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八夜 霊感

 時折、見えないものが見えたり、本来聞こえるはずの無い音を聞いたりする人間がいる。それを、霊能体質と自ら称して売りにする者もいる。しかし、その力を持つ者全てが幸福とは限らない。


 結美と喧嘩をして十日、真奈が意識を取り戻して一週間が経った。結美とは対照的に、未希に落ち込んでいる様子はない。ただ、相変わらず目の下からくまが消えていないだけだ。

「……毎日思うが、佐伯っていつも眠そうだよな」

「……眠くない日なんてないよ、山下……」

 机の上に伏せた状態から首だけを上げて、クラスメイトであり陸上部員の山下(やました)裕人(ひろと)に返した。裕人は苦笑し、短い髪をかいて話題を変えた。

「そういえば、転校生が来るらしいよ」

「……そう……」

 転校生、という普通なら飛びつきそうな話にも、未希は魅力を感じなかった。組んでいる腕に再度頭を乗せ、本格的に眠る体制になる。幸い、朝練が早く終わったおかげでHRまで時間がある。頭を伏せた未希に話をする気がない、とみた裕人は肩を竦めて席に着いた。

 未希が浅い眠りから覚めるきっかけになったのは、HR開始のチャイムが鳴り始めたことだ。体は起こさず、彼女は入ってきた担任が騒がしいクラスメイトに対して怒鳴るのを聞いていた。

 担任が連絡を終えて、不意に未希を呼んだ。が、返事をする気がない未希は無視を決め込む。担任の次の声に苛立ちがこもる。

「佐伯!! 生きてるのか死んでるのかはっきり答えろ!!」

「……人を勝手に殺さないで下さい。訴えますよ……」

「……お前なぁ……! 毎度毎度いい加減にしろ! 生徒指導室にぶち込むぞ!!」

「出来るものならやってみてください。それでこそ、パワーハラスメントで訴えます」

 未希のクラスのHRが長い理由は、この言葉の応酬にある。普段、学校でも彼女は無口だが、この担任の前では饒舌になる。担任は喧嘩早い方で、彼女はそれをからかっているようだ。

 未希が顔を上げたので、担任の隣に小柄な男子生徒が笑っているのが見えた。黒板には名前が書いてある。如月翔也(きさらぎしょうや)。どうやら彼が、噂の転校生のようだ。

「……まぁいい。今俺と話していたのが佐伯だ。あいつの隣がお前の席だ」

 翔也は笑いながらも頷き、未希の隣の空いた席に向かって歩いてきた。彼が座る直前、彼女は彼と目が合った。別段睨んだつもりは無いが、何故か彼は身を震わせた。だが、基本人が何をしようと関係ない未希は、またも机にうつ伏せて目を閉じた。


 一、二時間目の授業を寝て過ごし、二時間目終了のチャイムが鳴った。その時には未希は半分起きていたが、顔を上げることもなく、三時間目も寝よう、と考えていた。だから、生徒を呼び出す放送が掛かっても、彼女はそれを詳しく聞こうとしなかった。

「おい、佐伯。起きろ」

 うつ伏せる未希を揺さぶって、起こそうとする声がした。顔を少し腕からずらし、声の主を睨む。

「……川井……? 何か用?」

 声の主は学級委員長の川井(かわい)(りゅう)()。彼は睨む未希を軽くいなし、彼女に言う。

「お前、担任に呼ばれてたぞ。生徒指導室だそうだ」

「…………。実行に移した……?」

「さぁな。呼ばれたんだから行け」

 龍太に言われ、未希は渋々腰を上げ、同じ階にある生徒指導室に向かった。同じ階とはいえ、未希の教室から指導室までは少し遠い。だが、遠いとはいえ同じ階。さほど時間は掛からない。部屋の前に来たが、ノックする手が重い。正直、面倒くさいのだ。それでも彼女はノックし、中に入って呼ばれたことを告げた。

「佐伯か。奥だ、来い」

 奥から豪く不機嫌な担任の声が聞こえた。言われるままに奥に入り、担任の向かいに置いてある椅子をチラッと見て、その横に立った。その未希を担任が見て、目で椅子に座るよう示す。その行動に肩をすくめ、彼女は椅子に座った。

「佐伯、俺はお前の事を勘違いしていたらしい」

 脈略なく唐突に、担任は未希を睨みながら言った。言われた本人は、何のことか分からず無言を貫いている。担任は更に、未希に対して怒鳴った。

「お前がそんな卑怯な事をする奴だとは思わなかった!」

「……? 卑怯な事……? 何のことですか?」

 怒鳴る担任に、疑問を込めて聞き返す。“仕事”以外で卑怯な事をしない、正々堂々をモットーにしている未希にとって、卑怯とは侮辱以外の何物でもない。しかも今日は、朝練以外何かした記憶もない。

「ふざけるな!! 如月が、お前の隣が嫌だ、と言ってきたんだ! お前が何かしたからだろう?!」

「……如月……? 誰ですか、それ。うちのクラスメイトにそんな名前の人、いませんよ?」

「今日転校してきた奴、如月翔也だ!」

「……転校生……? うちのクラスでしたっけ? ほかのクラスの間違えじゃないですか?」

 未希と担任の会話が、全く噛み合っていない。三時間目開始のチャイムが鳴っているのが聞こえたが、担任との話し合いの最中である。抜けることは出来ないし、する気もない。

 担任も、お互いに話が噛み合っていないことに気付いた。声色も怒りから一転、困惑に変わった。

「……佐伯、お前……。転校生がうちのクラスだって話……聞いてなかった……のか?」

「はい」

「堂々と言うな!」

「それ以外にどう言えばいいのですか?」

「……っ揚げ足を取るな!」

 いつもの調子で、いつもの会話になって、担任から肩の力が抜けたようだ。彼の表情が、目に見えて穏やかになった。

「やっぱり、お前は俺が思った通りの人間だったわけだ」

「何を心配したのか知りませんが、私は卑怯者ではありません」

「ああ……そうだよな……。悪かったな、佐伯」

 正直、謝られても、と思ったが口には出さずにおいた。それよりも、何が原因で自分が疑われたのかが気になった。

「……差し支えなければ、原因を聞いていいですか? 何で私が疑われたのか気になります。……言われなき誤解ですし……。」

「……まぁな。但し、他の奴に言うなよ」

「分かっています」

 その後担任が語ったのは、このご時世ではよくある話の一つである、いじめの話だった。それが単なるいじめの話であれば、未希は疑われたことに納得いかなかっただろう。しかし、翔也はその体質をネタにいじめを受けていたらしい。

「俺も良く分からないが、見えないモノが視えるらしい」

「体質的な問題でいじめられていた訳ですか。……ガキじゃあるまいし、くだらない……」

「全くだ。だからうちに転校してきたそうだ」

 未希にも経験がある話で、珍しく同情していた。表情は全く変わらないが、まとう雰囲気で同情しているのが分かる程度だ。

「とにかく、そういうことだ。何度も言うが、誰にも言うなよ」

「はい」

 話は以上だ、と担任が言う前に、チャイムが鳴った。担任は慌てて腕時計を見、未希は冷静に壁の時計を見た。時計は正午を指しており、先ほどのチャイムが四時間目終了のものであることが分かった。

「……二時間分の授業はどうすれば……?」

「……分かった! 俺が何とかしておく……!」

 担任の半ばやけくそ気味な声に、未希は礼を言って指導室から出ようとした。ドアに手を掛けようとした時、担任が彼女を呼び止めた。顔だけを向け、呼び止めた理由を求める。その目には、何の感情も窺えない。未希の、その目を探るように覗く担任との間に沈黙が流れた。それを破ったのは担任の方。

「佐伯、ガキの頃何かあったか?」

「……聞かないで、察してください……」

 質問の答えになっていないが、彼女はそれだけを言うと部屋から出た。

 教室に戻れば、担任が言った転校生が何人かのクラスメイトと共に、食事を取りながら笑いあっていた。席が隣であるためかは分からないが、彼とまた目が合った。相手が息を飲んだことが分かった為、未希は面倒くさそうな顔のまま彼に声を掛けた。

「えっと……。如月君……だよね?」

「……え……? うん……」

「放課後、暇なら神社に来ない?」

 ぽかんとされたが、翔也は僅かに首を縦に振った。学校からすぐだ、とだけ言うと、彼女はまた教室から出た。向かった図書室の隅のほうで、自分らしくない、と自己嫌悪に陥った。


 放課後、部活を途中で切り上げて、未希は帰路についた。日は高いが、黒い雲が徐々に迫ってきている。本格的に崩れる前に、と急ぎ足になる。見えた神社の鳥居のところに人がいた。その影が翔也のものだと分かって、彼女は声を掛けた。

「……気が向いたらで良かったのに……」

「……僕の家がこの近くだから……」

「そう」

 会話が途切れ、無言のまま境内への階段を上っていく。長い階段の半ば辺りで、急に彼は足を止めた。それに気付き、未希も数段上で足を止める。

「……視えるの?」

 何が、とは言わなかったが、彼は無言を貫いた。無言を肯定ととらえて、彼女は自分の顔の横を指差して、また聞いた。

「“彼女”が視えるの?」

 弾かれたように顔を上げる翔也に構わず、未希は続けて口を開いた。

「“彼女”は霊だ。男に弄ばれた挙句殺されたそうだ。怨みははらしたらしいが、私の傍にずっと居る。曰く、守っているそうだ」

 自分なりに分かりやすく説明したが、翔也はずっと無言のまま。その様子に、未希の苛立ちが募り、ため息をついて言い放った。

「……逃げるな……。私も……同じ目に遭った……」

 囁くような声だったが、かなり苛立ちが混ざった。だが彼は、その声よりも言葉に驚いたようだ。

「何で知って……?!」

「……見れば分かる。……安心しろ。うちの高校にそんな馬鹿は居ない。…………前例のせいで……飽きてる……」

 どうしても面倒くさそうに言ってしまう未希に、翔也はやっと彼女に対して笑顔を見せた。それを見ても無表情のままの未希は、くるりと背中を向けて階段をまた数段上がる。

「また明日」

 翔也から掛けられた声に、背中を向けたまま立ち止まることなく手を振って、彼女は神社に向かって上がって行った。


 日は完全に黒い雲に覆われて、今にも雨が降りそうな気配がする。足早に階段を上がる未希が急に足を止め、後ろを降り返った。が、彼女は目を細めただけで境内の奥、住居区に消えた。彼女が見た先の雲に紛れるようにして、一つの影が消えた。


ちょっと体調を崩しました(‐_‐;)今週、無事更新出来るか謎です。すみません><

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