第74話 身体は元気でね
「ただいま~」
2週間ぶりに我が家に帰ったが、もちろん誰もいない。
今日の練習は加持先生に許可をもらい、一度家へと帰った。
時間はまだ朝の8時過ぎ。
先生は「明後日の試合に間に合えばそれでいい」と言ったが、それってつまり家から甲子園に行ってもいいってことか?
まぁ、甲子園は家から近いし問題はないっか……
先に言っておくが俺はホームシックになったわけではない。
ただ、大事な試合を前に出発点を確認したいと思っただけだ。
携帯を取り出し、電話をかける。
相手は隣の家で寝ているはずの幼馴染。
話すのは久しぶりだ。
上昇するテンションを感じると電話のコールがやけに長く感じられる。
舞のやつ、速くでてくんねぇかな。
Side 斉藤 舞
「ん……?」
あたしの睡眠を邪魔したのは携帯のバイブ音だった。
昨日は遅くまで勉強をしていたせいで睡眠が浅く、頭の回転が上手く働かない。
無視してやろうかと思い再び布団をかぶるが、あまりにしつこいので枕もとの携帯をとり、眠い目は閉じたまま電話に出た。
「どちらさまですかぁ?」
どうせ飛鳥かその辺の女友達からと思い、眠い感情をそのまま出した声で電話に出た。
『もしかして寝起き?』
「ふぇ!? こ、功!?」
声の主は今や連日テレビで報道されるほどの甲子園のスターとなった幼馴染。
今、甲子園にいるはずなのになんで!?
眠気はいつの間にかどこかへと吹き飛び布団から飛び起きた。
無意識に寝癖のついた髪を直すあたしをよそに幼馴染は話し続ける。
『今日、今から時間ある?』
「え、うん」
『久しぶりに何処か出かけようぜ』
Side out
バス以外の移動手段を使うのも久しく、電車の切符の買い方も怪しかった。
2人で会うのは一カ月ぶりだ。
大会前はいつも舞が気を遣ってあまり顔を出さないし、大会中は宿舎に泊まり部員の皆と寝食を共にする。
だから、今横に座っている幼馴染に少しだけ緊張している。
き、気まずい。
一か月も舞と会うことが無いなんて初めての事だ。
何を話したらいいか分からん。
しかも、何故か舞は黙ったままだ。
急に誘って怒ってるかな?
「ねぇ、マスクか何かしなくていいの?」
彼女が急に話したので、語尾の方がイマイチ理解できなかった。
風邪も引いていないのになんでマスクをする必要があるんだ。
「身体は元気なもんでね」
「いや、そうゆうのじゃなくて、視線が……」
舞は気まずそうに辺りを見わたす、つられて周りを見ると妙に視線を集めている。
目の前の2人の女子高校生はひそひそと小声で話しているようだ。
くそ、外に出るのが久しぶりで忘れてた。
加地先生には外に出る時は人目に注意しろって言ってたな。
舞の忠告に従うことにし、目的地の駅で降りてすぐさまマスクを買いにコンビニに向かった。
「表紙に載ってるじゃん」
舞は雑誌コーナーに置いていあったものを一冊取りだした。
それは高校野球を特集したもので、表紙には俺と神鳥がでかでかと載っている。
彼女はそれを開けると俺の記事を見つけ読み上げた。
「超高校級のストレートに加えて、多彩な変化球。
今の時点で今年のドラフト1位候補には間違いなし。
凄いね、べた褒めじゃん」
「そんなの俺をグランドでしか見た事のない人が書いたものだ」
舞と二人で来たのは大阪に最近できたフロントビル。
でか過ぎて何処までがビルか見当もつかない。
「なんで、ここなの?」
舞の質問はもっともだ、俺が最新の話題になどついて行ける訳が無い。
つまり、俺がそもそもこの場所を知っている事が舞にとっては不自然だろう。
もちろん、昨日北川に最近のデートスポットは何処か聞いた。
リサーチは完ぺきだ、多分……
「そりゃ、最近話題の「沙希ちゃんに聞いたの?」う……」
こいつはエスパーかよ。
「察しの通りです」
「最初からそう言えばいいのに」
「うるせ、ほら行くぞ」
並んで歩く彼女の口端が少しだけ緩んだ。
それに気付いた俺は少しだけ、さっきまでの気まずい雰囲気を払しょくできたと思った。
ビルに入ると洋服店を中心に様々な店が並んでいる。
野球中心の生活をしていた俺には馴染みのないものだが、舞は店は見るたびに入り洋服を見ている。
「これ、かわいい!」
無邪気にはしゃぐ姿は俺の知っている幼馴染そのものだった。
甲子園での連日の激闘で溜まった疲労が癒されていくような気がした。
Side 神鳥 哲也
午後から雨が上がったと言うことで外での練習に切り替わった。
各選手が150キロ近いスピードでボールを放つ、マシンをキレイに打ち返している。
スイングと同時に乾いた金属音がグラウンドに響く。
伸びた打球がグラウンドの後方に設置されたネットへと凄まじい速度で突き刺さる。
僕はそんなグラウンドの端で素振りを繰り返している。
隣ではノースローの調整をしている石井がシャドーピッチングをしていたのだが今は何故か休憩している。
「神鳥はマシンを打たなくてもいいのか?」
石井が僕の素振りを眺めながら聞いた。
「変にマシンを打って感触を崩したくない」
前の試合で相手のエースから放った3本のホームラン。
あれは僕が追い求める理想のバッティングに近いものだった。
でも、足りない……何かが足りない。
僕が今よりさらにもうワンランク上へと行くためには何かが足りない。
神谷とぶつかればその何かを見つけることが出来るかもしれない。
久木監督に一度言われた事がある。
『ゾーン』と『ミックスアップ』について。
ソーンとはスポース選手がもっている力を最大限発揮することができる状態に入る、極限の集中状態。
ミックスアップは試合中に相手と成長する事だと教えられたが、それにはお互いに近い技量が求められなおかつハイレベルでそれを纏っていなくてはけない。
後者は相手と自分を成長させるので一発勝負の高校野球では遠慮したい。
しかし、ゾーンに入ればもしかすると僕の打撃も飛躍的に進化する可能性もある。
そして、おそらく向こうの4番、山中淳はその扉を開き始めている。
福岡学院の鬼塚から放った、先制を打った時の彼の状態は間違いなくその領域に一歩踏み込んだ状態だった。
もしかすると僕や神谷よりも山中こそがもっともプロに近い存在なのかもしれない。
「石井は身体動かさなくても大丈夫なの?」
「俺は今までやってきた事を出すだけだ」
「向こうの打線もなかなかやっかいだと思うけど?」
「クリーンナップを抑えればなんとかなるだろ」
聖王のエースは白い歯を見せ、肩にかけていたタオルを手に取りシャドーを再び始めた。
僕も愛用の金属バットを握り再び構えた、頭の中にイメージするのは神谷。
実際に向き合ったらどんな感情が込み上がるんだろう?
ふと、そんな事を思いながらバットを振り切った。
Side out




