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夏空  作者:
第3章
67/94

第67話 初陣


 Side 藤井 高志


 仕事場のデスクで昨日の甲子園の結果が掲載された新聞を見ていた。


 いよいよ、開幕した夏の甲子園。

 神谷君と神鳥君を筆頭にこれほど役者が揃った大会は珍しい。

 プロ野球関係者が3年生に注目する一方で、世間は福岡学院の鬼塚君と赤司君のバッテリーに注目が集まっていた。

 オール一年生とはいえ、部員は全国から集まった精鋭たち、初戦の相手は有名な古豪だったが、10対0の圧勝で一回戦を突破していた。


「噂では聞いていたが……」


 手元にある、昨日の新聞を見て呟いた。

 見出しは大きく福岡学院を特集していた。

 写真には力投する、鬼塚君の姿。


 少なくとも世間に与えた衝撃(インパクト)今の所(・・・)、今大会№1だろう。


「さて、開成はどうなったかな」

 

 春の王者の初戦だ、相手は甲子園常連校だし実力差は開成が上だが、差は僅かなものだ。

 期待半分、不安半分でデスクの上に置いてある小さなテレビをつけた。


 Side out



 Side 神鳥 哲也


 宿舎の大広間、宿舎に来てから日中の空いてる時間はバットを振っている。

 しかし、今日は広間のテレビで甲子園の試合を見ていた。

 開成高校の初戦だったからだ、試合は7対0で開成リードで最終回二死(ツーアウト)、開成の勝利はほぼ揺ぎ無いものとなっている。


「今日のMaXは147キロか……」


 神谷のストレートの最速は150キロを超える。

 しかし、この試合は出ても140キロの後半、手を抜いているとしか思えない。


「ずいぶんとモデルチェンジしたなぁ、神谷君」


 隣で一緒に試合を見ていた久木監督が言った。


「春とは印象が違いますよね」


「加地の指示なんだろうが……140台のボールでも空振りが奪えて、なおかつムービング系のボールで芯を外し、チェンジアップで緩急をつけて、スライダーでピンチを刈り取る。

どう攻略しようか」


 頭を掻きながら監督は言った。

 春までの神谷は結果だけを見れば圧倒的だが、内容は不安定な時も多く絶対的と言えばそうでなかった。

 しかし、この夏の神谷は相手をコントロールする投球術を身につけている。

 相手を支配し、やがて試合全体を支配してしまうピッチング……こんな投手を打ち崩す方法は一つしかない。


「力でねじ伏せるしかないでしょう」


 僕の力でそして聖王(僕たち)の力でね。


Side out










「どこか痛めたところはない?」


 北川が俺の右腕に巻かれたアイシングを外しながら聞いてきた。

 夕食前の食堂は妙静かだった、今この食堂には俺と北川しか居ない。

 他の部員は各自2組で割り当てられた部屋でゆっくりしてるんだろう。


「ない」


「肩や肘に張りは?」


「ない」


 北川は「相変わらず頑丈だね」と言って、右腕のアイシングを外し終えた。

 さっきほどまで少しうっ血していた、右腕はだるさが残っていた。

 肩を回し血の巡りを確認する、打ち取るピッチングで球数を抑えれたせいもあってかいつもより軽い気がした。


「はい、お茶」


 北川はそう言って、紙コップに入った麦茶を置いた、北川の手にも同様の紙コップがあった。

 食堂でお代わり自由の麦茶だ。


「サンキュ」


 少しだけ口に含んだ。


「そーいや、聖王の初戦明日だな」


「そうだね」


 北川は神妙な顔でお茶を飲んでいた。

 まぁ、兄を応援したいって気持ちもあるだろうし少し複雑か……


「神鳥のことだし大丈夫だろ」


「何が起こるか分かんないのが高校野球だよ?

もし、負けちゃったら……」


「春夏連覇が楽になる……とか?」


「本気でそう思ってる?」


 北川の顔が険しくなる。

 春夏連覇という観点から見れば聖王がこけてくれるのはありがたい。

 しかし、それは俺が求めていたものと違う。


「まさか……神鳥との再戦以外今は興味がない」


「絶対に勝とうね」


 北川は笑顔でそう言った。














 次の日、俺は熱戦の繰り広げられている甲子園へと来ていた。

 今日は宿舎のテレビで聖王高校の初戦を見る予定だったのに……


「遅い!」


 腕を組んで機嫌がご立腹なのは、蒼い瞳を持った少女、前川千紘。


「試合はまだだろ」


「いいから行くよ!」


 人込みをかき分けグイグイ前川は進んでいく、聖王高校の初戦を一緒に見ようと言われたのは昨日の夜。

 めんどうだし、炎天下での試合観戦はしんどいから断るつもりだった。

 しかし、近くで話を聞いていた加地先生が「藤井から出来るだけ相手するように言われてるんだ」の一言で俺の退路は断たれた、丁寧に「監督命令だ」とまで言われた。

 藤井さんと加地先生のパイプを使うとは……この女、なかなかの猛者だ。


「日焼け止塗ってきたか?」


「当たり前でしょ、仕事に影響するんだから」


 甲子園の外野席は無料で入れる、その代わり自由席なので座れるかどうかは運によるところが大きいし、日差しがモロに照りつけるのでタオルや帽子などの日避けグッズは必須アイテムだ。

 2人で外野席に座った、快晴の日差しで暖められた座席はケツが一瞬火傷するかと思うほど熱い。


「あつぅ!」


 前川が吠えた。

 ……暴れないでくれ。




 外野席から甲子園を見るのは中学校の時に舞と来た以来だ。

 上から見下ろすその景色は壮観の一言に尽きる。


「神谷はさぁ、甲子園とか見に来た事あるの?」


「もちろん、地元だからな」


「友達とかと?」


「前に来た時は、幼馴染と来た」


Side 前川 千紘


 幼馴染!?

 いえ、落ち着いて、まだ女と決まったわけじゃないわ。

 男だって可能性も……


「その幼馴染は女の子?」


「そうだけど?」


 異性の幼馴染だなんて羨ましい……しかも、神谷とだなんて。

 この夏が終われば、神谷と会うことはほぼ無くなる。

 高校を卒業すれば私は今の仕事に専念すると決めている。


 ――神谷はどうするんだろう?


 プロ志望届を出せば間違い無く獲得に動く球団があると言うのに……本人は行く気が無いと言うから余計に分からない。

 この世には才能を与えられた人間が居る、その人間たちが多大な努力し人々に夢を与えるのは当然だと思っている。

 人には出来る事と出来ない事があるのだから。


「出てきたな」


 そう呟いた神谷が少し笑ったように見えた。

 グラウンドでは帝羽学園と聖王の選手たちが出てきた。

 春の準優勝校と昨夏の王者の対戦、全国に名の知れ渡った名門校同士の対戦は高校野球ファンを熱くさせるものだ。


「神谷はどっちが勝つと思う?」


「お互いの4番しだいだな」


「あんたの見立てではどっちが上なの?」


「さぁ? 春に比べて夏は打者のレベルが上がるからな。

俺が春に対戦したときの横尾のデータはあてにならん」


 横尾君……帝羽学園の誇る超高校級スラッガー、この夏の注目選手の一人だ。


「まぁ、すぐに正解は分かるさ」


 そう呟いた神谷の声は試合開始のサイレンにかき消された。


Side out












Side 神鳥 哲也


 僕らの夏の甲子園の初陣は12対0の大勝で終わった。

 相手は春の準優勝校だったが今の僕たちの敵ではなかった。

 帝羽学園の4番横尾はうちのエース、石井の前に4打席ノーヒット。


「今日も神鳥は絶好調だな~」


 宿舎へと向かうバスの中、隣に座る石井がのん気に話しかけてきた。


「相手のピッチャーが普通だっただけだよ」


「それでも甲子園に出てくる投手に3安打1ホーマーなんて、絶好調だな」


「かもね」


 神谷は今日の試合を見ただろうか?

 甲子園が始まってから、僕の頭の中には神谷のことしかない、開成と対戦するのが待ち遠しくて仕方ない。

 きっと、僕を熱くさせてくれるに違いない。


 --楽しみだ。






 甲子園の日程は順調に消化されベスト8が出揃った。


Side out


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