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拾参夜 鏡

 それは光を反射する物。それは物体を映し出すもの。古代では、呪術にも使われた。魔除けにもなる鏡は、三種の神器の一つ。それでも割れれば無用物。


「兄さん、これどうするの?」

「知るか。俺が聞きたい」

「受け取ったのは兄さんでしょ?」

「だが、宛名はお前だ」

「何故開けた」

「不可抗力だ」

 堂々巡りの会話を続ける兄妹の間に置いてあるのは、蓋の開いた小さな箱。その中身は割れた鏡。運んでいる最中に割れた訳ではなさそうだ。鏡は大量のクッション材の中に、半ば埋もれるようにして置いてあるのだから。

 時間は少し遡る。餓鬼による怪事件と学校が終わって未希が帰宅すると、居間で貴仁が難しい顔をして箱を睨んでいた。覗き込んだ箱の中に、中央からヒビが入った鏡が、大量のクッション材と共に置かれていた。それで今の会話に至るのだ。

 箱に貼られている伝票に送り主の名は無い。送り主の住所は、事もあろうかこの神社だ。嫌がらせにしてはやけに手が込んでいる。

 悩む妹の傍から兄が手を伸ばし、クッション材に埋もれるようにしてある封筒を取った。それを開けて、中の手紙を読み上げる。

「『この鏡は真実を映し出す……』パソコンで印刷された物だが、続きはインクがにじんで読めないな。……未希、何か恨みを買うようなことしたか……?」

「……いちいち覚えてない……」

 手紙を箱に戻し唸る貴仁を尻目に、今度は未希が箱の中身に手を伸ばす。彼女が取ったのは、割れた鏡。それは壁掛け用らしく、片手で持つには少し大きい。

 両手で支え鏡を覗くが、中央からひびが入っている為、顔が屈折して見える。唯一綺麗に映る目は、深紅に輝いている。

「……兄さん。私の目、今赤い?」

「? いや、普通に黒いぞ」

 首を傾げながら、彼女はもう一度鏡を覗く。鏡に映る深紅の目が、今度は細められ、屈折してはいるものの唇が愉しげに吊り上っていた。

 鏡の中とは対照的に、未希の顔は驚きに歪んだ。恐怖が勝ったのか、彼女は思いっきり鏡を床に向かって放り投げた。酷い音を立ててそれは床に落ちたが、ヒビが増えることはない。

「未希?!」

 鏡の落ちた音で我に返った貴仁が、ガタガタ震える未希を見た。彼女はすぐにそれらを全て消し、何でもない、と呟くと鏡を箱に入れて持ちあげた。

「これは、私が預かる。………私宛だからいい……よね……?」

「……あ、ああ構わない……」

 無表情で迫る未希の気迫に押されながらも、貴仁は首を縦に振って承諾した。


 夕食後、未希は自室であの鏡を睨んでいた。相変わらず鏡に映る自分は、赤い目を歪めて嗤っている。

『何かあったのですか、わが主?』

「……勾陣か……」

 鏡を見つめる未希に、勾陣が問う。彼女はちらっと式神を見て、鏡に目を戻した。現れた勾陣は映っておらず、変わらぬ赤い目が彼女達を見ている。主は従者の問いに答えようとしない。従者もまた、主が見つめる鏡を見た。そして、ぽつりと主を呼んだ。

「……どうかした?」

『この鏡に似た物を見たことがあります』

「何?!」

 鏡から目を離し、未希は己の式神を見た。

「何処で見た?」

『この神社の宝物庫に』

 宝物庫、と言われて未希は何かを思い出すように目を閉じ、しばらくしてその目を開いた。その目には、何かを思い出したような光を湛えていた。

「……やっと思い出した……」

『何を、ですか?』

「この鏡の名前。これはウツリミの鏡。ウツシミの鏡と一対の物だ。宝物庫にあるのは邪のウツシミ。(なくな)っていたのは正のウツリミ。でも(これ)が割れているから、逆の効力を発揮しているだけなんだな……」

 お世辞にも、分かりやすい、とは言えないが、勾陣は彼女の説明に頷いた。

『ですが、どうやって直すのです? 割れた物は元に戻らないのでは……?』

「……直るさ。これは霊験あらたかな物だ」

 滅多に表情を変えない未希が不敵に笑った。そして、立てかけた鏡をとり、裏返す。裏面はかすれているものの、模様と文字が書かれている。予想通り、と言わんばかりに目を細めると、背面のそれらを札に書き写し始めた。多少色がかすれてはいるが、モノクロで書くには問題がなかった。

 数分と掛からず書き終えると、彼女はそれを鏡の背面に貼りつける。貼ってから未希はため息をつき、小さく呟いた。

「あんまり術は使いたくないけど……。今回は仕方ないか……」

『主?』

「……なんでもないよ、勾陣」

 勾陣の心配そうな声に未希は肩を竦めて首を振ると、改めて鏡に向き直り呪文を唱えながら印を組み始めた。印を組み、術を唱えていけば、札と鏡に書かれている文字が一つずつ輝き始める。すべての文字が光を放つと、かすれた模様が修復されていく。その時には、印を組み終えている未希の息は完全に上がっており、肩で息をしていた。

「…………くっ…………」

 心臓のあたりを押さえ呟くと、鏡をひっくり返した。割れていた部分は直され、未希と勾陣の姿を映している。

『うまくいったようですね』

「……そうだな……。さて、これで失せ物が返ってきた訳だ……」

 未希はそう言うと息を整えながら鏡を抱え、神社の宝物庫に向かって勾陣と共に歩いて行った。

 真実を映す鏡の中で、彼女の無表情は満足そうな笑顔に変わっていた。そして、鏡の中で笑う彼女の左目に、文字で出来た三つの輪が現れた。その後、一番外側の輪から文字が四つ消えていった。


 家に届いたウツリミの鏡は、先々代が失くした物だ、と未希は修復した後で知った。


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