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夏空  作者:
第3章
69/94

第69話 これは挑発だ


 二死(ツーアウト)で初回の打席は3番の俺に回ってきた。

 うちの1、2番コンビである、関本と桜井は両方とも内野ゴロに打ち取られた。

 打球が内野手の正面に飛ぶのはキャッチャーである赤司のリードと鬼塚の制球力のせいだろう。


 鬼塚のストレートは最速で140キロの中盤、全国クラスのストレートだが格段に速いと言うわけではない。

 問題は鬼塚の持ち球である100キロを下回るスローカーブ、緩急を使ったピッチングは上手いと言うしかない。


 赤司のサインを確認し鬼塚がフォームに入った。

 初球はインコース低めのストレート、バットを出してみたが予想以上の球威でバットが押しこまれバックネットに飛んだ。


「ファール!!」


 新しいボールを受け取った鬼塚は苛立ちを見せた。

 スコアボードに眼をやると今のストレートの球速は145キロ、鬼塚の最速に近いボールだったようだ。

 本人からすればさしずめ『空振りが奪えて当然』と言った所か。


Side 藤井 高志

 

 二球目は外角高めに外れてボール。

 鬼塚君は明らかに力んでいる。 


「鬼塚君も流石に神谷君とあって力が入ってますね」


 同じくバックネット裏の席で見ていた飯塚が言った。


「違うな、これは挑発だ」


「どうゆうことですか?」


「本気を出せと言う、福岡学院バッテリーのメッセージだ」


 おそらく、鬼塚君らが見たいのは神谷君の全力のピッチング。

 今まで神谷君が甲子園で見せたピッチングは打たせて取る、投球のみ。

 ある者はスタイルが変わったと言う。


 しかし、実力があるものが見ればそれは神谷君の本質のピッチングから遠い事は見抜けるだろう。

 それが見抜ける福岡学院のバッテリーはもしかすると予想以上に高いレベルに居るのかもしれない。


「相手は甲子園のベスト8ですよ。

いくら神谷君でも相手をコントロールする今までもピッチングが通用するとは思えません」


「それは現場の人間が判断することだ」


「一年生と言えど、天才と言われる選手が揃ってるんですよ」


「天才ってのは凡人には無い何かを持った人(・・・・・・・)だ。

完全に逸脱した怪物には遠く及ばないよ」


 飯塚は言葉の意味が分からないと言ったように首をかしげている。

 言葉のやりとりを終え、グラウンドを凝視した。

 マウンドからバッターまでの18.44メートルで交わされるボールでの会話。


 鬼塚君の挑発に神谷君はどうゆう返答をするのだろうか?


Side out





Side 山中 淳


 3球目は外角低め(アウトロー)にストレートでストライク、これまた140キロを超えた。

 完全に功を煽っとる、次の回からのピッチングに影響が無ければいいねんけど。


「功! よく見てけよ!」


 ネクストから声をかけてみたが、功の耳には届いてなさそうやった。

 ワイがリードするならここらでスローカーブを一球見せる。

 運が良けりゃ、功が手を出して打ち取れる。


 カウント1-2で功が追いこまれてる。

 勝負の5球目はスローカーブだった、ネクストは横から見れば投げた瞬間にそうと分かるが打席の功にはおそらく分かってない。


 タイミングが完全に外された……


 ――キーン!


 功が放った打球は左中間を抜けていく。

 身体の反応だけで打ちおった……なんちゅう勘やねん。


 功は悠々と二塁へ、兎にも角にも先制のチャンスや。


「しゃ!」


 自分に一括しゆっくりと打席に入った。

 右打席の土を均し、鬼塚に目をやる。

 異変に気付いたのは甲子園の歓声がどよめきに変わったから、捕手の赤司に目をやると立ちあがっていた。


Side out



 敬遠か……確かにうちの打線の中で淳はもっとも警戒すべき打者だ。

 しかし、まだ初回と言う事を考えれば敬遠と言う事はすこし過剰すぎる気もしない事は無い。

 つまり、この試合で淳は一度も勝負をしてもらえない可能性もあると言うことだ。


 勝負を避けられた淳はゆっくりと一塁に歩きだした。

 これで1塁と2塁が埋まった、打席には5番の丸川。

 しかし、赤司は再び立ちあがった。


 まさか、丸川も敬遠して塁を埋めるつもりか。

 得点力の高い2人の勝負を避ければ開成の得点力は半分になったと言ってもいい。

 勝つためには手段を選ばないって感じだな。


 こりゃ、先制点をやるわけにはいかなそうだ。


















Side 斎藤 舞


 初回の満塁のチャンスも6番の2年生の子が三振に終わり無得点。

 応援に来ていたアルプスも少し盛り下がり気味。


「クリーンナップは避けられてるね」


 この夏の日差しの中、愛は変わらず元気だ。


「まぁ、仕方ないわな。

山中と丸川でチームの得点の半分以上上げてるわけやし」


 飛鳥も愛と同じように顔色一つ変えずに試合を見ている。

 運動部の2人は暑さに慣れてるかもしれないけどあたしにこの夏の日差しは少し強すぎる。

 暑い日差し、熱のこもった声援とは裏腹に試合は0対0の投手戦になりこう着状態になった。


 一つのミスが許されない緊迫の試合は6回に突入した。


Side out

 

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