第86話 ネクストステージ
Side 神鳥 哲也
振ったバットに感触が無い。
自分が空振りした事実を理解するのにコンマ数秒時間がかかった。
開成の選手が喜びを爆発させてマウンドへ駆け寄っていく、まるで優勝したかのような喜び具合だ。
負けた……全てを出し切ってその上をいかれた。
僕の完敗だ。
試合終了後の整列で神谷に話しかけた。
「完敗だよ。
優勝しろよ」
「ああ、分かってる」
彼とがっちり右手で握手を交わし、僕は聖地を後にした。
甲子園の黒土は持って帰らずに。
泣き崩れる部員もいる中で、僕は不思議と涙は出なかった。
神谷と甲子園で再会し、最高の時間を過ごすことが出来た。
悔いはないと胸を張って言いきれる。
試合後の取材に胸を張って丁寧に答える。
そして、最後にこんな質問をされた。
「プロへは行きますか?」
「もちろんです」
僕はハッキリと答えた。
日もすっかり沈んだ夜、明日で神奈川に帰るのでこの宿舎も最後になる。
なんとなく眠れない僕はバットを持って宿舎の前で素振りを始めた。
習慣となった、素振りをしなかったので眠れないと思ったからだ。
「熱心だな」
振り返ると久木監督の姿があった。
「これが日課ですから」
「……すまんな」
監督が頭を下げた。
高校野球の監督は毎年、3年生の3年分の想いを背負う。
その責任はかなり重いものだと選手である僕にもなんとなく理解できた。
「頭を上げて下さい、僕は監督のおかげで充実した3年間を過ごすことができました。
悔いはありませんし、感謝しかありません。
本当にあの時、僕を拾ってくださりありがとうございました」
僕は今できる精一杯の感謝をこめて監督に頭を下げた。
僕の高校野球は今日終わってしまった。
でも、道はまだ続くプロに行ってもう一度神谷と対戦するんだ。
まだ見ぬ未来に想いを馳せて、僕はバットを振るう。
次の日、この夏文句なしで№1となった投手は決勝の試合後、次の進路を聞かれ間髪いれずに答えた。
「プロへ行きません。
野球は高校で終わりです」
Side out