第68話 格の違いを見せつけて来い
ベスト8、つまり準々決勝以降は再度抽選で対戦相手が決まる。
俺たちの相手は初出場にして快進撃を続ける、福岡学院となった。
エース鬼塚はここまで4失点と安定感抜群、打線もチーム打率3割を超えるなど悪くない。
とても、オール一年生のチームとは思えない戦いぶりだった。
「報告は以上です」
ちなみに今はチームでミーティング中、北川が話し終えたんだが……また聞いてなかった。
北川の後ろで座っていた、加地先生が立ち上がった。
「特別なことはしなくていい、いつも通りの野球をしろ。
以上だ」
こうして、ミーティングは終わった。
しかし、
「神谷と山中はここに残れ」
加地先生の前に並ぶ俺と淳。
前の試合は完封したし、怒られる様なことをした記憶がない。
なんだろう?
「お前ら二人には、明日の試合に関して別の指示を与えておく」
「「はい?」」
淳と声がはもったじゃねーか。
「格の違いを見せつけて来い」
不敵にそして、自信に満ちた表情に加地先生は笑った。
試合当日、天候は雲一つない快晴、ベンチで試合を待つ俺たちの頭上には青い空が広がっていた。
相手のベンチでは赤司が中心となり円陣を組んでいた、試合前の最後の確認と言った所か。
それに比べうちは……
「おい、関本。
俺様のアクエリ見なかったか?」
丸川が自分の愛用の水筒に入ったアクエリを探していた。
「知らないな」
「あ! 貴様その右手に持っているものはなんだ!?」
「……気付かない貴様が悪い」
「てめぇとはここで決着つけてやる!」
「2人とも試合前ですよ!」
桜井が仲裁に入った。
……緊張感のかけらも無いな。
「功、サインはいつも通りでええな?」
淳がベンチに座り足のプロテクターをつけながら言った。
毎度思うがそんな、暑苦しい物を着てよく野球が出来るな。
「おー、いつも通りで」
俺の言葉に淳は小さく頷くと。
「しっかし、『平成の黄金世代』ねぇ……あれだけの選手が集まったもんやな」
「最強チーム作るんだから声かけたんだろ」
「でも、声をかけたわけでもないのにワイとお前は同じチームにおる」
淳は嬉しそうに口端を吊り上げた。
確かに淳の言うことにも一理ある、偶然と呼ぶにはあまりに出来すぎた奇跡。
こうゆうのを運命と言うのだろうか……
「まぁ、楽しんでこーぜ」
淳にそして自分に言い聞かせるように呟いた。
Side 前川 千拡
やりたいことや急いでいる時に限ってハプニングは起こる。
開成と九州学院との試合開始までには今日の分の撮影は終わるはずだったのに、機械の故障で予定の時間を大幅に過ぎて撮影は終了した。
時間通りにスケジュールが進まないことはよくあることだか、今日だけはやめてほしかった。
タクシーを捕まえて甲子園へと向かった。
携帯で試合の途中経過を見る事を出来たけど、自分の目で直接見るまでは試合に関する全ての情報をカットするつもりでいた。
甲子園にタクシーがついた、運転手に料金を渡し飛び出した。
無料の外野席でもよかったけど、どうせならアルプスで見たいと思い、開成側のアルプス席のチケットを買い、入口の階段を駆け上がる。
歓声が大きくなる、どっちの攻撃? もしかして神谷が打たれた?
心臓の鼓動が大きくなる、今回の甲子園の神谷の投げている試合は全てチェックしている。
ピンチの度に毎回ハラハラして見ている、今回の相手は今までの相手とは違う。
大会が始まるまではあのオール一年生のチームがベスト8まで勝ち上がるなんて思っても無かった。
あんな、人を小馬鹿にするような一年生には神谷は打たれないと信じてる。
でも、もし打たれたら? ましてや負けてしまったら?
ううん、神谷が負けるわけ無い。
なんたって、私が惚れた男だもん。
階段を上がりきった、そこには黒土の内野に天然芝の外野、炎天下の甲子園が広がっていた。
状況は1回の表、福岡学院の攻撃、バッターボックスには4番の鬼塚が入った。
Side out
さて、どーしたもんか。
あっさり二死を取ったのはいいが、3番の赤司に左中間を破る二塁打を打たれてしまった。
コースは悪くなかったから、打った彼を誉めるしかない。
得点圏にランナーを背負い、相手は福岡学院のエースで4番、鬼塚。
初回から試合の流れを左右しかねない大事な局面だ。
取られた点は取り返せばいいだけの話だが、先制されるのは個人的にも気分のいい話ではない。
淳の初球のサインはカットボール。
外角に低めに構えることからさしずめ、様子見と言った所か。
「ストライク!」
投げたボールは外角低めにキレイに決まった。
藤井さんとの特訓のお陰で全力の真っすぐ以外はほとんど狙った場所に投げれるようになった俺にはストライクを取りにいく事は簡単なんだが……
「いいボール、来とんで!」
淳がいつもより間をおいてからボールを返してきた。
あいつの事だ、俺が思っている違和感にも気付いているだろう、むしろ淳の方が打者の気配を察する能力は遥かに発達しているわけだし。
俺が感じた違和感、それは鬼塚がボールに対し何も反応しなかったことだ。
Side 山中 淳
鬼塚のボールの見送り方を見た感じでは、こいつは打つ気配は無い。
いや、厳密にはストレートしか狙っていないと言う感じだ。
せやのに、ストレートに球速の近いカットを見逃したと言う事は初球は変化球とヤマはっとんたんかいな。
こちらを完全に舐めていなければ出来ない行動だ。
天狗になった一年生の鼻をへし折るのは簡単なことや……しかし、それをすれば聖王と当たる前にある程度手の内を晒すことになる。
それだけは阻止しろと加地先生に言われとる。
一体、どーやって格の違い見せつけたらいいねん……
とりあえず、チェンジアップで一回様子を見てみよか。
side out
side 藤井 高志
2球目も鬼塚君が見逃し、開成バッテリーが追い込んだ。
事務所のテレビで見ているので鬼塚君らの表情がよくわかる。
勝負の3球目、神谷君らの選択は低めのチェンジアップ、ボールは緩やかに失速しながら、低めに外れた。
鬼塚君は依然として反応を示さない。
キャッチャーの山中君はボールを神谷君に返すとサインを出すまでの間、鬼塚君を観察している。
サインが決まり、神谷君が投球動作に入った、選んだ4球目は外角低めのストレート。
ピクリと一瞬の反応を示した鬼塚君だったが結局見逃しの三振に倒れた。
おそらくわざと見逃したのだろう。
Side out
ベンチに戻ると淳が話しかけてきた。
「鬼塚のやつ、わざと見逃したな」
「そーだな」
まるで、『そんな、ボールはいつでも打てる』と言わんばかりの見逃しかただった。
どーやら、俺が次の試合のことを考えて省エネで投げていることはお見通しらしい。
長い夏の甲子園は毎試合全力で投げていたら体力がもたない、抜く所は抜かないといけない。
「煽られて力むなよ」
「分かってるよ」
ベンチに座り、冷えたタオルを首からかけた。
甲子園のマウンドに立ち投球練習を続ける鬼塚。
――いい投手だ
素直にそう思った、久しぶりに面白い試合が出来ると勘が告げていた。




