第89話 説明して!!
俺、神谷功は18年生きて来た中でもっとも修羅場とかした状況に置かれている。
分かっている、悪いのは俺だと、ちゃんと説明をしなかったこの俺だと……
自室のベッドに座り、頭を抱える俺の頭上では2人の女の子が向かい合っている。
「功、この女が誰で、あんたとどうゆう関係なのか説明して」
黄色のかわいいパジャマを着た、俺の幼馴染で彼女の斎藤舞はそう言って、冷ややかな視線を俺に投げつける。
「神谷、この女は誰なの?」
何故か、俺の黒いジャージに身を包んだ、蒼い瞳のアイドル前川千紘は怒りを含んだ視線を俺に投げつけてくる。
ことの発端は小一時間前に遡る。
「泊るに決まってるじゃない」
その言葉を俺は一瞬理解できなかった。
しかし、その言葉の意味を理解し考えられるリスクを想定した時、俺の出した結論は一つしかない。
「ダメだ」
「んな!?
私がそう決めたんだからいいでしょ!」
「うるせぇ!
よくよく、考えろ、アイドルが一般人のしかも男の家に泊まるなんて色々ダメだろ!」
「前は泊めてくれたのに……?」
なんだ、こいつ急に雰囲気が変わった?
前川の甘えるような視線が俺に絡みつき、彼女の美しい身体から視線を外すことを許さない。
主張し過ぎないほどよい胸膨らみと、芸術的な曲線美で描かれた腰のライン、そしてスカートと二―ソックスの間から僅かに露出した絶対領域、それらが醸しだす、どんなわがままも許してしまうような、魔性の雰囲気。
蒼い瞳に捉えられた俺は何も発することも、動くこともできない。
しかも、ソファーに座っている彼女は俺を見上げるように見つめてくる、そう上目遣いでだ!
これが……これが、アイドル!!
「何も言わないってことはOKってことね。
シャワー借りるわね」
「あ! 待て!」
彼女が素にもどり、俺が動けるようになった時にはすでに勝負あり。
前川は浴室へと入っていった。
ダメだ、今ここで阻止しなければ俺は彼女がいるのに他の女を連れ込んだクソ野郎になってしまう。
なんとしても止めるんだ!
浴室のドアノブに手をかけ、歩いてきた勢いそのままに開けた。
「いい加減にし……ろ?」
「……っ!?」
俺の目の前にはパンツ一枚のアイドルの姿があった。
「わ、悪い!」
慌ててドアを閉め、閉めたドアを背もたれにしてその場にぺたりと座りこんだ。
そういえば、アイドルって着替えるの早いんだっけ……
どうでもいいことを考えていた俺にドア越しで前川は話しかけて来た。
「ねぇ……見た?」
いいか、神谷功。
ここでの選択肢を間違えてはならないぞ、相手は国民的なアイドルだ。
君は今、全国のファンに殺されかねない行いをしているのだぞ。
「見てない」
「じゃあ、なんで謝って出て行ったの?」
俺は全てを悟った。
退路は断たれた。
今こそ男としての決断を下す時!
「すまん!」
俺はドアに向かって土下座をした。
「謝るってことは認めるのね」
「でも、少しだ!
誰もお前のパンツが水色のラインが入ったボーダーなんてことは見てない!」
「きっちり見てるんじゃないの!!!」
前川の怒号が家中に響く。
その後も彼女の怒りは収まらないが、謝り続ける俺にある交換条件を提示してきた。
「あんたの服、貸しなさい。
それで許してあげるわ」
その言葉を聞いて、俺はすぐさま自分の部屋へと向かった。
タンスの一番上に入っていた黒のジャージを取り出し、再び浴槽へと向かう。
安全のため、今度はちゃんとドアをノックする。
「ドアの前に置いといて―」
シャワーの流れる音に混じって前川の声がした。
冷静に考えれば彼女がシャワーを浴びているこの状況は俺にとって阻止すべき事態だ。
しかし、アイドルの生着替えを事故とは言え目撃してしまった罪は重い。
全国のファンの皆さん、本当にすまない。
「ふー、いい湯だったわ」
手入れの行き届いた黒髪を毛先の方まで、しっかりとタオルで拭き取りながら前川は言った。
彼女が俺の大きめのジャージを着ている姿を見て、少しだけ萌えたのは俺と君だけの秘密だ。
これ以上は先ほど同様、アイドルの放つオーラに当てられると思い、浴室へと向かった。
しかし、そこで俺は自分の愚かさを知る。
彼女はいい湯だった、と言った。
つまり……
――前川はお湯に浸かっている!!
俺は浴槽を前に生まれたままの姿で膝から崩れ落ちた。
冷静さを取り戻すために俺は自分に言い聞かせる。
落ちつけ神谷功。
まだ、シャワーがある!
今日一日の汗はそれで流せばいい!
アイドルが生の肌で浸かった湯が隣にあるだけじゃないか!
変な気は起こすなよ。
俺は必死に自己暗示をかけながら、シャワーを頭から被った。
「私はどこで寝ればいいの?」
「決まってんだろ」
頭をふいていたバスタオルを洗濯カゴに投げ込む、見事な弧を描いたタオルはカゴに収納されていった。
「空いている部屋だ」
「はーい」
前川は素直に右手を上げて間延びした返事をした。
「じゃあ、私寝るね」
彼女は小走りで二階へと去っていった、少し大きめの黒のジャージを揺らして。
リビングに残された俺に急な眠気が身体から湧き上がった、時計を見ると時刻は夜の12時を回っており日付が変わってしまっている。
あの前川が素直に返事をしたことは気になるが、前回のように情緒不安定では無いので彼氏でも無い同い年の男のベッドに潜りこむような真似はしないはずだ。
いざ、寝る決意をして二階に上がり自室のドアを開けると、俺のベッドに不自然なふくらみがあった。
まるで誰かが潜りこんでいるような……
落ちつけ神谷功、まだ前川と決まったわけではない。
それこそ決めつけて空き部屋に行って前川がいたら俺は完全に狼野郎だ。
ベッドに一歩一歩慎重に歩きながら近づいていく、時間が深夜なだけに家の外からは何も音が無い、そのせいか自分の呼吸がいつもより大きく聞こえる。
シーツを右手で掴み、勢いよく剥いだ。
「きゃっ、私を襲いに来たの?
本日の夜這いは先客順となっております♪」
俺はシーツを元に戻した。
「ちょっ! 男としてそれはどうなの!?」
「部屋を間違えたようだ、すまん」
「待てい! 目の前で無防備な美少女アイドルに手を出さないって、あんたそれでも男!!?」
「自分で美少女言うな!」
俺はこの時、気付いていなかった。
自分が隣に聞こえるほど大きな声で口論していることに……
――コンコン
部屋の窓をノックする音、俺はカーテン越しにその窓を凝視した。
この窓を外からノックできる人物は1人しか居ない、そしてこの部屋の状況。
俺は長年の経験から今自分がそれだけやばい現場に居るのか一瞬で把握した。
「功? 誰と話して……」
カーテンを開けて入ってきた俺の幼馴染は前川を見て目を丸くしフリーズした。
そして、前川も同じようにフリーズした。
終わった……
俺は静かに自分の命が果てたことを悟った、そして……冒頭に至ったわけである。
頭を抱える俺は何故、前川に最初から『彼女か居るから無理』と伝え無かったのか自分のアホさに絶望していた。
睨み合う2人になんと言えば最も穏便に話がつくか考えていると舞が先に口火を切った。
「あたしはそこで頭抱えてるバカの彼女よ!」
バカと言う言葉を今回ばかりは否定できない。
「彼女!? 神谷に女が居るなんて、前に泊まった時には言ってなかったわ!」
おおぉぉぉい!!?? 何シレっとトンデモ無いこといっとんじゃい!!
「な!? 人の彼氏に手を出すとはいい度胸ね!」
あかん! 舞がマジでキレはじめてる!!
「こいつがベッドに入っていいって言ったんだから問題ないでしょ!!」
おおおおお!!!? 俺は別の部屋で寝ろと言ったのに入ってきたのは貴女の方ですよ!!?
「っ!! どうやら、あたし達で言い合っても仕方ないみたいね……」
「そうみたいね、本人に聞いてみましょうか……」
グルンと視線を俺に移した2人の美少女、殺気を含んだ視線を俺にバチバチと当ててくる。
「ねぇ……功?
ちゃんと説明してくれるわよね?」
ひいぃぃい!? 舞さん目が笑ってないんですけど!?
「神谷は私を弄んでたのかなぁ?」
前川の後ろにオーラのようなモノが見える! これが芸能人の威圧感!!!
「「説明して!!!」」
鬼気迫る彼女たちに俺はゆっくりと口を開いた。




