表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏空  作者:
第4章
81/94

第81話 崩れた均衡

Side 久木 忠俊


 神鳥の三振、しかも2打席目はこの夏はじめて見せたフォークボール。

 チームに静かな動揺が走った。

 

 そうだ、現役時代の加地の決め球であるフォークを神谷君に教えている可能性は十分に考えられた。

 理屈の上での話だが……


 フォークの多投が原因で加地の肘は壊れてしまい、二度とボールを投げることができなくなった。

 あのボールはただでさえ肘・肩に負担が大きく、高校野球で使う投手は少ない、にも関わらず神谷君はそれを切り札として使ってきた。

 つまり、彼にはそれだけの覚悟があるということだ。

 この試合に全てをかける覚悟が。


 今現在、試合の主導権は向こうに奪われたと言っていい。

 エースと4番の直接対決はそれほどまでにチームに影響を及ぼす。

 勢いづく開成をなんとか抑える、石井だったが後半に入った7回、ついに捕まってしまった。


Side out





 ついに、最大の先制のチャンスを迎えた。

 ヒットで出塁した関本と桜井による、バスターエンドランは見事に成功し一死(ワンアウト)一・三塁で俺に打席が回ってきた。

 さっきの打席は運よく追い込まれてからヒットを打てたが、石井が2度も追い込んでから打たせてくれるとは思えない。

 

 なら、この打席は積極的にいくしかない!


 そう決めて、打席に入った俺への初球は外角寄りのストレート、石井にしては甘いボールだった。

 無理に引っ張りにいかず、遊撃手(ショート)の頭上を狙い打ちに行く。

 タイミングは合っている、ヒットにできると思った瞬間、俺の手に重い感触と耳に鈍い金属音が聞こえた、打球は遊撃手(ショート)の右横へ転がってゆく。


 しまった! ツーシ―ムだったのか!


 併殺狙いの石井の投球にまんまと俺ははまった。

 しかし、まだ得点の可能性が消えたわけではない。


 走れ! 併殺崩れでも先制にかわりは無い!!


 全速力で一塁へと走る。

 目の前の一塁手(ファースト)が捕球態勢に入る、おそらく今頃2塁では二塁手(セカンド)がボールを握り替え、投げる体勢に入ったのだろう。


 間に会え!!


 俺が一塁ベースを踏んだのと、ほぼ同時のタイミングにボールがファーストへ届いた。

 駆け抜けた俺は祈るような気持ちで塁審を見る。


「セーフ!!」


 湧き上がる歓声が聞こえ、ベンチの奴らが喜んでいるのが見える。

 少し、格好悪いが先制にかわりは無かった。

 この試合の均衡がついに崩れた。








Side 神谷 結衣

 

 甲子園に着いたのは試合開始から一時間後のことだった。

 タクシーから夫の浩二さんと降り、アルプスのチケットで球場へと入る。


「ほら、あなた試合終わっちゃいますよ?」


「分かってる」


 急かしてもマイペースな、浩二さんの階段を上る足取りはいっこうに早くならない。

 ゆっくりと歩く彼を踊り場から見下ろす。


「あなたが仕事をため込んでたせいで、準決勝の日まで来れなかったのでしょう?

少しは反省の意思を見せて下さい!」


「分かってるよ、結衣」


 全然分かっているように見えないんですけど?







 炎天下の甲子園はまさに灼熱地獄、照りつける日差しとアルプスの熱気が合わさり、体感温度は球場の外よりも暑いような気がした。

 

 舞ちゃんも来てるって言ってたけど何処だろう?


 彼女をほぼ全校生徒で埋め尽くされるアルプスから探すのは至難の業だった。

 すると突然、浩二さんが指である方向を指した。


「結衣、あそこで手を振ってる女の子がいるぞ」


 その指の先には舞ちゃんの姿が。


Side out


Side 斎藤 舞



「ごめんね、舞ちゃん。

座席までとっといてくれて」


「いえいえ、お安いご用です」


 結衣さんの隣に居るのが、功の父である浩二さんらしい。

 仕事柄、家を開けることが多くあたしも会うのは初めてだった。


「浩二さんこの子が噂の舞ちゃんよ」


「初めまして、斎藤舞です」


 頭を下げるあたしを見る、浩二さんの顔はまゆ一つ動かない。

 あれ? 怒らせたのかな……?


 困惑するあたしを見た、結衣さんが浩二さんを軽く肘でつつく。


「こら、浩二さん、そんな顔で舞ちゃん見たら、怒ってると思うでしょ」


 どうやら彼は怒ってるわけではないらしい。


「息子がお世話になっています」


 浩二さんの声は低くて落ちつきのある声だった。

 自己紹介が終わった所で、3人で並んで試合を見る。

愛は今日は彼氏と観戦していて、飛鳥は午後から病院で定期検査がありさきほど帰ってしまった。


「舞ちゃんどっちが勝ってるの?」


「功のチームが一点差で勝ってますよ」


「このままいくと決勝進出ね♪」


 嬉しそうな鼻歌交じりに結衣さんは持ってきていたカバンから水筒を取りだした。

 同様に持ってきていた紙コップも取り出し、その中に中身を注ぐ。


「暑い時は水分補給しないとね」


 結衣さんは浩二さんとあたしに水筒の中身を注いだ紙コップを渡してくれた。

 さっき買った飲み物を切らしていた、あたしにはありがたかった。


「にしてもうちの息子が甲子園だなんてね。

ね、あなた?」


「そうだな」


 短く答える浩二さんにあたしは結衣さんが依然、言っていたように本当に無愛想なんだと思った。

 しかも、なんか1人で片耳にラジオ聞いてるし……


 きっと、そのラジオからはこの試合の中継が流れているんだろうと思うと、きっと功の試合を見るのが楽しみだったんだろうなと思えた。

 きっと、少しシャイなんだろうなぁ……


 結衣さんはどうやって浩二さんと知り合って結婚までいったんだろ?

 参考までに聞こうかな。


 試合のことなんかそっちのけで考えるあたしの耳に甲子園の大歓声が聞こえる。

 突如、大きくなったその原因は神鳥君が第3打席に入るから。

 功と神鳥君の本日3回目の対決だ。


 ここまで、功が2打席とも、完璧に抑えている。

 いざ、グラウンドに目をやると、一塁にランナーがいる。

 あたしの気付かない間に出塁してたか。


 開成のリードは僅かに一点、もしここでホームランをもらうようなことがあれば逆転されることにある。

 ううん、大丈夫、功が打たれるわけがない。


 持っていた紙コップを横に置き、手を膝の上でギュッと握りしめた。

 負けないでね、功!


Side out


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ