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拾壱夜 鬼

お久しぶりです。ルナサーです。ちょっとばかし体調が悪化した結果、先週は更新できませんでした。申し訳ありませんm(_ _)mと、言うわけで、十一夜 鬼、お楽しみください!


 人は誰でも、心に鬼を飼っている。普段の生活でそれが表に出ることは無いが、心が壊れるほどの衝撃で、表に出てくる。それを思う衝撃とは、人それぞれ……。


 梅雨が明けたとはいえ、天候はまだ安定しない日々が続いた。今日も朝から雨が降り、朝練が無いというのは明らかだった。

 いつもより遅く学校へ来た未希は、読みかけの本を教室で読んでいた。クラスメイトはある程度来ており、そこここでおしゃべりの花を咲かせている。その話の中で、一際未希の興味を引いた話を、彼女は聞くでもなく聞いていた。

「鹿波さんがフラれたって話、知っている?」

「うん、聞いた。可哀相な話よね。その気が無いって言われたらしいよ」

「でももったいないよね。あんな美人さんをふるなんて」

 話題に上がっているのは同じクラスの女子、鹿波かなみ優子ゆうこ。彼女はこのクラス一の美少女と評判だ。

 人の失恋話ではあったが、未希は何かがやたらと引っかかって、読んでいる本のページが進まない。読むのを諦めて本を閉じて顔を上げるのと、教室のドアが開いて知った顔が覗くのとはほぼ同時だった。覗きこんできた紗希と偶然目が合う。

「あっ、いたいた。未希! おはよう!!」

「……おはよう、紗希。いつも通り騒がしいな……」

「そう言うなって」

 にこにこしながら未希をいなすと、紗希は彼女の前の席から椅子を取り、未希と向かい合うように座った。

「……また噂話を持って来たのか……?」

「さっすが未希! 分かってるね!!」

 未希は紗希に悟られぬよう、こっそり息を吐いた。この様子だと、恐らく怪異関係の噂だろう。こちらに被害が無ければいいが、と思う未希の声が紗希に届いた例は無い。まあ、たとえ言えたとしても、都合上無理なのは知っている。

「般若の能面の話、知ってる?」

「能面? 誰かが美術館から盗んだのか?」

「違うよぉ。その能面は呪われてて、付けると誰彼構わず襲っちゃうんだって」

「ふぅん」

 くだらない、と思いながらも何故か胸騒ぎがする。その正体が嫌な予感と共に飲まれる直前、教室のドアが静かに開き、誰かが入ってきた。

「あ……。鹿波さん。おはよう」

 クラスメイトの一人が、入ってきた者に挨拶する。来たのは今しがた話題になっていた優子。彼女はにこりと笑って挨拶を返し、自分の席に座って荷物を開いている。

 未希はその様子を一番後ろの席から見るでもなく見ている。一見、変わった様子は無いが、何故か胸騒ぎがする。理由が分からず心の中だけで困惑する未希に、紗希は頬を膨らませて未希に聞く。

「未希さぁ、話聞いてる?」

「全く」

「酷くない?!」

「全然」

「うわっ! 酷い!!」

「棒読みで言われても困る」

「あはは。冗談だよ、冗談」

 そう言って笑う紗希に分からないようため息をついて、未希は優子に目を戻した。胸騒ぎは未だに収まらない。こういう時は何が起こるか分かったものじゃない。大体、嫌な予感が外れたためしは無いのだ。まだ紗希が何か話しているが、もう耳に入って来ない。そのうちHR開始寸前の時間になって、紗希は慌てて未希の教室から飛び出していった。

 HRが終わってからも、未希は優子を見るでもなく見ていた。三時間目が始まった辺りから、様子がおかしいのに気づいていた。しかし、何が原因なのか分からない。そのうち、教師からいきなり指名された。

「佐伯さん、教科書十一ページの練習問題を解答してください」

「……」

「佐伯さん? 聞いていますか?」

「……ちっ……」

 教師に聞こえないように舌打ちをすると、未希は指定されたページの問題に急いで取り掛かった。


 四時間目まで無事終わり、昼休みとなった。移動教室から戻って、自分のカバンから弁当を出そうとした時、教室の中に季節違いの冷たい空気が充満した。はっと息を飲んだ未希の耳に、警鐘のような高音の鈴の音が届く。持った弁当をカバンに入れ、教室の中を見る。その目は迷い無く優子に向かった。優子は男子生徒を見て硬直している。その男子生徒が優子の視線に気づいたのだろう。彼女を見て口を開きかけた直後、彼女を中心に突風が起こった。クラスメイトの悲鳴が響く中、顔を庇いつつ優子を見た未希の目に飛び込んだのは、風の中心に立つ般若の能面を付けた優子と右手に握られた薙刀。風が収まるのを見計らったように、般若は薙刀を目の前で尻餅をつく男子生徒に振り下ろす。それが当たる直前、未希が男子生徒の前でそれを彫刻刀で受け止めた。四時間目の芸術の授業で彫刻刀を使って良かった、と内心ほっとしながら般若に向かって静かに言う。

「……危ない……。教室でそんなものを振り回すな……」

 般若から返事は返って来ず、膝を付いた体制の未希を薙刀で力任せに吹き飛ばす。教室の後ろの方に飛ばされたが、未希は器用に机の上に着地する。何人か巻き込んだかと思ったが、幸い誰も傍にいなかった。しかし部屋にはまだ生徒が数多くいる。このままでは戦闘に巻き込みかねない。

「全員教室の外に出ろ!!」

 普段は出さない大声で、未希はクラスメイトに言い放つ。だが、それで動けた人間など少数だ。後は腰が抜けているか、目の前で起こっている事に思考停止しているようだ。

 舌打ちしつつ般若に向かって、誰のものか分からない机の中から拝借した彫刻刀を一セット投げ付ける。そして自身も机を蹴って般若に迫る。薙刀がはじき返した彫刻刀が制服のすそを裂くが気にしていない。短い距離を一気に詰め、再度薙刀を彫刻刀で抑えて叫ぶ。

「死にたくないなら教室から出ろ! 今すぐに!!」

 般若の標的にされている男子生徒が唇を噛んだのが、未希の視界の端に映る。来るな、と言わんばかりに睨むと、彼は悔しそうに顔を歪めて教室から出る。それに続いて残っていたクラスメイトも廊下に飛び出した。無表情から微笑を浮かべ、未希は般若の薙刀をリーチの短い彫刻刀で弾き、空いた左手で能面を取ろうとした。が、それはまるで皮膚のように張り付いて取れない。

「……まさか……、噂の能面?! 面倒な……」

 思わず呻いた未希に、僅かな隙が生まれる。それに付け込むように振り下ろされた薙刀を、未希は避け切れなかった。身体をひねった結果、自身の右肩に薙刀の刃が食い込んだのだ。だが彼女は、切断される前に無事な左手でその柄をつかんだ。

「……さて、どうするかな……」

 窮地に陥っている状況のはずなのに、未希は微笑を浮かべたままポツリと呟いた。


「……遅い……。遅すぎるぞ、未希。何処で油を売ってるの……?」

 一方の結美は、未希がなかなか来ない事に苛立ち始めていた。すでに弁当の中身は半分以上無い。時間を見ると、昼休みの半分が経過している。さすがにおかしい、と思い始めた頃、結美の教室のドアが乱暴に開いて男子生徒が入って来た。その顔は興奮しているのかほんのりと赤い。

「おい、今五組大変なことになってるぞ!」

(……五組? 未希のクラスだ……)

 男子生徒の興奮具合からすると、相当面倒なことになっているのだろう。結美の耳に聞こえるはずの無い高音の鈴の音が聞こえた気がした。ため息を一つついて、結美はおかずの残った弁当箱に蓋をし、未希のクラスに足早に歩いていった。


 一方の未希は、右肩から血を流しながら左手で刀を構えて般若に挑んでいた。机や椅子は粗方後ろの方に飛ばされて、教室は比較的広く使える。しかし、広いとはいえ外の様には行かない。そして、いつものような選択が出来ないことも未希を苛立たせていた。普段なら殺す、と選択するのに、今は何故かそれが出てこない。学校だから、クラスメイトだからなのか分からない。

「……よりにもよってこんな時に、強力な式神を忘れるなんて……」

 唇を噛んで呟き、未希は刀を構えて般若に斬りかかる。だが、その踏み込みが甘かったのか、簡単に弾かれて教室の前の窓の辺りに飛ばされた。床に赤が点々と落ちる。時間もまずい、と思った時、般若が叫び声を上げた。叫び声と言っても、獣が吼えるような、そんな声だ。空気がびりびりと振動する。攻撃が変わる、と思った時にはスカートのポケットに手が行った。取り出した札を未希がドアに向かって投げるのと、般若が薙刀をドアに向かって振るったのは同時。ほんの少し札のほうが早く開けっ放しの出入り口に着いた。冷たい風が刃となり札に迫る。その刃は札に吸収されるはずだ。が、その考えはすぐに錯覚だと気づかされた。風が反射し、般若を避けて未希を襲ったのだ。

「く……ぅ…………ぅぅ!!」

 辛うじて左手で顔を、足を曲げて胸部から腹部にかけてを守ったが、深い傷を負ってしまった。廊下から悲鳴が聞こえたが、彼女はそれを気にするだけの余裕が無い。刀を杖代わりに何とか立つが、般若の目は未希の方を見ない。最初の標的である男子生徒の方へ歩いていってしまう。しかし、未希の足は言うことを聞かないのか動かない。焦りが冷や汗となって血に濡れた制服に染み込む。その耳に、今聞くにはあまりにも能天気な声が聞こえた。

「全く。たまには頼ってよね。まっ、急遽だから仕方ないか」

 声の主はそういうと、いきなり般若の右頬を殴り飛ばした。予想外の方向からの攻撃に、般若が怯んで後ずさる。ぺろっと唇を舐めて、攻撃した者は未希を見る。未希は一瞬驚いたが、すぐに無表情に戻す。

「……結美……遅い……」

「連絡なしじゃ、こうなります」

 平然と未希に言う結美は、ほんの少し笑って般若に目を戻す。般若は新たに来た結美を見ず、また教室の前のドアに向かって薙刀を振るう。慌てて札を取ろうとした未希よりも早く、結美がそこに札を投げる。札は先ほどと同じように真空刃は阻もうとしたが、また反射してしまった。それは狂い無く結美の方へ。が、彼女がその風を受けることは無かった。

「みっ、未希?!」

「がぁ……ぁあ……!」

 タッチの差で間に合った未希が結美の盾になったのだ。しかし今度は防御姿勢を取れず、真っ向から攻撃を受けてしまった。飛び散った赤が教室の床と結美の制服、机と椅子を濡らす。

 二度も攻撃を阻まれて頭にきたのか、般若が未希と結美の方を向いた。傷が酷過ぎる未希は立つのがやっとだ。

「っ、もうやめろ、優子!」

 急に廊下から声が響いた。三人が見ると、標的にされている男子生徒が教室の入り口で般若に向かって怒鳴っていた。その声に、般若の身体がびくりと揺れる。

「なんでお前が人を傷つけてんだよ!」

『うる……さい……』

 般若の能面の下から初めて、人の声が落ちる。呟きと共に薙刀が構えられる。が、それが振り下ろされることは無かった。息を荒げる未希が止めたわけでも、結美が式神を召喚したわけでもない。ただ、彼が般若の耳元で何かを囁いただけだ。入り口から一歩踏み込めば届く距離。それでも、薙刀を持った般若に近づくのは勇気がいることだ。

『……ぇ?』

 その言葉が般若にとって余程嬉しかったのか、予想外だったのか、口から吐息がこぼれて薙刀が手から落ち、顔から能面が外れた。二つが床に当たって音が鳴った。その音と同時に、優子が彼の腕の中に倒れこんだ。薙刀は消えたが、般若の能面は消えない。舌打ちを一つして、未希は震える腕で札を取り出し呟く。

「……回収……しろ……。管狐」

 札から飛び出した小さな狐が、歓声を上げてなだれ込むクラスメイトの足元を縫って能面をくわえ、主の元に持ってきた。能面を取った結美が、それを札に封じる。未希がそれを確認すると、ぐったりと結美にもたれ掛かって独り言のように呟いた。

「……生成りの姫よ……。お前の……欲しか……モ……、本……言……のか……?」

「未希?」

 小さな呟きに首をかしげた結美は、未希にその意味を聞こうとした。しかし、失神寸前の未希が答えられるはずがない。諦めた結美は、血塗れの友をどうしようかと悩むことにした。


 その後未希のクラスは、次の授業が出来る状況に無く、五時間目は教室の片付けになった。騒ぎの元凶の二人は救急車で病院に運ばれていった。そしてその一件の後、二人は“妖怪バスター”という厄介な二つ名を同級生から貰う事となった。

実はこの話を書くのに、夢枕獏さんの陰陽師シリーズの「鉄輪」「生成り姫」に感化されました。しかし、文才がないとこの程度ですね……。興味をもたれた方はどうぞ読んでみて下さい。この話よりも切なくて、面白いです。「鉄輪」が短編、「生成り姫」が長編です。

最後に、夢枕獏さん、本当に申し訳ありません!

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