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夏空  作者:
第4章
77/94

第77話 約束のマウンド

 初回、先攻の開成高校(うち)は関本と桜井が打ち取られ二死(ツーアウト)ランナー無しで3番の俺が打席に入った。

 マウンドに佇む聖王のエース、『石井雄二』一年の夏から甲子園のマウンドを経験し二年生の時はエースとして全国制覇。

 その後の秋大では夏の疲労が原因で故障し戦線離脱を余儀なくされ、聖王は春のセンバツ出場を逃す。


 北川が前夜のミィーティングで石井のプロフィール紹介で言っていたような気がする。

 聖王の絶対的エースにして、俺たちの世代を代表する選手である事は疑いの余地は無い。

 スリークォーター気味の右腕から繰り出される、Max149キロのキレのあるストレートと決め球の縦のスライダーを中心とした多彩な変化球。

 それを聞いただけでもてこずりそうなのに、コントロールはボール一個分の出し入れが可能と言われるくらい緻密だ。


 完成度に関して言えば完全に今大会№1である。


 石井の初球、アウトコースにストレートが決まった。

 球速は『142km/h』の表示だが、体感速度はそれ以上だった。

 

――簡単には打ち崩せない。


 聞いていたデータからある程度予想はしていたが、初球のボールを見てそれは確信に変わった。

 しかし、初回の攻撃があっけなく3人で終わると言うのはあまりよくない。

 野球の攻守においてもっとも難しいのは『初回と最終回』だと、加地先生からことあるごとに言われた。


『飛行機の離陸と着陸が一番難しいのと一緒だ』


 加地先生はだからこそ初回の俺のピッチングに注文をつける事が多かった。

 それだけピンチに陥りやすく、主導権を取られやすいのが初回だからだ。

 しかし、ピンチには同等のチャンスが転がっているものである。


 つまり、初回の攻撃は主導権を握り、流れを掴むチャンスでもあると言うわけだ。

 その初回になんの抵抗も出来ずに攻撃が終わってしまうと、自らその権利を放棄するに等しい。

 たとえ、3人で終わったとしても何らかの形で『攻める姿勢』を見せるべきだ。

 

 関本と桜井がそれを理解していなかったわけではない。

 それを石井がさせなかった。

 コーナーぎりぎりに制球されたボールをバットの当たる直前に微妙に動かすことで、バットの芯を外し10球に満たない球数で2人を打ち取った。


 俺が省エネピッチングで身につけた投球術に似ているが、俺の物は所詮自分の投球からは程遠く、『甲子園で力を温存するため』の投球術にすぎない。

 しかし、石井のピッチングスタイルはまさに『打たせて取る』を前面に押し出した老獪なピッチングそのものだった、一年の夏から甲子園を経験し彼が3年かけ完成させたのが今のスタイルなのだろう。

 三振をとれる、縦のスライダーは今大会ほとんど見せていない。


 ならば……俺の今の役目は縦のスライダーを投げるまで粘ることだ。

 

 聖王バッテリーが2球目に選んだのは左打ちの俺から見て外角へ逃げるツーシーム。

 際どいコースだったので見逃すと、ボールの判定だった。

 これで並行カウント、2球連続でアウトコースか……次がインコースなら試しに空振り覚悟でフルスイングしてみよう。


 3球目、石井の投げたボールは俺の膝もとへと向かってきた。

 待ってましたと言わんばかりに右足を開き気味にステップし打ちにいく、タイミングは合ってる。

 縦のスライダーを待つつもりだったがヒットを打てるかもしれない、そんな考えが頭をよぎった瞬間俺の手には硬球独特の衝撃がはしった。


 石井の投げたボールはカットボールだった、膝もとをえぐるそのボールに俺はまんまと手を出させられた。

 力の無い打球が一塁ファールグラウンドに上がった、一塁手がそれをしっかりとキャッチし開成(うち)の攻撃はあっけなく3人で終了した。


「ドンマイ、切り替えていけや」


 ネクストで控えていた淳がそう言って励ましてくれた。


「おう」


 淳に短く返事をすると裏の守備の準備を始めた。

 グローブを持ってきた後輩が熱中症対策の少量の塩とお茶を差し出してきた。

 それを素早く口の中に放り込むと俺はマウンドへ小走りで向かった。



 先に石井が投げていたのでマウンドを均しいつもの歩数を確認し、足の着地点の土を軽く掘る。

 初回の投球練習を終えると、聖王の一番が打席へ入った。

 ショートの関本からボールを返却されると、横目でバックスクリ―ンを見た。


 縦に二つ並んだ開成と聖王の二つの高校名。

 俺はようやく約束のマウンドに辿り着く事ができたと今さらながら実感が湧いた。

 

「楽しんでこーぜ」


 甲子園という、最高の舞台で実現した神鳥との再戦。

 楽しまなきゃ損だと自分に言い聞かせた。

 ホームの方を向くと主審の人が「プレイ!」と声を上げ、聖王の攻撃が始まった。


 淳の初球のサインはストレート。

 俺はゆっくりと振りかぶった。


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