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九夜 過去

体調不良です。ルナサーです。序盤の大詰め(体調不良的な意味で)頑張りました!相変わらず(主人公達が)大変ですが、楽しんでください。

 人は誰でも過去を持つ。過去があって今がある。だが、時には捨てたい過去もあるだろう。……それでも、捨てたいモノと向き合って、人はまた強くなる。


 梅雨の明ける気配のない雨降り道を、結美は一人で歩いていた。未希と喧嘩をしてもう少しで二週間。仲直りのきっかけが無いままに、時間だけが過ぎていく。

(このまま、ずっと仲直りできないのかなぁ……?)

 ため息ばかりが、口をついて出てくる。どちらが悪い、と言うわけではないが、謝るのが自分、というのが嫌なのかもしれない。

 悶々と考えていて、気付くと何故か神社の階段の前に来ていた。無意識とはいえ、自宅と反対にある神社に来てしまうとは……。

「……はぁ……。馬鹿みたい……」

 ため息混じりに呟くと、結美はくるりと踵を返した。いや、返そうとした。階段とは逆の、自分の背中の方に、凄まじい殺気を感じた。それで彼女は振り返るのを躊躇ったのだ。

『…………? 妖怪の気配がしたと思ったのに、人間がいる。何故だ?』

 低い声が背後から聞こえた。恐る恐る振り返るとそこには、不思議な容姿の若い男が立っていた。

 染めたとは思えない程綺麗な金髪に茶色の目。それだけなら容姿端麗で済むが、服装は驚くほど古めかしい。というより、戦国時代の鎧を兜以外一式、何処から持ってきた、というところだ。左手には三つ又の矛、右手にも何か持っているが、よく見えない。

『ほぅ……。余裕そうだな……』

 硬直している結美の状態を余裕と捉え、相手はいきなり右手に持っているものを投げてきた。雨の中に何かを撒き散らし、かなりのスピードで飛んでくるそれを、彼女は濡れるのも構わず傘を閉じて左側に転がって避ける。飛んできた物は神社の階段に当たって、結美の足元に転がってきた。その転がったモノを見て、結美は思わず悲鳴を上げかけた。彼が投げたのは生首。しかも、不良女子生徒のモノだ。恐怖に見開かれた空虚な目が、結美を力なく見上げている。

「ぇ……? えぇ……!! な……何で……? なんで、この子を……?」

『? 殺すことに、理由が要るのか?』

 不思議そうに聞く男に、結美は狂気を感じ取ってしまった。動こうとしているのに、言うことを聞かぬ足が勝手に崩れ落ち、結美は雨に濡れるアスファルトにペタリと座り込んだ。腰が抜け、力が全く入らない。逃げなければ、と思うのに立てない。

『……戦意は無いだろうが、姿を見られた以上、生きては返せぬ。悪く思うな』

 矛を結美の首の位置に合わせて、突き出そうとした。が、何を思ったのか矛を首から数センチのところに止め、結美の顔を笑みと共に見て言った。

『名も知らぬ者に、殺されるのも不快か……。冥土の土産に名乗ろう。俺の名は「勾陣(こうじん)!」

 男の声を、静かではあるが激情を孕んだ、女の声が遮った。声のした方へ顔を向けると、ジャージ姿の未希が、傘をささずに立っていた。黒い髪から雫が垂れ、巻いているチョーカーを濡らす。その雫も払わず、ただ黒い目で、勾陣と呼んだ男を見ている。その目に感情はかけらも無い。

「み…………未希…………」

 震える声で、結美が名を呼ぶ。呼ばれた未希は目を結美に移し、その首の近くに当てられている矛を見、最後に勾陣を見た。結美は、未希の目の色が鮮やかに変わっていくさまを見た。始めは黒、次に真紅。ここまでは、結美も良く見る。問題はその先。瞳の色が綺麗な、しかし見る者を不安にさせる鮮やかな赤に変わったのだ。そして、低いが聞き取りやすい声で、彼女は勾陣に問うた。

「……勾陣。私の友達に何をしている……?」

『小娘、何者だ? 何故我が名を知る?』

 話が噛み合ってない。質問に質問で返され、未希の目に怒りの色が落ちる。だが、それは問いに答えない事に対してではない、と結美は推測できた。

「小娘……?」

『小娘で無ければなんだ? 妖怪、とでも言うのか? 妖怪と呼んでも、かわりは無いだろうがな』

「……貴様……! 主の名も忘れたか?!」

 怒りのこもった声を上げて、未希が勾陣に突っ込んでいく。その手にはいつの間にか、未希の身長を超える太刀が握られている。対する勾陣も、結美に向けている矛を未希に向けて、突き出される太刀を防ぐ。だが、勢いまでは殺せず、そのまま結美から引き離された。そのまま連続で斬りかかり、近くの空き地まで勾陣を押し出した。

『ほぅ、人間の癖にやるな』

「……この程度じゃ思い出しもしないか……!」

 離れているにも関わらず、二人の会話が結美には聞こえていた。雨はやむ気配を見せず、更に強くなる。濡れたアスファルトは滑りやすく、未希は何度も足を取られては勾陣の攻撃を受ける。受けるが避けて、或いは防いで体制を整える、の繰り返し。何合打ち合ったかなんて数えられない。それくらい二人は武器を合わせている。息が上がっていないのが不思議である。

 不意に剣戟の音とは違う音が、打ち合う二人の反対から聞こえた。本降りの中を走る足音。来たのは従兄の拓人と未希の兄の貴仁だ。

「おいおい、結美ちゃん?! 大丈夫?!」

「たっ、拓人兄さん!」

「ちっ、未希(あっち)と遣り合っているのは……十二天将(じゅうにてんしょう)の勾陣?!」

「十二天将……? それより貴仁さん! 未希を援護出来ませんか?!」

 結美の問いに、貴仁は唇を噛み答えた。

「……無理だな……。今手を出したら……瞬殺だ」

 確かに今、未希と勾陣の間に何か入れようものなら木っ端微塵だ。結美が一瞬目を離した隙に、二人の戦闘は激化の一途を辿っていたのだ。剣戟の音はもはや嵐。近付こうものならすべて斬られる。まだ恐怖に支配されているずぶ濡れの結美を、何の断りも無く拓人が軽々と背負った。

「ちょっ、拓人兄さん?!」

「移動するならこっちの方がいいだろう? 腰抜かしてるみたいだし」

 拓人の言葉に反論できず、結美はそのままにされていた。が、どのみち移動など出来るはずが無く、三人は争う二人から離れた所にとどまっている。その間も二人の攻防は激しさを増し、武器の動きはもう人の目に見えない程になっていた。

 優勢なのは勾陣で、未希はじわりじわりと押されている。剣戟の音に混じる、苦しげな声。未希の身体を矛が掠める度に、彼女が顔を歪め後方に下がる。前に出るも押し返される。そんな繰り返しをしている内に、とうとう未希の太刀が弾かれた。弾かれたそれは宙を舞うことなく消え、未希も弾き飛ばされ路面に尻餅をついた。

『ふっ。なかなか楽しかったぞ、小娘。だが、これで終わりだ』

 未希に嗤いながら言うと、勾陣は矛を振り降ろす。しかし、未希はそれを予測していたのか、身体をひねって矛をかわし、彼から距離を取って再度相対した。その唇が、音を紡ぎ手が印を結び始めた。

「臨、兵、闘、者。 皆、陣、列、在、前、封!」

 結ばれた印は九字。そのはずだった。しかし、九字の中では聞いたことが無い文字を、未希は加えていた。それを聞き取った結美は、知らずの内に口に出していた。

「……九字じゃ……無い……?」

「? 結美ちゃん、何か言った?」

「未希が九字の最後に何か一文字入れたんです」

「――! なに?! あの馬鹿! 十字にしたのか?!」

 それを聞いた貴仁が、目を剥いて結美に聞き返した。その気迫に結美は一瞬驚いたものの、すぐにその問いに答えた。

「は……はい。確か、封、って……。ところで、十字って何なんですか?」

「……十字、九字の強化版、と考えたほうが分かりやすい。魔を祓う九字に一文字加えて、入れた文字の効果に特化させる。例えば……」

 そこで一旦貴仁は言葉を切り、未希と勾陣の方を見た。未希が九字、いや十字を組んだ辺りから、彼は全く動いていない。

「封の文字は、封印。動きを封じる、とか言葉を封じるとか、制限することを意味する。今は十字が勾陣の動きを完全に封じている」

「まぁ、十字なんて滅多に使わないよ。術者への負担が凄いからね」

 貴仁の言葉を引き継ぎ、拓人が結美に説明する。そうか、と納得したところで、勾陣のくつくつと嗤う声が雨の中で聞こえた。

『十字か……。油断したな。だが、この程度で俺を封じられたと思うなよ、“佐伯の姫”!』

 そう言うと、勾陣は両腕を左右に動かし、見えない何かを引きちぎると矛を構えなおした。それでも驚かない未希の目の色が、更に赤く変わった。まるで鮮血で染めた薔薇のように。

「……“佐伯の姫”? ……気に入らない……。私の名は佐伯未希!」

 いきなり怒鳴ると、彼女はポケットから取り出した何かを口に放り込んだ。勾陣が動くよりも速く、彼女の足が彼の顎を捉えた。凄絶に蹴り飛ばし、更に追撃の脚技を繰り出す。武器を持っていた時よりも断然早い。勾陣がその動きについて行けていない程だ。

「おい貴仁……。お前の妹、急にどうした……? あの動き、どう考えても異常だぞ!」

「分かるかよ! 何か使ったのか?!」

「……未希、何を……、何を飲み込んだの……?」

 二人の兄が怒鳴りあう傍らで、結美は独り言のように呟いた。その呟きに答える者はいない。ただ結美は優勢に立った未希の、ありえない足技を見守るしか出来ない。

 矛を杖に体制を整えようとする勾陣に、未希は更なる連撃を加える。頭を蹴る、と見せかけて胴体を蹴り飛ばし、更に怯んで後ずさる勾陣の足を払って転ばせる。倒れた勾陣の頭にかかと落としを決めた。

「……これで、思い出しただろう……?」

 少し息が上がっている未希が、勾陣に聞く。だが、気絶したと思った勾陣の指がぴくりと動いた。その指が矛を掴みなおし、ゆっくりと彼は立ち上がった。丁度そのとき、すぐ近くで雷が落ちた。強烈な光に目を閉じて、開いた時には勾陣の姿はなかった。その代わりに巨大な黄色い龍が未希に向かって吼えた。

「え……? こ……勾陣は……?」

「……あの龍さ……」「え?」

「十二天将ってのは、陰陽道の象徴的な……何て言うか、神様みたいなものだよ。その中で勾陣は黄色の蛇、龍に例えることも出来る。だから黄色の龍に変化できるのさ」

 簡単に拓人が結美に説明した。成る程、と結美が頷いた時には、龍に変化した勾陣が未希に襲い掛かっていた。大きさが大きさである為、未希も避けきれない。頭突きを喰らい地面に叩きつけられる。苦しげに起き上がる未希がまた、ポケットから何か取り出し、口に放り込んだ。そして先程の連撃よりも速く、彼女は龍の顔の辺りを蹴り上げた。

「まただ。何を飲んだの?」

「? 結美ちゃん?」

「貴仁さん。未希、一体何を飲み込んだんですか?」

 飲み込んだ、と言う言葉に貴仁が目を剥き、ついで頭を抑えた。

「……まさか、二回目か、結美ちゃん?」

「は……はい……」

「っあの馬鹿!! (より)(だま)を二つも! 死ぬ気か?!」

「依魂?」

 激怒している貴仁が、結美の問いに答えることは無かった。

 足技では龍を抑えられない、と感じた未希はふっと息を吐いてまた太刀を呼び出した。そして、それを突きの構えで勾陣に向けて呟く。

「ちょっと痛いが、もういいだろ……?」

 地面を蹴り、龍に真っ向から突っ込んでいく。その動きに対応するように、龍もまた太刀を弾くように動く。だが、未希は龍の動きに合わせて上に跳び、真っ直ぐに首の端の辺りを貫いた。龍が一声呻く様に吼えて倒れ、人の姿に戻る。その横で太刀を杖に未希もまた膝を付いた。人に戻った勾陣が、ゆっくりと首を上げて未希を見る。太刀を構えようとした未希は、彼の目から狂気が抜けた事に気付き太刀を降ろした。

『申し訳……ありません……主……。どうやら……狂わされていたようです……』

「構わない……。思い出したみたいだからな……。戻って来い、勾陣……」

 彼女の言葉に従い、勾陣はゆっくりと倒れこむように札に戻り、彼女の手のひらに落ちた。ふぅ、と息を吐いた未希が震えながら立ち上がる。結美が安堵のため息をついた直後、貴仁がさしていた傘を投げ出して、未希の元へ駆けていった。何をするのかと思えば、いきなり無防備な未希の腹を殴った。流石に堪えたらしく、口から二つ何かを吐き出して、未希は兄の腕に倒れこんだ。

「ちょっ! 貴仁さん?! 何してらっしゃる、妹さんに?!」

 思わず声を上げた拓人に構わず、妹を肩に担ぎ、落ちたものを拾うと、背負われている結美に顔を向けた。

「うちの妹が、心配かけた。今後、無茶をしないよう言っておく」

 それだけ言うと、貴仁は未希を抱えたまま神社の階段を上っていってしまった。それだけ見て、拓人も結美を背負ったまま帰路に着いた。結美の、降ろして欲しい、は拓人の優しい笑顔で返事とされた。降っていた雨は、いつの間にか小雨に変わっていた。


 その後、三日も学校を休んだ未希を心配し、結美が神社まで見舞いに行くのだが、これはまた別の話だ。


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