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夏空  作者:
第4章
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第90話 思い出の場所で


「本当にいいんだな?」


「はい、自分で決めたことですから」


 学校の進路相談室で放課後、俺は加地先生を呼び出し自身の決意を伝えた。

 先生は渡した資料をファイルに入れるとソファーから立ちあがった。


「高校生では前例のないことだ、苦難の道になると思うが頑張れよ」


「はい」


 相談室から出ると淳と北川が廊下に居た。

 どうやら、俺が進路を決めたことを察したようだ。


「腹は決まったんか?」


 淳は引退後すっかり伸びてしまった短髪を手で遊びながら聞いてきた。


「あぁ、まーな」


「プロ志望届だすんだね。

お兄ちゃんも喜ぶと思うよ」


 北川が笑顔で言った。

 少しだけ悪い気もしたが、俺が最初に周りの人で自分の決意を伝えるのは舞にしたかったので言葉に詰まった。


「うーん……そうだな。

神鳥にもどこかのグラウンドで会おうって伝えといてくれ」


 2人に別れを告げ舞を探す。

 聞いたら怒るかなー……でも、もう決めたことだし仕方ないっか。



Side 北川 沙希


「功の奴、なんか歯切れ悪いなぁ」


「そうだね、舞ちゃんとケンカでもしたのかな?」


「そら、別の女。

家に連れ込んでたらケンカなるで」


「先週あった、その事件は舞ちゃんとその子の間で手打ちになったから違うと思うよ?」


 淳君は手を組んで頭を悩まし始めた。

 3年間バッテリーを組んでいた、淳君が分からないのなら誰にも分からないかもしれない。

 私はなんとなく察しがついていたけど、ありえないことなので喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。


 ――まさか、海外に行くつもりだとか……


 あり得ない、高卒で海外に挑戦なんて。

 それに日本の野球よりレベルが上でプロがしっかりしている場所なんて、メジャー以外はあり得ない、指名確実な高校生が国内を経由せずにメジャー挑戦なんて聞いたこともない。

 確かに神谷君にはメジャーの球団も注目してるとか……

 兎にも角にも、160キロに及ぶストレート投げる高校生なんて日本では前代未聞、もしかりに神谷君がメジャーに行くとしたら国内外で争奪戦が勃発するのは間違いが無い。


Side out






 舞をいつもの校庭の傍の階段に座っていた。


「お待たせ―」


「何してたの?」


 舞は俺を疑いの眼差しで見て来た、前川が俺の家に来て以来、彼女は俺の行動に敏感だ。

 自分が悪いのでそれは仕方ないことだと受け入れている。


「加地先生にちょっと進路のことで用事があったんでな」


「加地先生に?」


「おう」


「何かあったの?」


 加地先生は進路指導担当の先生では無い、つまりおれが大学に進学するつもりなら別の先生に相談するのが普通である。

 にもかかわらず加地先生に相談しに行ったことに舞は疑問を覚えたのだろう。


「帰りながら話す」


「……うん」


 2人で並んで歩く帰り道、9月の日の入りは早く夕日が水平線に消えようとしている。

 親に連れられ家へと帰る小学生、買い物帰りで袋をたくさん乗せて自転車をこぐ主婦。

 色んな人とすれ違うこの慣れ親しんだ帰り道を歩くのももう半年しかないと思うと少しだけ寂しい気もした。


「話ってなに?」


 舞が少し顔を伏せて不安そうに言った。


「あー……そのあれだ。

少し河川敷に寄って行かないか?」


「分かった……」


 色んな思い出が詰まった河川敷についた。

 幼少期に舞の夢を聞き、俺が舞に想いを打ち明けたのもこの場所だ。

 色んな思い出が詰まった場所で俺は彼女に自分の決意を打ち明けた。


「俺、アメリカに行くよ」


 俺は足元にあった小石を川に向かって投げた。


「アメリカ?」


 後ろで体操座りをしている舞が呟いた。


「おう、メジャーに行って世界一のピッチャーになる。

今度は自分の意思で」


 今まで他人に言い訳して何かをしてきた、野球を始めたのも舞の父の夢を叶えるため。

 一度は諦めたその夢を再び追いかけるようになったのは神鳥と再会するため。

 他人が居て初めて俺は行動を起こしてきた、半ば他人任せに……でも、今度は違う。


 俺が俺の意思で世界一のピッチャーになるためにメジャーに行く。

 生まれて初めてかもしれない挑戦という形は。


「それで、あたしにどうしろと?」


 舞は膝に顔をつけ伏せてしまった。

 肩が小刻みに奮えている。


「俺がアメリカに行っても、俺の彼女で居てくれますか?」


 バッっと顔を上げた舞の頬を一筋の涙が伝った。

 彼女はゆっくりと立ち上がり俺に歩み寄る。

 

 『胸に飛び込んで来るか!』と思い両手を広げた俺に彼女は強烈なボディブローを繰り出した。


「ぐは! なんで、ここで殴るんだよ!?」


「バカバカ! 勿体ぶるから別れ話と思っただろぉ!!

悪くない話なら最初からそう言え!!」


 どうやら彼女は「アメリカに行くから俺と別れてくれ」と言われると思ったらしい。

 俺からすればそれこそ耐えられない、支えである彼女を失うことなど俺には考えられなかった。


「で、返事は?」


「知らない」


 プイッと後ろを向いた舞をそのまま抱き締めた。

 河川敷に居る小学生から歓声のようなものが聞こえたがスルーしておく。

 腕の中で舞が拘束を振りほどこうと抵抗するが、腕に力を込めるとやがて抵抗を諦めた。


「ねぇ、見られてる」


「知ってる」


「離して」


「舞がちゃんと返事をしてくれたら」


「もし、断ったら?」


「……ずっと、離さない」


「それは……それで……」


「こらこら、よからないことを考えるな」


「……いいよ。

でも、浮気は許さないからね」


「分かってます」


 しっかりと舞の返事を確認し俺は彼女を開放した。

 辺りはすっかり暗くなっており、いつもならもう晩飯を食べている時間だ。

 これ以上は俺の腹の虫が暴れ出しかねない、俺は舞の左手を握ると帰路についた。





 次の日、新聞に俺のメジャー挑戦の記事が出た。

 少し、騒ぎになったが報道はやがて鎮火されドラフト指名の日を迎えた。

 淳と神鳥はそれぞれ順当に1位で指名された。

 そして、1球団だけ俺を強行指名する球団があった、歓声が会場で湧き上がったが俺にとって他人の意思は関係なく、入団する気も無かった。


 しかし、せっかく指名してもらったので無視と言うわけにもいかず、後日、球団関係者が学校へ挨拶へと来たが丁重に断った。

 最後の日まで粘り強く交渉にきたが、加地先生が盾となり俺との面会は叶わなかった。

 向こうはなんでも入団の切り札に野手と投手の二刀流を用意してたとか。

 そんなこんなでメジャーの球団からも指名を受け、俺は卒業後アメリカへと旅立った。


 世界一のピッチャーを目指して。


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