表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/39

拾九夜 狼

大変長らくお待たせいたしました(土下座)約三ヶ月間の放置、申し訳ありません!(スライディング土下座)待たせた割にはおもs(ry)ゲフンゲフン、とっ兎に角、十九夜 狼、お楽しみ下さいm(_ _)m

 狼が人を襲うのは、きっとおとぎ話の中でだけ。何故なら、人を襲えばどうなるか、彼らは良く知っている。人が飼っている家畜を襲うのは、弱肉強食が自然の基本だから。

 放牧の民に忌み嫌われた狼を、農耕の民は歓迎した。神聖な動物とみなし、神として祭った。その信仰は今日まで続いている。



 午後からの部活というのは、上昇する気温と下降するやる気との勝負であることが多い。午後から部活に出ること自体がやる気を削ぐのである。

 そんな時間帯の部活を終えた未希は、長ジャージを着たまま帰路に着いていた。夏の間は昼が長いため、今彼女が歩いている時間はまだ明るい。自宅がある神社へ至る階段を上がっていると、上の方から二匹の白い狐が転がるように駆け下りてきた。狐に気付いた未希は足を止め、降りてきた二匹を抱える。

「……管狐……? 何があった……?」

 主人の問いに、狐は手足を振って何か伝えようとする。しかし、肝心の主人にそれが伝わらない。理解することを諦めた彼女は、残りの階段を少し速い速度で上がる。そこでようやく、彼女は狐達が伝えようとしたことが分かった。境内に一匹の灰色の毛並みの大型犬が倒れていたのだ。

「犬……にしては大きい……。しかもこの階段、どうやって上がったんだ……?」

 少しずつかげって行く陽光を前に受け、彼女は眩しさに目を細めて倒れている大型犬を遠くから眺める。しばらくぼおっと犬を眺めていると、急に腕の中から狐が降り犬の周りを二匹で回り始めた。時にじゃれあっているのを見ると、どうやら遊んでいるらしい。普通なら、狐は天敵である犬には近付かない。それなのに、今狐は近づいて事もあろうか遊んでいる。

「……死んでいる……のか……? だとすれば誰に対する嫌がらせだ……?」

 犬に近付きつつ腕組みをして呟いた未希の前で、死体だと思っていた犬の足が動いて狐の尻尾を引っかいた。引っかかれた狐は大げさな鳴き声あげて主人の後ろに隠れる。もう一匹も驚いたように、片方と同じように隠れて震えている。彼女はそんな狐達を無視してカバンを持ち直し、左腕だけで犬を抱えた。そのまま自宅に戻り、扇風機を回した居間の床にそっと下ろして身体を撫で始めた。降ろされた犬はびくりと身体を震わせて薄く目を開け、自身を撫でる娘を見る。彼女は犬が目を開けたことに気付き、その目を真っ直ぐに見た。しばらく見詰め合った後口を開いたのは犬。開かれた口からは漏れ出たのは人語だ。

『小娘……、何者だ……?」

 犬の口から人の言葉が漏れ出たことに、彼女は何の違和感も持たなかったようだ。小娘と呼んだ犬を軽く睨んで言葉を返す。

「小娘、か……。助けられておいてその物言いは、少々礼儀知らずではないか、犬神?」

 犬神と呼ばれたそれは、彼女を思いっきり睨み付けた。彼女はその視線に動じることなく首を傾げた。本来犬神とは憑き物の一種で、とり憑いた人間に病や不幸、時に財をもたらすモノと言われている。それは怒りを押し殺したような低い声で彼女に言う。

『……小娘……。誰を指して犬神と言った……?』

「? 目の前のお前に対してだが?」

 疑問に思いつつ口にした言葉が、それの逆鱗に触れたらしい。喋るときとは全く違う音量で吼え、その巨体を起こした。そして未希の傍らでフローリングの床を激しく踏み鳴らしてまた吼えた。至近距離でその吼え声を聞いた未希は耳を塞いでのけぞったが、それでも怒りが収まらなかったそれは更に激しく足を踏み鳴らして怒鳴り上げる。

『小娘、そこに直れ!! 我は誇り高き神の眷族、狼ぞ! 何をどう間違えれば犬神という下等で、下劣なモノと言えるのだ?!』

 その狼の剣幕に押され、未希は怒鳴られるままに床に正座した。そのまま項垂れる彼女に、狼は怒鳴りながら説教し始める。未希は文句も言わずそれを聞く。未希にしてみれば珍しい行動ではあるが、彼女に非があることが分かっているので何も言えないのだ。

 狼の説教は一向に終わらず、正座に慣れている未希ですら足が痺れてきた。窓の外は朱色に染まり、夕暮れの光で雲が橙色に輝いている。黄昏時だな、などとどうでもいい事が頭をよぎるが、狼の怒声で我に帰る。それを幾度か繰り返した後、玄関から男の声が二人分聞こえてきた。近づいて来る声に気付いて、娘と狼が引き戸に顔を向ける。僅かに時間が空いて引き戸が開き、入ってきた貴仁と拓人は正座の未希とうなる狼とを交互に見て口論の口を閉ざした。

「……未希、“それ”どうした……」

「……狼……。お帰り、兄さん。拓人さん、いらっしゃい……」

「こんちゃ、未希ちゃん。とりあえず、着替えておいでよ。見てて暑そう」

「……はい……」

『待て小娘! 話はまだ……!』

 獣が声を荒げた途端、間の抜けた音が聞こえてきた。一瞬の沈黙の後、音源を特定したように兄二人の視線が妹の後ろに注がれる。彼女も彼らの視線を辿って背後をチラッと見た。背後の狼は、先程までの威勢を忘れて項垂れていた。音の出所と何の音なのか納得した彼女が顔を正面に戻すと、兄がとびっきりのいい笑顔で獣を見ていた。そんな兄と目が合わないよう気をつけながら、未希はそっと居間を出て自室に戻った。

 自室で着替えた未希は、部屋の本棚から辞書ほどの厚さの本を数冊小脇に抱えて今に向かった。抱えられて本はどれも、この国に伝わる古の神々や妖怪について書かれていたり、限定された地域で信仰されている神について書かれていたりする物だ。それらの本を持って居間に至る引き戸を開ける。そして、彼女は目の前の光景に行動停止した。力の抜けた手から本が床に落ちて派手な音を立てる。その音に気付いた拓人が本を拾ってそっと未希に渡した。彼女はそれを受け取って呟く。

「……どうして、こうなったんですか……」

「貴仁がああなのは、今に始まったことじゃないだろ?」

「……そう……ですが……」

「まぁ誇り高い……、狼を犬の如く調教しちゃぁ、なぁ」

「……はい……」

 二人が居間に目を戻すと、貴仁が嬉々として狼と戯れている光景が写った。遊ぶ貴仁も、遊ばれる狼も楽しそうだが、拓人は狼のそれが調教の結果だと知っている分怖く見える。

 遊ぶ兄を避けて空いた座椅子に腰を下ろした未希は、膝に置いた本を開いた。そのページには丁度、山岳地域における狼信仰について書かれていた。狼、という単語に反応し、顔を上げて獣の方を見た。獣はもはや狼ではなく、犬として調教されていた。お手におかわり、仕込まれた芸は犬のそれ。見事にできた芸に、兄は満足そうだ。

「よ~しよし、いい子だ! ご褒美だ、受け取れ!!」

 兄が放り投げた肉を、獣は華麗に跳んでキャッチする。その肉の色がかなりおかしかったのを見た拓人は唇を戦慄かせて貴仁に言う。

「……貴仁その肉、腐ってね……?」

「ああ、腐りかけだが?」

「いいのかよ?!」

「良いに決まってるだろ。肉は腐りかけが一番旨いんだよ!」

「ドヤ顔やめろ!!」

 犬、もとい狼を間に挟み、貴仁と拓人がまた言い争いを始める。相変わらずな兄二人を見る妹は深々とため息をついて窓の外を見る。外はもう暗く、雲の切れ目から上弦の月が顔を覗かせては隠れる。窓から床に目を戻し、持ってきた本を片っ端から捲っていく。狼信仰について書かれているページを開いていき、神格化された獣の名を探し出す。それを見つけて彼女は狼に問いかける。

「狼、主の真の名は大口(おおくち)()(がみ)ではないのか……?」

『?! 娘、その名どこで……!』

「……やはり……」

「大口真神……? 神格化された狼の名前か……?」

 不思議に思った拓人が未希に問うような視線を送るが、彼女はそれに答えず伸ばした膝の上に乗せられている開かれた本のページを凝視していた。見ているのは信仰の分布を示す地図。分布を示すには役立つそれも、迷い神に道を示すには小さい。大きな地図がほしくなって、未希は指を鳴らした。

「……来い、管狐……」

 小さく呼べば、居間の引き戸の僅かにあいた隙間から巻物状の何かが放り込まれて床に広がった。広がったそれは大きな地図。命じた彼女以外の全員が、それを見て目を丸くする。まっ先に衝撃から立ち直った獣は、座椅子にもたれる少女に問う。

『……小娘、何がしたいのだ……?』

 獣の問いを黙殺し、彼女は足元に転がる針を手に取った。針は地図と共に投げ込まれ、未希の足元に転がったのだ。従順な下僕が準備してくれたものを、獣に向かって投げた。それは獣に当たらず、地図のある一点に浅く刺さった。

「……行け……」

 もたれた姿勢そのままに、少女は獣に告げた。しかし、なんの脈絡なしに言われても、何のことか分かるはずがない。狼が困惑したように鳴いた。その鳴き声を聞いて、彼女は面倒臭そうに手元の本を開いたまま滑らせる。その本を貴仁が取り上げ、内容を無言で読む。

「狼信仰の話か」

「今でも続いてる。地図に示したのが、……その地域……」

「……! そうか……。腹を空かして倒れていたとはいえ、まだ実体は保っている。力――信仰はまだ失っていない」

 貴仁の答えに未希は小さく頷き、言葉を発さぬ迷い神を見る。迷い神はじっと針の刺さった地図を見ている。その神の後ろの窓に月が覗く。満月でないことを残念に思いながら、巫女の娘は静かに告げる。

「貴方は……、帰るべき地を忘れたのですか……?」

 その巫女の言葉に、獣神はゆっくりと顔を上げた。その顔は、貴仁に遊ばれていた時の犬の顔ではない。気高い獣神、狼のそれだ。

『この我に道を示すとは……。巫女よ、礼を言おう! この恩、必ず返そう!!』

 狼はそう言うと、遠吠えするように一際高く吠えた。その瞬間、室内に立っていられない程の突風が吹き荒れた。風はすぐに収まり、そろそろと顔を上げた三人が見たのは、大量の木の葉が舞う森の幻影だった。



 狼が神社から帰った翌週の新聞に、山岳地域で狼の遠吠えを聞いた、姿を見た、という証言が急に増えた、という記事が載った。時を同じくして、佐伯神社に送り主の名がない小包が定期的に届くようになったという。さらに、その小包が届くようになってから、神社の周囲では、鹿肉シシ肉譲ります、という張り紙を多く見かけるようになったらしい。


しばらくの間ですが、諸々の事情ゆえに更新が遅くなります(土下座)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ