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夏空  作者:
第4章
78/94

第78話 捕手の矜持

Side 神鳥 哲也


 ――世代最強エース

 

 いつから彼がそう呼ばれ始めたのかは知らないが、神谷はそう呼ばれていた。

 確かに単純に持っている力なら間違いなく一番だろう、しかしそれで勝てるほど野球は甘くない。

 聖王(うち)のエースである、石井は自分の持っている力はフルに発揮すればそう点は取られないと思っていた。

 だから、序盤はお互いに我慢の時間になるとそう思っていた。


 しかし、2番がヒットを打ったことで聖王(うち)の攻撃はランナーを置いた状態でクリーンナップを迎えることができた。

 神谷は先頭打者にもいい当たりを打たれていた、センターの正面に飛んでしまったのでアウトになってしまったが、調子が悪いのか?

 それとも、僕が思っていたよりも神谷の力は低いのか?


 確かにうちの打線は強力である。

 しかし、神谷ならそれを力で抑えてくれるものだと思っていたのに……残念だ。

 初回で答えを出すには早計かもしれないが、少しばかり残念な気持ちを抱きながら3番中井の打席を見つめた。


Side out



Side 山中 淳


 聖王の3番中井は右打席に入ると足場を均し威圧感のある構えで功と対峙した。

 さて、どないしようか……おそらく今の功のボールの状態では完璧に抑えることは難しいやろ。

 かといって、次が神鳥やと言う事を考えるとこの打者は絶対にアウトにしたい。


 今の功はこの試合までしてきた省エネピッチングが身体に沁みついて、なかなか本来のピッチングが出せない状態だった。

 投げて身体が温まっていけば本来のピッチングを取り戻せると思うが……この打線相手にそんな悠長に構えてええもんか。

今できる事は功の状態が上がってくるまで相手打者をかわすことや。

 

 サインはアウトコースへのカットボール、功は頷くとセットポジションになり一塁ランナーに目で牽制をする。

 走者の2番打者の足は速い方では無い、功のクイックは速い方なので盗塁はないと思ったので功のボールを取ることに集中しよう、と考えた。


 功が投げたボールはストライクゾーンの端をかすめ、そこからさらに右打者の中井にはボールゾーンへと逃げていくように変化した。

 

 ――ボールか


 そう確信した瞬間中井が反応しバットを出してきた。

 

 バカな!

 ボール球に初球から手をだすやと!?

 

 ――キーン!!


 痛烈な金属音を残し打球はライトへ。

 ボールはグングン伸びてライトスタンドへ直行していく。


 ボール球をホームランに出来る訳が無い!

 切れるはずや!


「ファール!!」


 一塁線上の塁審が大きく両手を上に出し振った。

 打球はポールの右側を通過し判定は『ファール』。


 危なかった……ボール球をあっこまで運ぶとは……

 聖王の3番をなめてたわけやないけど、相手は昨年の覇者とあって、今までの相手とは別格だと再認識させられた。


 功が主審からボールを受け取り、ロージンに手をやった。

 あいつなりに間をとり、この中井との勝負を少しでも自分の有利に運ぶようにしようという意図は感じ取れた。

 今のワイらに出来る事は与えられた条件の中で最善を尽くす事。

 意を決してワイは功にサインを出した。


Side out


Side 藤井 高志


 開成バッテリーの2球目の選択はアウトコースへのストレート。

 わずかに外れてボールとなり、画面の右端に表示された球速は『143km/h』神谷君にしては物足りない数字だ。


 今までの試合で150キロを超えたのは準々決勝のみ、神谷君が相手を打ち取ることで体力を温存してきたことは明白であり、そうゆうピッチングを進めたのも自分だ。

 しかし、何か新しいことをする以上リスクと言うモノは存在する。


 聖王戦に向けて身体を浪費しないために打ち取るピッチングを教えた。

 つまり、今この聖王戦では力をセーブする必要はない、今までの我慢はこの試合の為だ。

 だが、今までのピッチングが身体に染みついてしまい神谷君は今本来の力を出せないでいる。


 もっとも恐れていた事態になってしまった。

 本来の感覚を取り戻すのは試合中になるだろう。

 神谷君のことだから序盤で戻ると思うが、それまでかわしてしのげるほど聖王の打線は甘くない。


 初回で主導権を握られるのはほぼ確実と言っていい。

 そうなれば開成は後手にまわり、そのまま試合が終わる可能性も考えられた。


「ある意味、キャッチャーの腕の見せ所だな」


 立ち上がりに投手の調子が悪い事はプロの投手でも珍しい事ではない。

 配られたカードでどう戦うか、配球を考えるキャッチャー次第では100%の力を発揮出来ないとしても抑える事は可能だ。


 山中君のキャッチャーとしての能力が試される場面でもあった。

 3球目、山中君はサインを出した後ミットをインコースに構えた。

 バッターの中井君に今の神谷君の状態でインコースを勝負するのは危険な賭けに思えた。


 しかし、画面越しにミットを構える山中君に迷いは無い。

 リスクを恐れていては勝負に勝てないと悟ったのだろう。

 神谷君はセットポジションに入り、ランナーに軽く目で牽制を送ると足を上げ、山中君の構えるミットにめがけて腕を振った。


Side out


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