第87話 何考えてるんだ変態
夏が過ぎ、初秋が来た。
18歳の彼らには未来への選択の時が迫る。
それぞれの物語は新たな幕へ動き出す。
甲子園から2週間、ただの高校生に戻った俺の日常はいたって平凡だ。
U―18の世界大会の代表にも選ばれたが、もちろん辞退、残り少なくなった夏休みを満喫した。
淳や神鳥はすでにプロ志望届を提出し、プロに向けて練習に励んでいるらしい。
舞や周りの3年生たちは大学へ向けて、勉強を夏休みの間に励んでいた。
俺はと言うと、高校での目標を達成して、次の目標も無く宙ぶらりんの状態だ。
「神谷ぁ~!」
「うお! 飛鳥、いきなり人の頭を殴るな!」
叫んだ俺は教室で昼飯を食べている生徒の注目を少し集めてしまった・
「何を言うとんねん、舞からの愛情たっぷりの弁当届けてやったんやぞ。
もう少し、感謝してもいいんちゃう?」
2年に続いて、同じクラスになった、元ソフトボール部主将の福島飛鳥の手には風呂敷に包まれた弁当箱が握られていた。
「はいはい、サンキュー」
「舞は後も来るって」
飛鳥は俺の目の前に座り、携帯を片手にコンビニのおにぎりを口にした。
「お前、いっつもコンビニで昼飯、買ってるけど栄養偏っていないか?」
こいつが野菜を口にしている所は見たことが無い。
「うちの食生活に口出すとはお前も偉くなったもんやなぁ。
彼女が出来て、人生有頂天か?」
「ま、舞とのことはお前に関係ないだろ!」
「ほぉー……夜の営みの悩みを聞かされるうちには関係ないと?」
「ぶっ!!」
口の中にあった米の数粒が飛び出た。
舞の奴、飛鳥一体何話してんだ!!!?
「功、何吹きだしてるの?」
このタイミングで本人登場か……
「飛鳥が下ネタを披露するのでな……」
「飛鳥も女の子なんだから、少しは控えなよー」
呆れた様子の舞が飛鳥の隣に座った。
「うちのせいかいな、そもそも舞が神谷が元気過ぎて「ストーップ!!」もが!?」
おお、ものすごい舞が焦って飛鳥の口をふさいでいる。
「その話は言わない約束よね~?」
「はて? なんの話をしてるのやら?」
とぼける飛鳥に耳まで赤くなっている舞を見ているとなんとなくだけど……平和だなぁ。
放課後、舞と一緒に帰る約束をしていたので校庭の傍の階段に座り彼女を待った。
野球部の後輩たちに混じり、身体を動かす淳の姿を見るのが最近の放課後の日課となりつつある。
部活に打ち込んだ俺に引退後の放課後の時間は長すぎる。
家に帰っても時間を持て余している、普通は受験勉強とかするんだろうが俺には大学に行く理由が無かった。
周りが行くから行くというのも一つの理由かもしれない、でもそんな気で勉強して仮に受かったとしても通い続けるとは自分では思えなかった。
なんか、張りの無い毎日だなー
ただ、漠然とそう思った。
「お待たせ!」
舞がクラスでの用事を終わらせ現れた。
彼女は俺の隣に座ると同じようにグラウンドの方を見つめ始めた。
「帰って、勉強しなくていいの?」
「志望校、A判定出てますから」
頭の良さは相変わらずだな。
そういえば、俺はこいつの志望校を知らない。
「舞はどこの大学行くんだ?」
「看護学校」
こいつ、看護師になるのが夢だったのか……
10年以上一緒に居るがまったく、気がつかなかった。
「将来は看護師か」
「そうだね、功はどうするの?」
「なんも決まってねーや」
俺の言葉に舞は何も言わなかった。
甲子園と言う夢を達成し、神鳥との因縁にもケリをつけた。
高校野球はやりつくした、後悔は無い。
それは確実に言い切れる、でも目標を失った日々がこんなに張りが無いとは思わなかった。
「あたしさ、功がマウンドで投げてる姿、好きだよ」
舞は体操座りのような格好で膝を立て、その膝に顔を乗せ横目攻撃をしながら言った。
下から覗きこむ彼女の顔にドキッとしたのは俺と君だけの秘密だ。
てか、その格好正面からパンツ丸見え……
「何考えてるんだ変態」
「まだ、何も言ってない間から変態と決めつけるのは酷くないか?」
あなたのパンツ事情考えてました。
家に帰り、夕食後テレビをつけるとプロ野球の中継がやっていた。
9月になればペナントレースも佳境に入り、優勝争い、Aクラス争いしているチームの応援には一層の熱が入る。
ソファーに腰掛け見るプロのプレイは高校生の俺には次元の違う話のようだ。
もし、プロ志望届を出せば自分がこの世界に飛び込めるかもしれないということが、まだ信じられなかった。
ぼうっとテレビを見る俺の耳に入ってきたのはインターホンの音だった。
舞はさっき自分の家に帰ったのでもちろんこの家には俺しか居ない。
どこの誰だよ、こんな時間に。
重い腰を上げ、玄関へと向かう。
ため息交じりにドアを開ける。
「どちらさま、ですか?」
「私だけど」
俺はドアをそっと閉じた。
「ちょ! 何、勝手に閉じてんのよ!
私が来てやったんだから開けなさい!!」
「アイドルが人の家のドアを殴るな!
強盗か!!」
「誰が、強盗よ!」
その後も続く、彼女のドアに対する攻撃。
蒼い目を持ったアイドル、前川千紘の根気に負け俺はしぶしぶドアを開けた。
彼女はドアと俺の間を通り、何食わぬ顔で俺の家へと入ってきた。
「誰が上がっていいって言った?」
「お邪魔しまーす」
「おい、こら!」
スタスタと家の中へと入り、リビングのソファーに彼女は腰を下ろした。
「こんな関西の辺境になんのようだ?」
彼女はその蒼い瞳でこちらをキッと睨み、人差し指で俺を指し、意気揚々と叫んだ。
「プロに行かないと言ってる、ヘタレに気合入れに来たのよ!!!」
……もう、帰ってくれ……