最終話 幸せをキミと
「迷った」
久しぶりの日本、しかもここは九州の国際空港だ、土地勘のない俺にとってはまさに迷宮そのものだ。
練習開始は13時から、まだ3時間以上あるので俺がなんの問題も無く球場に辿り着ければ間に合うはずだ。
人混みをかき分け、館内地図を見ながらなんとか、迎えが来ると聞いていたバスのローターリーに辿り着いた。
まだ、2月というのに外は少し蒸し暑く、スーツの下に汗がにじみ出していた。
「おーい、こっちや」
懐かしい声の方を向くとかつてバッテリーを組んだ男の姿があった。
おでこにスポーツサングラスをかけて、白い車にもたれかかるその姿は一つ間違えれば完全にヤクザと思われかねない。
「久しぶりやな、功!
元気しとったか?」
「ぼちぼちだ。
淳の方こそ、日本シリーズ凄かったな」
淳は昨年の10月に行われた日本シリーズでホームランを2本打つ活躍でMVPを受賞。
その卓越したリードと勝負強いバッティングで球界で貴重な『打てる捕手』という地位を4年目にして確固たるものにした.
荷物をトランクに詰め込み、後ろの席に乗ると助手席にはかつての因縁の相手がすでに座っていた。
「神鳥、お前も来てたのか」
「監督命令だよ。
同世代が僕たちしか居ないから心配してたんじゃない?」
「俺はコミ症か」
2年連続での本塁打と打点の2冠を達成し、今やもっとも3冠王に近い男と言われている神鳥は今季、万年Bクラスだった関東のチームをリーグ制覇まで押し上げ、シーズンMVPを獲得。
つまり、俺の目の前に居る2人は日本球界屈指の若手であり、今後の球界を背負って立つ2人と言うことだ。
淳が運転席に座り、エンジンをかけ車を走らせた。
見慣れない街の景色が窓の外に流れる。
「神鳥、そう言えばお前の元チームメート。
今年から同じチームだろ? 元気にしてんの?」
「石井のことか、即戦力ル―キ―だからね。
やってもらわないと困る」
厳しいねー、これがチームを背負う男の覚悟ってやつか。
聖王のエースだった石井雄二は大学へ進学し大学ナンバーピッチャーとなり今年からプロへと入る、高校の時点ですでに飛び抜けていたので大学で活躍することは当然と言えば当然だった。
「そう言えば功。
うちのチームの鬼塚から伝言があんねん」
「鬼塚ってあの?」
「そうあの鬼塚や。
『いつか絶対、同じ舞台で投げてやる』だとさ」
鬼塚と赤司の居た、福岡学院は俺たちが引退後、史上初となる『甲子園4季連続優勝』の空前絶後の記録を打ち立て高校野球の歴史にその名を刻んだ。
鬼塚と赤司を筆頭に多数の高卒がプロ入りしたが、まだ2年目の彼らの中ですでに一軍で活躍しているのは鬼塚と赤司の2人だけだ。
「あいつなら、その内こっちに来るだろ」
「まだ、無理だよ。
彼は神谷の領域に達していない」
交流戦で鬼塚から特大のホームランを打った神鳥の評価は厳しかった。
「まだ、2年目なんやから勘弁してーな。
ほら、球場着いたで」
車から降りると報道陣らしき人だかりが入口にできていた。
入口はそこにしかなさそうなので報道陣の真ん中へと突っ込んだ。
俺や神鳥たちに気付いた記者たちがこちらに来る、どうせ3人で記者の数が分散するだろうと思っていると、全員が俺をめがけてやってきた。
「あれ!? 皆さん!
淳や神鳥もいますよ!!!?」
「何言ってるんだ!
4年ぶりに日本に帰ってきた君の方が貴重だよ!!」
そんな言葉がどっかから聞こえた。
アメリカに行ったあと両親もあちらに居るのでオフは向こうで過ごしてきたので、メディアの人達からすればメジャー挑戦後、公式の場で俺に話を聞くのは今回が初めてということになる。
「代表に選ばれた、今の気持ちをお聞かせください」
「そうですね……まさか、選ばれると思ってなかったですし選んで頂いたことは大変光栄なことです。
日本の優勝に貢献できるように頑張りたいと思います」
うん、我ながら素晴らしい模範回答だ。
俺は今年開催される4年に一度の祭典『World Baseball Classic』通称WBCの代表メンバーに淳や神鳥と同じく選ばれた。
今季、メジャーに昇格し残した実績が評価されたのだろう。
もちろん、その実績も数年前から活躍している日本人選手の実績から見れば遠く及ばないが……
今や一流メジャー選手も参加し、シーズンよりも重要な位置づけとなったWBCは国民的行事として注目されることになるだろう。
数年前まで、辞退者が多かったのが嘘のような盛り上がりぶりを開幕前から見せている。
報道陣の質問を無難にこなし、球場に入ると昔からテレビで見た事のある選手ばかりだった。
チーム最年少は俺たちの代の為、全員が年上である。
緊張する中、初日のメニューを無難にこなした。
夕食後、俺は監督に外出許可をとり街に出かけた。
ある人との約束があったからだ。
待ち合わせのバーに入ると、その人はいた。
カウンターに1人で座るカクテルを飲む姿は大人の女そのものだ。
肩甲骨あたりまで伸びた髪がその雰囲気をよりいっそう深めている。
俺が近づくと気配に気がついた彼女が顔を上げた。
「久しぶり」
笑った彼女の顔は2年前、アメリカで見た笑顔そのものだった。
彼女の隣に座り、適当なカクテルを頼む。
「卒業後、日本で会うのは初めてだな」
「そうだね。
功が帰ってこないから」
舞は口をとがらせた。
去年1年はメジャー昇格して初めての年だったので舞に会う暇も無く、彼女もまた担当の病院で責任者となったためアメリカに来ることすら出来なかった。
空いている時間にメールでやりとりをしていたので声を聞くのも2年ぶりだ。
「代表に選ばれてよかったよ」
「選ばれてなかったら帰ってこなかったつもり?」
「まさか、今年のオフは舞に会いに帰国するつもりだった」
「ふーん、そうゆうことにしといてあげよう」
マスターに出されたカクテルで小さく乾杯をすると夜が明けるまで話は尽きなかった。
結局、店を出た時には朝日が昇り始めていた。
舞が横で首脳陣に怒られないか心配していたが、監督には全て伝えていた。
『男の勝負をしてきます』と。
「海でも見に行こうぜ」
このキャンプ地から近くの海は観光スポットだが2月でしかも朝方の時間は当然ながら人は1人もいない。
日本の海の潮の匂いは少しだけ懐かしく思えた。
「彼女と朝まで遊んでて大丈夫なの?」
「監督には伝えてあるし大丈夫だ」
「そっか……ねぇ、次はいつ会えるかな?」
「意外とすぐかもしれないぞ」
舞は海辺にあったベンチに腰を下ろした。
「功がどんどん有名になってテレビとかで見るたびに思う。
あたしと住んでる世界が違うんだなぁって、高校の時から思ってた。
違う人種なんだって」
「……」
「その度に考えちゃんだよね。
功はきっと富も名声も得る人でそれにつり合った女性がきっと現れる。
その時、隣に居るのはあたしでいいのかなって」
「不安なのは俺も一緒だよ。
マウンドに居る俺と本当の俺は違う。
だから、舞が居ないと俺は俺で無くなってしまう」
「うん……」
「だから、舞じゃないとダメだ。
昔からの俺を知っていてくれて、今までの俺を知っている君じゃなきゃ」
お互いの気持ちの確認をした、俺はポケットに忍ばせていたケースを取り出した。
舞の目の前に差し出し、ケースを開けた。
「功……これって……」
ケースの中身は指輪。
「幸せも悲しみも一緒に背負います。
だから、これからもずっと俺の傍にてください」
「はいっ」
舞の返事を聞き、俺はガッツポーズをした。
監督、俺やりましたぁぁぁあ!!!
涙目の舞を抱きしめそのまま唇を重ねた。
幸せをかみしめ、俺は最愛の人を強く抱きしめた、強く、強く……
WBCで日本を3度目の優勝に導き、そのシーズンメジャーで大車輪の活躍を見せ、日本人初となる『サイヤング賞』を受賞し、名実ともに世界一となった日本の若き右腕。
容姿にも優れ、メジャーに興味を持つ女性ファンが急増し少しだけ社会現象を巻き起こしたが。
その年のシーズンオフ、長年付き合っていた女性との婚約を発表し女性ファンが減ったのはまた別の話。
―完―