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拾四夜 風

 吹き抜ける風は、涼しさや爽やかさ、更に寒さをもたらす。そして、時には災害までももたらしてしまう。自然に向かって言うのも難だが、何事も適度が一番、ということか。


 梅雨の湿気は何処へやら、最近は湿度を感じぬ暑さになってきた。だが、その夏の熱気に負けぬ熱が今日、学校中に立ち込めていた。結美のクラスでもそれは変わらず、クラスメイトは皆、どこかそわそわしている。

「あぁ~、もうっ! 楽しみでしょうがないよ!」

「そうだね美香。でも、体育祭は明日だよ?」

「何言ってるのよ、結美! 予行から楽しまなきゃ、どうするのよ!」

「まぁ……、そうだけど……」

 そう、今日は体育祭の予行なのだ。だが、予行なのにそわそわする理由が何処にある、と聞いてはいけない。何事も全力、というのが上弦高校生徒一同のモットーなのだ。

 それでも少なからず、面倒だ、と思う者もいるのは事実。結美がそう思っている訳ではないが、予行から楽しもうとは思わない。予行の何を楽しめばいいのだろう。

(大体、予行って何もしないじゃない……)

 そう思っても決して口に出さない。言ったところで、目の前で楽しそうにしている美香に届くはずが無い。そうこうしているうちにチャイムが鳴り、担任が入ってきてHRが始まる。それが終わればクラスメイト達は、指示された教室に体操服を持って駆けていく。当然ではあるが男女で更衣室は別である。更衣室となっている教室の中でも、話題になっているのは体育祭と予行の事。予行の何が楽しみなのだろう、と結美は疑問に思いながら体操服に着替えて校庭に出た。

 校庭には既に、大勢の生徒たちであふれかえっている。形だけの入場門の傍で、彼女は柱の部分にもたれ掛かって空を見る未希を見つけた。

「未希! おはよう!!」

 ぼおっとしている未希に声を掛けると、未希はちらっと結美の方を見た。その右側は良かったが、左側は包帯で覆われていた。結美はそれを見て、驚きに目を見開いた。確か昨日、学校にいるときは何も無かったはずだ。

「何処で、何したの?」

 結美が聞くと、未希は結美から目を逸らして囁くような小声で呟くように言った。

「……家の……、窓のガラスが割れた……」

「……本当に……?」

「…………うん…………」

 返事に間が開いたが、結美が追求するよりも先に集合の号令が掛かってしまった。舌打ちをしたいのを押しとどめ、結美も未希もそれぞれのクラスの列に並んだ。

 予行が始まったが驚くほど何も無く、思ったよりも楽しくなかった。それどころか退屈ですらあった。未希を探そうにも、彼女は係りになっており打ち合わせに次ぐ打ち合わせで話しかけられない。そんなことをしているうちに昼休みになった。

「……ねぇ未希。本当にガラスが割れただけ……?」

 未希の教室で共に弁当を食べながら、結美は未希に聞いた。その聞き方は、言い逃れを許さない、という意図も込められている。未希はその質問に、無言を返答とした。口に物が入っていたからなのかもしれない。

「ねぇ未希、聞いてる?」

「……だから……、本当にガラスが割れただけ……。昨日の夜、運悪く……」

 頷いてから未希は、弁解とも言い訳とも取れる返答を返した。その答えを良しとした訳ではないが、これ以上聞いても未希は絶対に答えないだろう。諦めた結美は、明日に控えた体育祭の話を未希に振った。

「未希は明日の体育祭、視界が片方だけで大丈夫なの?」

「問題ない……と思う……。走るのには問題なかった」

「走ったの……?」「うん」

 何故か頭痛がした。それも、頭が割れそうになるほどのものだ。目の前の幼馴染が原因なのか、別の要因があるのかは分からない。思わず頭を押さえた結美に、未希は心配そうな色を浮かべて覗き込んできた。その未希に、結美は大丈夫と笑みを返した。

 そのまま昼休みが終わり、生徒達は体育祭の準備の一つ、テントを出す為にもう一度校庭に集合した。それぞれの学年にわかれテントを組み立てている。二年生は一番校舎から遠い所でテントをだしていた。

 こういう作業では教師の目が届きにくい。その結果、少なからず作業放棄をする生徒もいる。結美もその一人で、未希と共に遠くから作業の様子を眺めていた。

「何だろう……。罪悪感が沸かない……」

「人が多いからね……」

「そうだけど……でも、「しっ」

 更に言葉を続けようとした結美を、未希が手で制した。何事か、と彼女を見ようとした結美は、急に吹き荒れた風にその目を庇うことになる。先ほどまで無風だったのに、と考える暇も無く耳に届いた鈴の音に、顔を庇う手を離し横に立つ未希に目を向けた。この突風の中で平然としている未希の右手の指先から、二色の鈴がぶら下がる。そして左手には、何処から持ってきたのか札が握られている。

「……未希! まさか……!」

「……般若の一件以降、持ってきてて良かった……」

 ぽつりと呟かれた言葉は風に呑まれ、結美の耳に届かない。代わりに届いたのは同級生の悲鳴だ。立てている最中のテントが飛んだようだ。突風は、二年生の担当区域のみで吹き荒れている。教師たちが必死で、同級生を避難させようとしているのが砂埃の合間に見えた。だが、その行動の方が危ない。案の定、飛んだテントの一つが教師を襲ってしまった。それに襲われた教師は、二人の良く知る教師だ。

「未希! あれ、未希の担任じゃあ……!」

「ちっ……。ポルターガイスト如きが……!」

「ポルターガイスト? それって、幽霊じゃないの? 何で昼間から……」

「どうでもいい……。被害が拡大する前に、……終わらせる」

 舌打ちと怒りがこもった未希の言葉に、結美も黙って頷いた。相変わらず風は酷いが、走り込んだ中心は無風であった。

 無風地帯には、子供の形をした透ける何かがふわふわと遊ぶように飛んでいた。それが手を振る度に風が巻き起こっているのを見ると、どうやらそれが元凶のようだ。

「こ……子供……?」

「のように見えるだけ……。子供だからって容赦はしない……」

 怒気を孕んだ未希の呟きに、ポルターガイストがこちらを向いた。そして不思議そうに首をかしげて、二人を観察している。その間を待つなんてことをしない未希は、右手の鈴を体操服のポケットに素早く片付け、左手の札を振った。札から放たれた青い炎はポルターガイストを襲ったが、見ていたようで避けられてしまった。しかしそれに驚いたのか、ポルターガイストが甲高い声で喚きだした。

『気を付けろよ! 危ないじゃん!!』

「……危ないのはどっちだ、ガキが……!」

 普段聞かないようなドスのきいた低い声で、喚くポルターガイストに返す。びくりと引いたポルターガイストに構わず、未希は札に息を掛けて式神を呼び出した。呼び出されたのは、細長い身体の管狐。彼女は式に指だけで指示を与える。応じた狐はふわふわと飛ぶ幽霊を捕まえようと、子供の姿をしたそれに迫った。

『そう簡単に捕まるかよ!』

 一回目の突進を避けた幽霊が、楽しそうに笑いながら言い放つ。だがその直後、幽霊は管狐の細い身体に巻き取られていた。何が起こったのか理解できず、目を白黒させているそれに向かって、未希は気だるそうに呟く。

「一匹だと思ったか? そいつは分身できるんだよ……」

 よく見れば成る程、巻きつく狐の頭が二つある。まあ幽霊も式神もこの世もモノでは無いため、互いに触ることが出来る。巻きつく事も引き裂く事も可能だ。

『このっ! 離せぇ!』

「……お前が約束するなら、離してやらないこともない」

『どういう意味だよ?』

「二度と悪戯をするな。それを誓うなら、離してやる」

 いきなりの交渉に理解が追いついていないのか、幽霊は目を瞬かせてぽかんとしている。対する未希は面倒くさそうだ。大体こういう事が好きではない彼女は、結論が出るまでに時間が掛かるのが嫌う。結美は、そんな状況を眺めていることしか出来ない。

『……分かったよ……』

「応じるか?」

『って何言ってんの? 応じるわけねぇじゃん!!』

「未希!!」

 従順に応じる振りをし、一瞬ではあれど未希を油断させたポルターガイストは、無事であった手首を振って突風を起こしたのだ。それは刃となって未希を襲った。結美の警告が間に合わず、未希はロクな防御姿勢が取れぬままにその攻撃を受けてしまった。強い風ではなかったが、千切れた包帯に血が付いてそれが宙を舞う。未希より後ろにいた結美はその風を受けずに済んだが、包帯の下から見えた左側に絶句した。

『へっ、バーカ! 俺が簡単に……! なっ、何だ、その目!』

 幽霊が驚いたのも無理は無い。包帯の下の目は真紅に輝き、その周りには文字で出来た三つの輪が囲っている。一番外側のみ円が欠けている。

「……燃やせ、管狐……」

 幽霊の悲鳴には答えず、彼女は冷たい声で管狐に命じた。直後、白い狐の身体が青く発火した。それは出会い頭の攻撃の時に見た青い炎と同じ。

『ぎゃああ! 熱い!! 燃える! 消える!!』

「消えても構わない。浄化する気でいるから」

『嫌だ! 消えたくない!! ……契約する! 約束するから!!』

 ポルターガイストが叫んだ途端、狐は巻きついていた身体を離し未希の傍に戻る。一旦狐を札に戻し、彼女は空いた手で何も書いていない白い札を取り出した。浅く切られた頬から血を掬い、札に血文字を書いてポルターガイストに投げる。投げたそれは幽霊に当たって虚空に消えた。

「行け。契約を破ったら、即浄化だ」

『うぅ……。分かったよぉ……』

 ぶつぶつ言いながら幽霊は、未希の言葉に従って姿を消した。だが、竜巻の風は徐々に弱くなるだけで、まだ消える気配が無い。

『主。包帯を持って来ておりますが、巻きましょうか?』

「……ありがとう、勾陣。自分で出来る」

「……その目、何?」

 勾陣から受け取った包帯を左目に巻く未希に、結美が低い声で尋ねた。本来なら、未希の目が左右で違う色であることは無い。それに、左目を囲う文字の輪が何なのか分からない。それを隠された事も腹が立つ。それらの感情が渦巻き、必然的に目付きが悪くなってしまう。

 包帯を大体巻き終えた未希は、結美の質問に対して俯きながら小声で答えた。

「……私にも、分からない……」

「分からない?」

「……一週間前、天邪鬼の事件の後、家で鏡を直した。だが、昨日の夜にこうなったのは本当だ……」

「それ……じゃぁ……?」

「原因が分からない」

 黙り込んだ二人の周りの風が消えた。こちら側に人はいなかったが、竜巻が消えた事で教師の何人かが走ってくる。

「佐伯、神城! 大丈夫か!!」

「……そちらこそ、大丈夫ですか?」

 結美から駆け込んできた自身の担任に目を移し、未希はあまり使わない敬語で担任に聞く。その目に、僅かながら心配の色が見て取れ結美は少し嬉しくなった。普段から人を心配することがない友の、人らしい姿を見た気がした。


 ポルターガイストの風は局所的突風と言う言葉で片付けられた。特に怪我人もおらず、準備も順調に終わった為、翌日の体育祭は予定通り決行された。

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