第73話 北の剛腕
Side 赤司 翔太郎
試合後のバスの雰囲気は思ったよりも暗くは無かった。
力の差はハッキリと見せ付けられたが全国制覇を達成するにはそれだけの力が必要かということを教えられた試合でもあった。
確固たる目標を見つけた部員たちのモチベーションがあがることは明白であった。
僕たちはまだ1年生だ、次の夏その次の夏もある。
そう思うと、今日ここで負けたことは必ず糧になると確信できた。
「鬼塚、どこか痛めた場所は無いか?」
隣の席に座る鬼塚に話しかけた。
さっきから黙ったままでずっと窓の外を眺めていた。
「大丈夫だ」
彼は依然として窓の外を見たままだ。
僕の唯一と言っていいほどの心配はこの鬼塚だった。
神谷さんにはハッキリと格の違いを見せられた、あれほど手も足も出ない経験は初めてだろう。
そういう僕も山中さんには捕手として主将として完敗だった。
少しだけへこんでいる。
「なぁ、赤司」
「なんだ?」
「今日の相手、凄かったな」
「あぁ、完敗だな」
「でもよ、今日の負けで確信したことがあるんだ」
「?」
「俺たちはもっと上手くなれる。
もっと、上に行くことができる」
そういう鬼塚はどこか嬉しそうだった。
あの人たちには感謝しないといけないかもしれないな。
なんせ、鬼塚を本気にさせてくれたのだから。
「今日の負けが最後になるように努力しよう」
「おう」
鬼塚の確かな返事と共に僕らは再びこの甲子園に帰ってくる事を誓った。
Side out
甲子園から宿舎に戻りシャワーを浴びるとすぐさま、部員全員でテレビの前に座った。
俺たちの次の試合の勝者は俺たちの準決勝の相手となるからだ。
しかも、その対戦する2校のうちひとつは『聖王高校』、つまりこの試合聖王が勝てば俺は神鳥との再戦を果たすことができる。
「さて、どっちが次の相手かね」
隣に座っている淳が声を出した。
それもそのはず聖王の相手は今大会優勝候補に上げられるほどの強豪校。
その大きな理由に今、甲子園のマウンドに立っている左投げのエースがいることだった。
テレビを一番前で見ていた丸川が部屋の隅でスコアブックを見ている北川に聞いた。
「北の豪腕ね……沙希ちゃん、こいつの最速ってどんくらい?」
北海道代表のその強豪校のエースは『北の豪腕』という異名で紹介された。
なんともストレートが速いという話だが何キロかは俺も知らない。
「153キロ、今大会出した最速で言えば神谷君より早いよ」
北川の言葉に部員たちがざわつく、左の150キロ越えなんてそうそうお目にかかれるもんじゃない。
このピッチャーそんなに凄かったのか。
「150オーバーの左腕と高校野球界を代表する4番の対決や、ゆっくり見させてもらおうやないか」
淳の言葉はもっともだった。
さすがの神鳥でも150キロ左腕は苦戦するはず、再戦を熱望する俺としては妙な胸騒ぎがした。
勝てよ、神鳥。
Side 神鳥 哲也
この試合に勝てば神谷との再戦が叶うと思うとワクワクして仕方なかったが、久木監督やエースの石井に『足元すくわれるなよ』と言われた。
僕としたことが……まずは目の前の相手に集中しよう。
相手エースのマウンドでの投球練習をじっと眺める。
しなやかな左腕から放たれるストレートは速く重そうだと、感じさせるには十分な威力をしていた。
さすが今大会№1サウスポー、噂では神谷以上に評価しているプロの球団もあるとか。
今回の相手は久しぶりに楽しめそうだ、神谷と再戦する前の前哨戦としては最高の相手だ。
試合開始を告げるサイレンが響く中、先頭の打者が打席へと入った。
その初球のストレートの電光掲示板の表示は『150km/h』、初回からエンジン全開か……
先頭打者は2球目のストレートを打ち上げ、力の無いセカンドフライに倒れた。
さて……どうやって、この左腕を攻略しようか。
Side out
雨が降り始めたのは夕食を終え、宿舎の部屋でベッドに寝転がりゆっくりしている時だった。
徐々に強くなるその雨がいつまで続くか気になったので部屋のテレビをつけた。
どうやら、この雨は明日の午後まで降るらしい。
「これは明日の試合は中止だな」
同室の関本がテレビを見て呟いた。
まぁ、ここまで順調に日程は消化されているから一日の順延くらい問題は無いが、明日の試合は楽しみにしていたので少しだけ残念だった。
神鳥率いる聖王高校は、10対0でプロ注目の左腕を打ち砕き準決勝進出を決めた。
試合前、神鳥を相手に「絶対に逃げません」と話していた左腕は神鳥に3打席連続ホームランをくらい沈んだ。
その後も一方的に攻められ粉砕された。
強いという言葉以外に見つからない圧倒的な勝利だった。
「お前の肩を休められると思えば、いい休暇になりそうだな」
関本はそう言い残し部屋を出て行った。
この雨だと明日の練習は屋内で軽い調整となるだろう、出なくても大丈夫かな?
あることを思いついた俺はまずは加持先生の許可が必要と思い部屋を出た。




