第66話 聖地での邂逅
甲子園の抽選日、例年通り一つの会場に49校の代表全てのベンチ入りしている部員が集まってる。
全ての主将が抽選を終わり、本年度の夏の甲子園のトーナメント表は完成していた。
開成の初戦の相手は甲子園常連の強豪校となった。
神鳥のいる聖王高校と当たるのは準々決勝以降となり、聖王高校は初戦がセンバツ準優勝校『帝羽学園』でその後も注目校と当たるなど今大会最激戦のブロックに入ってしまった。
「どーすっかなぁ」
各部員に手渡されたトーナメント表を見て呟いた。
望み通りにいくとは思ってなかったがそれでもうまくいかな過ぎてため息が出そうになる。
「僕と当たるまで負けるなよ」
隣ににいる神鳥がそう言った。
抽選会後、お互いに新聞の取材陣に囲まれ、チームと離れてしまった。
今はお互いに監督の迎え待ち。
「俺より、お前の方がきついだろ」
「今の聖王の敵じゃない」
ほぉ……その自信を少しでも分けてほしいもんだ。
神鳥とは一応中学以来の再開だがグラウンド以外で会ったのは初めてだ、『神童』と呼ばれるにはあまりに普通すぎる雰囲気。
自分の隣に現高校球界最強の打者が居るとは到底思えなかった。
特に会話をするわけでもなく、俺たち二人は無言で迎えを待った。
そのまま神鳥とは何も話さず別れるはずだった。
「すごいツーショット見ちゃった!」
声のする方向を向くとそこには、前川の姿があった。
「なんでお前がここにいやがる!?」
「そりゃ、彼女が今年の夏の甲子園のイメージキャラクターやってるからだよ」
神鳥の説明どうだと言わんばかりに胸を張る前川。
知らなかった、いつの間にそんなことに……
「それにしても神谷はずいぶん仲がいいみたいだね」
「どこが、厄介ごとを運んでくるだけだ」
「人を疫病神みたいに言わないの」
前川は腕を組んでご立腹のようだ。
なぜ機嫌が悪くなる!?
いつも泣きたいのはこっちだつーの。
「ねぇ、神鳥君」
「はい?」
名前を突然呼ばれた神鳥の声は少し固い。
彼は見ていたトーナメント表から視線を外し、前川を見た。
「神谷と当たるまで負けちゃだめだよ。
みんな楽しみにしてるんだから!」
「分かってる」
神鳥はそう短く返事をした。
そして、蒼い瞳を持つ少女は俺の方を見て口を開いた。
「あんたは……適当に頑張りなさい」
期待値低!
そう、心の中で思わずツッコミを入れてしまった。
――応援してあげるから、感謝しなさい。
相変わらずの強気な物言いで彼女は言った。
その後は前川が初めて会う、神鳥に興奮し質問をぶつけていた。
打席に入る時の動作がなんだの守備の時がどうだの、止まらない前川の口と質問に神鳥も少々困惑気味だ。
早く、加地先生来ないかな……
そんなことを考えている時だった。
「わお! 前川千紘じゃん!」
聞きなれない声だった、まだあどけなさの残る声。
下級生か。
「それに『世代最強エース』に『神童』のツーショットとは」
対照的に落ちつきを感じる声だ。
俺たちが振りむと、2人の男が立っていた。
眼鏡をかけて、落ちついた雰囲気をまき散らす男と好戦的な表情をしている男だ。
当然どこかの高校の部員なんだろうが、顔が分からない。
まぁ、俺が顔を覚えてる連中は本当に一部なんだが。
「ねぇ、千紘ちゃん。
後でサイン頂戴よ」
好戦的な表情をした男が前川に馴れ馴れしそうに近づきそう言った。
「人に物を頼む時はもっと、言い方があるんじゃない?
福岡学院の鬼塚君」
「わぉ! 俺のこと知ってんの!?」
鬼塚と呼ばれた男は小さくガッツポーズをしている。
そして、そのまま前川の手を握った。
「気安く触らないで!」
前川は完全に拒否の意思を示しているが鬼塚は引き下がらない。
「そんな固いこと言わずにさぁ、これから甲子園で伝説になる男の手だと思えばいいっしょ?」
「っ!」
鬼塚の手を振り払い、前川は何故か俺の後ろに隠れた。
「なんだよ、『世代最強エース』とやらにはえらく懐いてんじゃん」
右腕を首の後ろに回し鬼塚は俺を見た。
人を見下したその目には自身が伺える。
「鬼塚、やめろ。
そんなことするために甲子園に来たわけじゃないだろ?」
「でもよぉ、赤司。
こんな奴ら俺たちの敵じゃねぇぜ」
「先輩たちの前だ、口を慎め」
赤司と呼ばれた眼鏡をかけた男はゆっくりとこちらに近づいてきた。
鬼塚を視線でなだめると、眼鏡を人差し指で押し上げ口を開いた。
「はじめまして、福岡学院の主将、赤司です。
こちらがエースの鬼塚」
「君たちか……オール一年生の福岡学院の部員は」
神鳥がそう言った。
オール一年生……そう言えばそんなチームがあるとか北川が言ってたような気がするなぁ。
うん、今度からちゃんと話を聞こう。
「まさか、あの『神童』と呼ばれるあなたが知っているとは……嬉しいかぎりです」
「テレビで見たからな」
「なら、鬼塚の言葉も御覚えでしょう。
おれは僕たち福岡学院の総意と受け取ってくれればかまいせん」
テレビを見ていない俺にはサッパリの話だ。
「勢いだけで生き残れるほど甲子園は甘くないぞ」
4回目の甲子園となる神鳥の言葉だ、説得力がある。
「ハハハハ! 『神童』さんは頭が固いようだなぁ!
んなもん、今までのチームが弱すぎたのさ!」
鬼塚は手を叩きながら言った。
挑発ともいえる、鬼塚の態度に赤司が再び釘をさす。
「鬼塚、静かにしてろ」
「へいへーい」
これ以上のやり取りはもめ事になりかねないと判断した赤司は、「これで失礼します」そう言って鬼塚を連れて引き上げようとした。
しかし、鬼塚はそれに応じようとしなかった。
「千紘ちゃん、そこのヘボエース倒したら、俺とデートしてよ!」
鬼塚が俺を指差して言った。
おぉ、すごいボロクソに言われてるぞ。
「ヘボエース? 神谷のどこがヘボなのよ!!」
何故、お前が怒る……
「じゃあ、賭けようか。
俺が神谷から『世代最強』の名を奪い、高校球界最強のエースに変えたら、俺の希望叶えてくれる?」
「望む所よ! あんた如きが神谷に敵うわけ無いわ!」
おいおい、なんで前川がケンカ売ってんだ!?
俺は一言も言ってないのに……
――じゃあね。
鬼塚は笑顔で赤司と共に去って行った、去り際赤司が申し訳なさそうに頭を下げて行くのが見えた。
そして、俺の後ろに隠れていたアイドルは声を張り上げた。
「神谷! あんな奴に負けちゃ駄目だからね!」
「おぉ……分かった」
前川の勢いに少し飲まれた。
「何よ! その気の無い返事は! あんな奴とデートするなんてまっぴらだからね!」
何故か前川の怒りは収まらない、バカにされたのは俺なんだけど……
「でも、どーするんだ?
実際、あの高校は強いぞ」
隣で俺と前川のケンカ(?)を見ていた神鳥が言った。
「まぁーなんとかなるだろ」
「勝つ気はあるの!? もっと、気迫と言うか、覇気と言うか。
そうゆうのがあんたは欠けてんの!」
「なんとかなるさ、見とけ」
右手で前川の頭をくしゃくしゃにした。
「負けたら……承知しないらねっ」
上目遣いで言った、前川が少しだけ可愛いと心が揺れたのは俺と君だけの秘密だ。
「その予定は無い」
笑顔で前川に答えた。
神鳥は俺の緩さに少しため息を漏らした。
――福岡学院の鬼塚と赤司。
強豪が多く全国でも屈指の激戦区である福岡大会を圧倒的な力で勝ち上がり、今年の一年のドリームチームだと知ったのは宿舎に戻り、北川に話を聞いた時だった。
いきさつの全てを北川に話すと。
「調子のって……絶対勝つよ!」
どうして、俺の周りのやつの鼻息が荒いんだろう……
少しだけ頭を抱えた、俺にとっては聖王に勝てるなら別に何番でもいい。
別に誰が今大会№1投手かだなんて興味も無い。
でも、俺と神鳥の間に割って入るって言うなら容赦はしない。
全力で叩き潰すだけだ。




