顔をした子供は、結美の顔をじっと見上げて首をかしげた。結美も座敷わらしの不思議そうな顔を見下ろす。

「どうしたの?」

『私、貴女と会ったことがある気がするの。どこかしら?』

「え? 私は会ったこと無いと思うんだけど……」

『じゃあ気のせいかな』

「……座敷わらし。その力、かなり衰えている……。一つの所に留まり続けた事が原因か……」

 未希の言葉が聞こえた座敷わらしは、悲しそうに顔を伏せて静かに呟いた。

『そう。私はずっとこの家に居たの。でも、少しずつ力が無くなって、家が続かなくなったの』

「盛者必衰は世のことわりだ。衰えることを嘆くことはない……」

『うん、分かってるの……。でも、この家に居た人達は、私を大事にしてくれたから……』

 顔を伏せたままぼそぼそ話す座敷わらしは、よく見れば若干薄くなっている。空気に溶けて消えていきそうな座敷わらしは、消えていくことを恐れる素振りはない。

「お前に動く気があるなら、私が力を渡すが?」

『ううん、良いの。私はここで良いの。もう、沢山いろんなモノを見たから』

 未希の申し出に首を振った座敷わらしは、斜陽を背にしているせいか目を凝らさないと姿が分からない。最期に二人へ見せたのは、花が咲くように輝かしい笑顔だった。

『さようなら、優しい陰陽師さん。また会おうね、妖のお姉ちゃん』

 座敷わらしが最期に言った言葉は二人に届くことなく、斜陽の光と共に虚空へと消え去った。後に残るのは、半壊の家と枯れ草、枯れ葉を付けた巨木のみ。秋に向かう冷たさを帯びた風が、立ち尽くす二人の間を駆け抜けていった。

「あの子……、幸せだった……んだよね?」

「幸せだったんじゃないか? ……少なくとも、自分の力の限界が分からなかったくらいは……」

 座敷わらしの、幸運を呼ぶ力には限界がある。それは定期的に家を変えなければ、力が無くなっていくのだという。座敷わらしは、与える幸運を信仰されることで力を取り戻し、自身の消滅を防ぐ事ができる。

「だがこの座敷わらしは、この家を愛しすぎたんだ。幸運を当たり前になって、力の消失、自身の消滅へと繋がった」

 それでも、と続ける未希の顔が僅かに歪んだ。その続きを結美が引き取る。

「沢山の子供達と遊んだり、面倒を見たり、お祖母さんの最期を看取ったり、凄く幸せだったんだよね……」

「力の消失と消滅を恐れることなく、家に残ったんだ、幸せじゃない訳がない……か」

 結美にそう返した未希は不意に、最期に座敷わらしが立っていた場所に膝をついた。 友の不思議な行動に、結美も彼女の傍らに寄る。そこには、色褪せた桃のかんざしが落ちていた。

「これは……、あの座敷わらしの物だな……」

「持って行ってってことかな?」

 手を伸ばして慎重にかんざしを持ち上げたが 、それは結美の手の中で崩れ去る。残骸は塵と消え、吹き抜けた風にさらわれて、どこか虚空へと流された。その風を見送った結美は、急に込み上げてきた涙を止められずに、未希にしがみついた。泣き声を殺して泣く結美を未希はただ黙って抱き締める。

「……羨ましいな……。何かの為に泣けるなんて……」

 ポツリと呟いた未希の言葉に返す言葉はなく、声を殺した泣き声だけが返事と変わった。


 二、三日後、急に来た寒さに身を震わせながら、結美は一人あの廃屋があった場所を訪れた。解体作業はその後何の問題も無く進み、廃屋は更地へと返された。ただ、そこにあった巨木だけは残されていた為、結美は迷うこと無くそこで足を止められた。

「何にも、無くなっちゃった。あの木が何なのか、聞きそびれちゃったな……」

『……あれはね、桃の木なの。桃の節句の時は、あの木から花を貰ったのよ』

 不意にあの座敷わらしの声が聞こえ、結美は帰ろうとした足を止める。振り返っても、そこには誰もいない。気のせいか、と思った彼女は木枯らしの吹く道を自宅へと急ぐ。その風に混じって、幼い女の子の声が聞こえた気がした。

『ありがとう……。お姉ちゃん達が来てくれて楽しかった……』

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