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夏空  作者:
第3章
70/94

第70話 夢のまた夢だ

 6回の福岡学院の攻撃は三者凡退に抑えた、開成(うち)の攻撃を迎える直前円陣をベンチの前で組んでいた。

 中心には加地先生が立っている、腕を組み、いつも試合中無表情の表情は珍しく険しい。

 理由は全員が分かっていた。


 ここまで打線は鬼塚の緩急、赤司のリードに上手く打ち取られていた。

 足で揺さぶりをかけようにも、ここまで1、2番の関本、桜井は封じ込まれ、3番の俺も一打席以降完璧に抑えられている。

 加えて、打線の核である、4、5番である、淳と丸川は勝負を避けられている。

 多分、福岡学院から見れば自分たちが点をとれていないこと以外はほぼ思い描いた通りの試合展開のはずだ。

 

 円陣を組んだ部員にただよう重い空気を加地先生の言葉が切り裂いた。


「戦術的なことを今さら言うつもりはない。

ただ、あの程度の投手で苦戦しているようでは夏の頂点なんて夢のまた夢だ」


 あの程度と加地先生はバッサリ切ったが、制球力と緩急自在のピッチングの完成度はとても高1とは思えないほどのモノなんだと思うんだけどなぁ……きっと、気を引き締めるために言ってるんだと思いたい。


「しまっていこう」


 加地先生の言葉に部員の目の色が変わった。

 確かにあんだけのこと言われたら気合が入るわな。

 相変わらず、選手を乗せるのが上手い。


 この攻撃は1番の関本から始まる好打順、関本はヘルメットを被ると自身のバットを手に取った。


「関本! 頼むぜ」


 俺の言葉に関本は小さくなずくとゆっくりと打席にへと歩き始めた。

 打席にへと入る前、軽く素振りをし打席の土を軽く均し足場を固定する。

 鬼塚と対峙した関本がバットを構える、少し寝かし気味で小刻みにバットを動かすことで力みを抜く。

 いつもと変わらない先頭打者らしい打率(アベレージ)重視のフォームだ。


 しかし、いつもより一握りバットを短く関本は持っていた。

 コンパクトに振りぬく事で確実性を上げるつもりか。


Side 関本 陽一


 両打ち(スイッチヒッター)の俺は右投げの鬼塚に対し左打席に入った。

 ここまでの打席はいずれも内野ゴロを打たせれている。

 そろそろ、目が慣れて来たころだ……狙って行くか。


 赤司からのサインを確認した鬼塚の初球は内角低め(インロー)のストレート。

 主審の手があがり、ストライクのコール。

 鬼塚は初回から手を出してもヒットは確率的にあまり望めないコースに初球から決めてくる、スローカーブにしてもストライクかボールかどうかのギリギリに投げ込むなど見た目以上に制球力(コントロール)がいい。


 やっかいだ……これなら150キロ超のボールを甘いコースに投げ込む投手の方がまだ攻略はしやすい。

 四球(ファーボール)も甘いボールも期待できないのなら……取るべき手段は一つしかない!


Side out


 


「神谷君、座っておきなよ」


 北川が俺にそう言った。

 次のネクスト打者である俺はベンチの前の方で関本の打席を見ていた。

 彼女の言葉は投手である俺の体力を心配してだろう。


「大丈夫、対して疲れてないし」


「ダメだよ、このままいくと延長戦の可能性もあるんだから」


 ベンチで試合中ずっとつけている、スコアもそっちのけで北川は言ってきた。

 心配性だな、北川は……


 北川の助言で一応、ベンチに座ろうとしたときだった。


 ―-キーン!!


 痛烈な金属音が甲子園響いた。

 顔をあげると打球がセンターに転がっている。

 それを拾い上げたセンターは内野へとボールを返した。


 2球目を打つというのは、基本的にボールを待つ関本にしては珍しい。

 制球力(コントロール)のいい、鬼塚に対して積極的に行くしかないと判断してのことだろう。

 だからといって、そんな簡単にヒットが打てるというわけじゃないんだが。


 続く二番の桜井には送りバントのサインがベンチの加地先生から出た。

 桜井は始めからバントの構えで打席に立った、鬼塚の投球が始まると同時に一塁手と三塁手が距離を詰めてくる。


 典型的なバントシフト、しかも関本を二塁で刺し、ゲッツーをとるつもりのようだ。

 セオリーである一塁線に転がせばアウトになるが桜井は冷静に投手である鬼塚の前にバントした。

 キャッチャーに捕られない、程度に勢いを殺した絶妙なバントだ。


「ファースト!」


 キャッチャーの赤司の指示が甲子園に響く、それを聞いた鬼塚はボールを捕球し一塁へ。

 一塁審判がアウトのデスチャ―をした。

 これで一死(ワンアウト)二塁、開成(うち)にとっては久しぶりのチャンスだ。


 自分はこのチームのエースだが3番というクリーンナップを任せられている以上、このチャンスはものにする必要があった。

 自身が入る左のバッターボックスの足場を軽く均す。

 バットを構え静かに鬼塚と対峙した。

 彼の表情からは気負い過ぎるほどの気合が感じられる、絶対に抑えてやるとそう表情が言っている。

 

 (りき)むとボールは走らないぞ。


 鬼塚が赤司のサインを確認し足を上げた。


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