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夏空  作者:
第3章
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第61話 俺でよければ

 なぜか眠れない夜だった、一時は止んでいた雨が降る音が聞こえる。

 普段は静寂な夜に響く雨音、どこか切なさを感じさせるリズムと音が俺の睡眠を妨害してるのかもしれない。


 ブ―ブ―


 携帯が鳴った。

 携帯を誰だよこんな時間に……


『今から、そっちの部屋に行くから』


 差出人は向かいの部屋で寝ている女の子だった。

 この文章の意味が俺によく分から……


「こうゆう意味よ」


 顔を上げるとうっすらと前川の顔が見えた。

 暗闇に目が慣れていたらしい、携帯の明かりを消しても彼女の顔はなんとか認識する事が出来た。


「人の部屋に入ってきて何の用だ?」


「少し話をしてあげようと思って」


「無用だ、出て行ってもらおうか」


「んな! なんであんたはいつもそうなの!?」


 急に怒鳴られて俺は思わず萎縮してしまった。


「わたしの気持ちも知らないで……」


「いや……んなこと言われても……」


「ちょっと、そっち行って」


「はい?」


 ――いいから!

 彼女は力づくで俺をベッドの端に追いやると、何食わぬ顔で入ってきた。

 おい、ちょっと待て、なんだこの状況は?


「なんで人のベッドに勝手に入ってきてんだ!?」


「う、うるさい!

私と一緒の空間に居れるんだから少しは嬉しそうにしなさい!」


「知るか、俺は向こうの部屋で寝る」


 布団をめくり、ベッドから脱出し床に足をついた時だった。


「ま、待って!」


 腕を彼女に掴まれた。

 振り向くと、顔を伏せて小さく震える彼女がいた。

 気まずい……なんだこの空気?


「家に泊めろとかいう時点でおかしいとは思ったけど……どーしたんだよ?」


 彼女は俯いたまま答えた。


「……眠れないの……」


 外の雨音にかき消されそうなほど小さな声だった。

 俺はため息をつきながら頭を掻いた。

 

 ――無視するわけにもいかないか。


 彼女の手を振り払い、ベッドを出る前の位置に何も言わずに戻った。

 多分、不思議そうな眼で見ているあろう前川に背を向け、腕を枕にしてベッドに横たわった。

 俺の方が壁側になるので目の前は壁だ。


 あれ? これって俺逃げれなくね?







 雨の音だけが部屋に響いている、前川と向かい合わせの背中からはほんのり熱が伝わってくる。

 本当なら聞こえるはずの吐息も窓に当たる雨の音が強すぎて聞こえない、だから彼女がすでに眠りについているかどうかは分からない。


「ねぇ、まだ起きてる?」


 彼女は起きているようだった、質問に答えず俺は寝たふりをした。


「最近ね、自分を見失いそうになるの」


「……」


「周りの人たちから色々言われて……必死に努力しても表舞台の私しか見ない人は容赦ない罵声を口にする」


 雨音に混じり小さな嗚咽が聞こえる。

 嫌ならやめればいいと言う人もいるだろう、しかし、少なくとも俺はそうは思わなかった。

 彼女なりの夢があるからこそ歩みを止めることは出来ない、俺が神鳥と再戦するまで進み続けるように。


「ごめんね……迷惑……だよね」


「そんなことはないよ」


「え?」


 驚きと疑念の混じった声だった。

 

「割り来たってツライものはツライさ。

きっと、人ってどこかに逃げ場を作らないと壊れるんだと思う」


 神鳥を一時再起不能した俺も当時は周りから色々言われた。

 『あれは故意にやった』『絶対に狙って投げた』


 つらくて自分の殻に閉じこもった、その後に迎えた中3の冬は自暴自棄になって全てに無気力だった。

 でも、舞だけは変わらず接してくれた、今の俺があるのは舞のお陰だと思ってる。


「じゃあ、私の逃げ場になってくれる……?」


 雨音にかき消されそうな震える声で言った申し出を断る理由なんて、俺には無かった。


「俺でよければ」


 ――ありがとう。

 

 彼女の口から始めて聞いた感謝の言葉。

 心に奥に響くその残響が、自分と彼女が似た者同士だと言うことに気付いたのは夜通しで話しこんだ後だった。










Side 前川 千紘


「おかげで楽しかったわ」


「こっちはいい迷惑だ」


 一泊二日のプチ逃亡は終わろうとしていた。

 私の後ろには、関東行きの電車が停まっている。

 出発まで15分くらい……早く乗らなきゃ行けないのに足が動かない。


 地元に帰ればまた神谷に会えなくなる……彼女でも無いのに何考えてんだが。

 でも、これが私の正直な気持ちなのかも。

 自分をここまでさらけ出したのは彼が初めてかもしれない。


「私を二日独占できたんだから、喜びなさい」


 実は自分がツンデレだと気付いたのは今この瞬間。

 私の口はもう少し、素直になれないのか……


「……向こうでピーピー泣くなよ」


 優しい目で見つめられ少し微笑みながら言った彼に私の顔の温度は急上昇。


「あ、あんたこそ!

夏の予選負けたら承知しないからね!」


 あぁ……私は何言ってんだ。


「応援サンキュ」


 反則だぁ……この笑顔は反則でしょ……


Side out


 目の前の蒼い瞳を持ったアイドルは顔を伏せてしまった。

 下を向いてボソボソ言っているが何も聞こえない。


「電車遅れるぞ」


「え? あ、うん」


 顔を上げ後ろを見て、彼女が一瞬寂そうな顔をしたのは俺の気のせいだと思う。

 俺と前川では住む世界が違いすぎる、俺なんかが本当は関わっちゃいけない人種なんだろうな。

 似た者同士なのに人生どこでどうなるか、分かったもんじゃない。


 再びこちらを向いた彼女は俺との距離を詰めて来た。

 両手で俺の顔を抑えた。

 蒼い瞳が俺を射抜く。


「な、なんだよ?」


「わ、私が応援するんだから負けないでよ!」


 何故か顔が赤い前川に少し気押された。


「お、おう」


 俺の返事を聞くと、彼女は手を離し身体を反転させ駅の改札を走り抜けた。


「メールくらいは返してよね!」


 何故か赤い顔をして笑顔で言う彼女をかわいいと思ったのは俺と君だけの秘密だ。

 俺って……浮気癖でもあるのかなぁ。

 舞以外の女の子の笑顔でときめく日が来るとは……


 ゆっくりと動き出した電車を見つめながら、そう思った。








 休みが明けて、7月が来た。

 長く険しい甲子園の道のりが始まろうとしてた。


 

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