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夏空  作者:
第3章
71/94

第71話 4番と勝負しよう

「ボールスリー!!」


 高めに抜けたストレートを審判がボールと判定した。

 キャッチャーである赤司からのボールを受け取った鬼塚は手荒く捕球すると、苛立ちを表現するかのようにマウンドの土を蹴った。


 今のカウントは3-0ノーストライクスリーボール制球力(コントロール)がいい鬼塚にしては珍しくストライクが入らない。

 高めに抜ける球が多く、(りき)みが上手くとれないようだった。

 それを見かねた赤司がタイムをかけて鬼塚に近寄った。


Side 赤司 翔太郎


「肩に力が入ってるぞ」


「わぁーってるよ!」


 鬼塚の声は酷く荒れている、彼が平常心を失っている事は誰の目で見ても明らかだ。

 今この状態で神谷さんと対戦するのはあまりにも危険すぎる、エースとはいえ春の王者の3番を打つ打者だ。

 普通の強豪校なら4番を打ってもおかしくない。


「間をとりに来たのならもう充分だろ、早く戻れよ!」


 頭に血が上って冷静さを失うのは鬼塚の悪いクセだ。

 しかし、高校に上がってからは自信をつけたことでそのクセが表に出ることは少なくなった。

 それでも今、彼がこれほどまでに冷静さを失いつつあるのは少なからず理由の察しはついていた。


神谷(むこう)に手を抜かれていることがそんなにショックか?」


「気付いてのか……?」


「チームメート全員が気付いている」


 そう、向こうのエースは力を温存している。

 自分たちは確かに一年しかいない、でも強豪校へ行けば一年から試合に出る自信はある奴らばかりだ。

 ドリームチームを作るために全国集まった才能たちを持ってしてもそれを手玉にとる。


 仮にも『天才』と呼ばれた自分たちと『彼ら』との間にある埋める事の出来ない圧倒的差を薄々全員が感じていた。

 一点でも取られれば取り返すことは不可能に近い、そんな考えが頭をよぎる。

 それはエースである鬼塚だって例外ではない。


「鬼塚、提案がある」


「なんだよ?」


「4番と勝負しよう」


 その言葉に鬼塚は驚いた様子で目を見開いた。


「本気か? 試合前あれほどストライクは投げるなって言ってたのに」


「本気だ、ここで4番を打ち取ればウチに流れが一気に傾く」


 鬼塚は相手が大きくなればなるほど力を発揮する節がある、その可能性と潜在能力に賭けようと思った。

 彼は口端少しつり上げ、子供のような輝いた目で言った。


「絶対に抑えてやるよ」


 その自信に満ちた言葉は鬼塚が冷静さを取り戻した事を意味していた。


 Side out





 マウンドから帰ってきた赤司が立ちあがったままミットを構えた。

 敬遠をすることは明らかだが、次の打者が4番の淳である事を考えれば正常な判断とは思えない。

 ミットを構える赤司に言葉を投げかけた。


「本気か?」


「本気ですよ、僕は鬼塚の力を信じます」


 その言葉に迷いは無く、真っすぐな言葉だった。

 俺は鬼塚の投げたボールを打席から眺めることしかできなかった。


「フォアボール!」


 審判の声と同時にバットを置き、一塁へと駆け足で走る。

 横目で自分のベンチに目をやると、淳が素振りをしていた。

 一塁につき加地先生に視線を移す、彼は静かに頷いた、『4番に任す』という意味だろう。


 サインはなしで小細工なしの4番とエースの対決、すでに塁に出てしまった俺にはこの勝負を見つめることしかできない、セーフティと思える距離でリードをして打席に入る淳を見つめた。


 ――頼むぜ、キャプテン



Side 山中 淳


 打席から見る、鬼塚に迷いはみられない。

 さっきまであたふたしとったのに……功の敬遠で吹っ切れたようやな。

 バットを構えてモーションに入る鬼塚のボールに集中する。

放たれたボールは想定していたよりも速い。


「ストライク!」


 外角ギリギリか……けど今のボール。

 電光掲示板に目をやるとそこには『145km/hとの表示』速度は鬼塚が功が打者の時に出した最速と同じだが。

 明らかにボールの質が違う。


 もしや、よからぬもんを引き出しもうたか?


 二球目はインコース低めに外れてボール、見切ったというよりかは手が出なかったの方が正しいと言えると思う。

 正直、今ここにスローカーブ混ぜて緩急使われたらワイは打てへんやろう。

 それほどまでに鬼塚のボールのキレは増してきている。


「さて、どーするかな……」


 試合は終盤、この均衡した展開を崩すには絶好の機会、しかし、覚醒しつつある目の前の『天才』から打てるという自信は無い。

 

 集中するんや……集中!


 自分にそう言い聞かせ鬼塚と三度対峙する。

 頭の雑音は消えつつあった、ただひたすらに『来た球を打つ』それだけが頭を身体を支配しつつある。

 

 3球目はスローカーブ、それと気付いた時にバットを出してしまっていた。

 低めのボール球となるスローカーブに手を出し空振り。

 これでカウント1-2ワンボールツーストライク、これだけの緩急相手に追い込まれると打つのは厳しい。

 しかし、不思議と焦りは無かった。


 感情の起伏は無く、周りの音や景色はすべて目に入ってこない。

 この不思議な感覚は一体なんやろか?

 頭によぎった一瞬の疑念は鬼塚がセットポジションに入ったことで消された。


 今、ある事はただ一つ。


 ――打てる


Side out


 Side 赤司 翔太郎


 遊び球は要らない。

 そう確信できるほど鬼塚のストレートはノリに乗っている。

 これならいける!


 そう確信し勝負の4球目はストレートのサイン。

 相手の頭にはさっき空振りしたスローカーブの残像が残っているはず。

 ボールを引きつけて打つ確率が高い。


 ならば、投げるコースはインコースの胸元しかない。

 そのコースにミットを構えると鬼塚は力強く頷いた。

 考えていることは同じ、あとは鬼塚がこの勝負所で最高のボールが投げられるかどうか。


 セットに入った鬼塚の顔に緊張感が増す。

 心配はいらない、彼は重圧(プレッシャー)には強い。

 足を上げ鞭のようにしなった腕から放たれたボールは構えるミットへ真っすぐ来た。

 それに反応する4番、しかしこのタイミングで振っても遅い。

 

――打ちとった!


 そう確信したとき、甲子園に痛烈な金属音が響いた。


 Side out


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