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夏空  作者:
第3章
65/94

第65話 あの子もやるわね

 

Side 斎藤 舞


 あたしは今ピンチを迎えてるのかもしれない。

 功の家の前でそう思った。

 約3年ぶりに顔を合わした功の母親、結衣さん。

 ショートカットが良く似合い、相変わらずの若造り……


「嫌われてたらどうしよ……」


 晩御飯に呼ばれたのはいいけど、朝に出来事が頭を離れない。

 功が上手く誤魔化していたらいいけど、あの母親相手に功が上手くかわしきれるほど嘘が上手いとは思えない。

 つまり、今日あたしは1人で結衣さんに立ち向かわないと行けない!


「ええい! うだうだするな! 自信を持て!」


 意を決して功の家のインターホンを押した。

 数秒後出て来たのは功だった。


「おう、入れよ」


「おじゃましまーす」


 功の家にこうしてちゃんとした段取りで入るのは久しぶりかもしれない

 いつもは窓から直接入るから……


「舞ちゃん、いらっしゃい」


 結衣さんは笑顔で迎えてくれた。

 ホントは久しぶりの親子の再開を邪魔したくは無かった、でも功が「母さんがどうしてもって言うんだ」と言われ諦めた。

 大方、息子に近づく小娘を見たいと言うところだろうか。


「まだ、出来あがってないの。

功とゆっくりしといて」


 これは好感度を上げるチャンス?


「あたしも手伝います」


「ホント? じゃあ、お願いしようかしら」


 呑気にリビングの椅子に座りテレビを見ている、功を置いてあたしは台所(戦いの場)へと向かった。


「舞ちゃん、この魚さばいてくれないかしら?」


「分かりました」


「へー、上手なのね」


「まぁ、料理は毎日しますから」


 結衣さんは鼻歌交じりに野菜を切り刻んでいく。

 すごい速度……そーいえば管理栄養士の資格か何か持ってたっけ?

 あたしは正直この人の事はよく分からない。


 お母さんは仲がいいけど、あたし自身は正直少し苦手だった。

 掴みどころのない性格の人は結衣さんに関わらず苦手だ。


「功はちゃんとご飯食べてる?」


「え? はい、大丈夫だと思いますよ」


「高校からの事は功から大方聞いたわ。

いつも苦労かけてごめんね」


「あたしの好きでやってるんで大丈夫です」


 そう、自己満足だと言うことは分かってる。

 ホントは功にとって自分は必要ないのかもしれない、1人で居る夜はそんなことが頭をよぎる。

 功が有名になり注目度が上がるのと同時に比例して、自分の醜い感情が大きくなる。


 ――誰にも功を渡したくない。


 心は通じ合ってると信じたい、じゃないと弱いあたしの心はすぐに壊れそうで……


「舞ちゃんには感謝してるわ」


「え?」


 最後の盛り付けをしていた、結衣さんが突如そう言った。

 言葉の意味が分からずあたしは手を止めた。


「あなたが居ないと今の功は無いわ。

そして、その事は(あの子)が一番よくわかってる」


 ――あの子にはあなたが必要なの。


 天使だ、天使が居る。

 あたしの目を真っすぐ見つめ微笑んだ結衣さんは天使そのものだった。


「高校進学時にここに残ったのは功の意思よ。

あなたと離れたくなかったんでしょうね」


「そんなこと……」


 口では否定するけど心は喜びで溢れていた。


「旦那に似て無愛想で、好きだの一言も言えないような子だけど、功のことよろしくね」


「はい! 任してください!」


 自然と声に力が入った。

 だって、必要だと知ったから、結衣さんにそう言ってもらえただけでも、今すぐ踊りだしそうなほど嬉しい。

 そばに居てもいい、そう言われた気がしたから。


Side out




「おぉ、なんか豪勢だな」


 並べられた料理を見て思わず、言ってしまった。

 3人で料理を囲い夕食を食べた。

 とにかく、うまい! 


「功、甲子園はいつからなの?」


「二週間後だよ」


「応援行くからね♪」


「へいへい」


 母さんが言うには一度アメリカ(向こう)に戻らないといけないらしい、その後に応援しに来るそうだ。


「だから、舞ちゃん、功をよろしくね。

ほっとくと何しでかすか分からないから」


 俺は幼稚園児か。


「ですねー、しっかり見張っときます」


 即答!?

 せめてもう少し溜めて欲しかった。

 久しぶりとなる家族の食事は思っていたよりもずっと楽しかった。

 その後も3人で談笑しながら夕食を食べた。


 夕食後、母さんは仕事帰りに現れた舞の母親と飲みに行ってしまった。

 公式戦の次の日と言うこともあって、今日は自主練はしない予定だった、厳密には北川に止められている。

 自室のベットの上で無気力に天井を眺めていた、舞隣でなにやら野球関連の雑誌を見ていた。

 

「功、携帯なってる」


 舞にそう言われ、枕元にあった携帯を見た。

 『山中淳』

 ディスプレイにはその名前が映っていた、携帯を手に取り通話のボタンを押した。
















 次の日、練習の終わり俺は淳と街の病院に来ていた。

 電話越しに淳に『練習後、ついてきて欲しい場所がある』そう言われ、ついてきたが、病院だとは予想していなかった。

 怪我でもしているのか? そんな疑念を抱きながら病院の中を淳の後ろをついて行く。


「こんな所連れてきてなんだよ?」


「会わせたい人がおってな」


 淳はそれ以上口を開かなかった。

 やがて、ある個室の前で淳は足を止めた。

 ノックしてスライド式のドアを開けた。


 中に入ると1人の女性がベッドの上で上半身だけを起こしている状態でいた。

 その人は長い髪を揺らしながらこちらを見る、ニッコリと微笑むと薄い口ぶりで言った。


「初めまして神谷君、淳の母親よ」


「どうも、神谷功です」


 知らなかった、淳の母親が入院しているだなんて。

 事実には驚いたが、2人の様子を見ていると慣れているようにさえ見える。

 入院生活が長いのかもしれない。


「お袋、体調はどない?」


「問題無いわ、今日は淳ちゃんが神谷君を連れてきてくれたわけだし」


 淳は病室に置いてあった花瓶を見つけると、水を代えてくると言って、部屋を出て行った。

 淳の母親と二人で残されてしまったわけだが、何を話そうか……


「淳ちゃんは学校ではどう?」


 淳の母は俺に聞いてきた。


「普通ですね、特に問題は無いかと」


「あの子彼女居るの?

ここじゃそうゆう話になりにくくて」


「いますよ、マネージャーと付き合ってます」


「フフフ、あの子もやるわね」


「そうですね」


 声は小さいけど言葉ひとつひとつはハッキリと聞き取れる。

 意思の強さ、芯の太さを感じされるその雰囲気は淳そのものだった。

 この親して、この子ありか。


 病院からの帰り道、2人で適当なファーストフード店に寄った。

 部活が終わってから何も食べていなかったので、いつもよりも量を多めに頼んだ。

 向かいで座っている淳に俺はどうしても聞きたい事があった。


「なんで、俺を連れ行った?」


「お袋がお前のファンなんや、それで一度会いたいと言ってな」


 淳は肩をすめた、今俺のなかには一つの仮説が生まれている。

 こいつと出会ったときから、じっと疑問に思っていた、どうして淳ほどの選手が公立校に進学したのかと。

 今日、母親が入院している言う、事実から大体の事は想像できた。


「まぁ、ワイが公立に進学したのはお前が察するとおりや」


「野球はどこでもできるしな」


「まぁな。

でも、お袋は甲子園を狙える私立に進学させることが出来ないのが自分せいだと自分を責めて一時期体調を悪化させた」


「それで、甲子園を本気で狙うために俺を部活に誘ったと?」


「そうゆうことや。

スマンかったな、ワイのわがままに巻き込んでもうて」


「勘違いすんな、入ったのは俺の意思だ」


 そう、それだけは間違いない。

 淳や北川に勧誘された事がきっかけになったが最終的には自分の意思で決めたことだ。

 淳にどうゆう理由があれ、それは俺にとっては些細なことでしか無い。


「とにかく、ワイの夢は叶ったことや」


「そいつは、よかったな」


「今度はお前の番やろ?」


 淳が不敵に笑った。

 そうだ、俺はとうとう辿り着いたんだ。

 淳に言われて初めて気付いた。


 甲子園の日程が決まれば神鳥と当たる明確な日付が分かる。

 もしかすると一回戦で当たるかもしれない、それはそれで面白いかもな。

 兎にも角にも、全ては抽選を引く淳の右腕にかかっている。

 武者震いがする、これほど大会が待ち遠しいのは初めてのことだ。


「まぁ、見とけ」


 焦る気持ちを抑えるように呟いた。










 待ち遠しい、2週間が過ぎとうとう甲子園が開幕した。

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