一緒に野球やろうや!!
進路を決める中3の秋。
山中淳はある決意を胸に母のいる病室を訪れた。
その決意が不思議な運命の糸に導かれているとは知らずに。
山中淳はとある病院の一室をノックした。中から女性の声で「どうぞ」と聞こえた。横に滑るスライド式のドアを開けると、女性は真っ白なベッドで上半身だけを起こしている。
「お袋、体調はどない?」
「好調よ」
手に持った花を脇にあった花瓶に生けた。花屋のお姉さんに選んでもらったので、種類は分からない。今度からは母に好きな花の種類を聞いてから持ってこよう。
ベッドのそばにあった丸椅子に腰を下ろし、母の様子を観察する。長く伸びた黒髪と、肌の艶は悪くないように見える。外に長く出ていないせいで肌は白く血の気がないが、唇の色はピンク色で本人が言うように体調は悪くないように見える。
「そうだ、お袋。ワイ、やっぱり開成に行くわ」
開成高校は淳の家から通える公立校だ。願書は既に提出した、後は試験を受けるだけである。
「あんた……親に気を使う必要はないって……」
「何処の高校でも野球はできるし甲子園は狙える。これは自分で決めたことやねん」
淳は中学の頃は近畿圏内の野球関係者の間では名の知れた中学生だった。強豪私立からの誘いが何件もあったが、私立の学費は当然高く、中には学費免除の条件を出してきた高校もあったが、家から通うことは不可能となり、今のように定期的に母の様子を見に来ることはできない。
そうなれば、家から通えて、学費の安い公立である開成に通うのは必然の答えと言えた。
「でも、あんたは甲子園に行って、プロになりたいって」
「公立でも甲子園に行った高校はあるし、甲子園に行かなくてもプロになった人は何人もおる。場所は問題やない」
息子の決意は固いと悟ったのか、母はため息を漏らした。
「あんたがそう決めたのなら、全力で頑張りなさい」
「おう!」
淳の元気な声が病室に響いた。
そこからは野球の練習と平行しての受験勉強の日々。秋の一日は日が沈むのが早く、野球の練習ができる時間は限られている。日が沈んでからは睡魔に屈するまで机に座りペンを走らせる。机に伏せたまま寝るのも多かった。
肌寒さが増した冬。とうとう、受験の日が来た。受験会場に入り、受験番号を確認して、席に座る。教室を見渡すと同じように中学の制服を着た生徒で溢れている。その中に、見たことのある顔を見つけた。
――神谷功
自分たちの年の兵庫地区の代表チームのエースで、全国大会ベスト4まで勝ち進んだ。てっきり、強豪校へ進学すると思っていたがこれは嬉しい誤算だ。名も無き公立校に有望株の選手が居ることは極めて希だ。自分のような特殊な理由がある高校球児も少ないだろう、彼もそうなのだろうか?
(受かってくれよ)
淳は祈るような気持ちを胸に試験に挑んだ。試験を終えて席から立ちがり、会場を後にする。会場となった学校の校門近くで、再び神谷功を見かけた。隣には茶髪の可愛らしい女の子がいる。
(彼女かいな。さすが、エース様はモテるな)
息を吐くと白色に染まり空に消えた。無事に合格し高校生活が始まった。入学式で神谷功がいることに安堵し、勢いで声をかけてしまった。本人は不満そうな顔をしていたが、勢いが優った。ホームルームでもらった入部届けに急いで野球部と書くと、はやる気持ちを胸にグラウンドへと向かった。
しかし、そこに神谷功の姿はなかった。
初日だから来てないのだろうか。何日かすれば来ると思い練習で汗を流す。毎日声をかけて誘ってみるが、何日経っても神谷功は姿を見せなかった。次第にとある疑念が湧き上がる。
彼は野球をやめる気なのではないのか。
放課後、神谷功のいる教室まで行って理由を問い詰めると彼は迷わず言った。
「野球は中学でやめたんだ」
認めたくなかった。甲子園に行けるのは3年間で5回しかチャンスがない。その少ないチャンスを生かすためにも、彼のちからは必須だった。プロへ行くには甲子園で活躍することが一番の近道だからだ。自分の目的のためにもなんとしても、彼を野球部に入れなくてはならない。
(諦めてたまるか。あいつを絶対野球部に入れてみせる!)
決意を胸に山中淳は今日も神谷功がいる教室の扉を開けて叫ぶ。
「一緒に野球やろうや!!」




