第57話 天井か
Side 北川 沙希
表彰式も終わり夕方の宿舎、優勝の報告をするために携帯を手に取った。
もしかしたら向こうはまだ練習中かもしれない、報告はメールにしておこう。
メールの画面を開き文字を打ってゆくが、買い替えたばかりのスマートフォンは使いにくい。
あ! また打ち間違えた……
お兄ちゃんへのメールに悪戦苦闘しているとドアをノックする音が聞こえた。
「北川先輩、夕食なんで食堂に来て下さい」
1年生部員の声だ。
一個下には、マネージャーはいない、だから私は一人部屋で優雅に泊ってるわけなんだけど。
「おっけー、すぐ行くね」
まだ、途中のメールを保存し携帯をカバンに入れた。
「ウチみたいな、公立校が日本一か……」
入学した時はここまで来るなんて思ってもいなかった。
ちょっと、ドジまぬけなおっちょこちょいのエースは今や全国区の大エースに。
――野球はやめたんだ。
そう言っていた彼の言葉は少し懐かしく感じられた。
食堂につくと優勝したせいか皆やけにテンションが高い。
いつも冷静な淳君もこの日ばかりは、少し興奮しているみたいだった。
でも、1人だけいつもと変わらない奴がいた。
「寝み……」
我がエースはそう言って、端っこの席で頬杖をついている。
なんていう覇気の無さ……あれが本当に春の優勝投手なの?
全国のファンが見たらガッカリね。
「少年、アイシングはちゃんとしたの?」
「ん? あぁ、一応」
「本当にしたんでしょうね?」
「っ! した、したって!」
神谷君は、何か変なモノを感じ取ったらしい。
私の殺気とか? まさかね。
「日本一だね」
「みんなのおかげでな」
「またまた、謙虚だなぁ。
神谷君の力が無きゃここまでこれなかったよ?」
「そうだとしても、北川を含めみんなが居なかったら勝ててない」
「嬉しいこと言ってくれるね」
きっと彼は私たちとは違う、淳君もそうだけど才能を与えられた特別な人たち。
その特別な人たちのさらに上を行く、特異な人……それが神谷君だった。
天に愛されれるほどの才能を持っていながら、妥協を許さないその姿はいつもチームメートの模範となる姿だ。
試合中の彼の後姿に皆は絶対的な信頼を寄せる。
――神谷が打たれたら仕方ない。
それがウチのチーム共通の意識だった。
エースへの絶対的信頼……当の本人は『プレッシャーかけんな』って否定気味だけど。
でも、そんな少しゆるい感じが神谷君らしい。
「それに淳が居なけりゃ野球をしてないし。
あいつじゃないと安心して投げられない」
「淳君に怪我しない様に言っとかないとね」
神谷君と淳君……2人が居れば負けることは無いと信じている。
きっと、お兄ちゃんも抑えれるはず……
Side out
春の甲子園で優勝して一夜、3週間ぶりに我が家に帰った。
入るといきなり愛のタックルをくらった、辛うじて踏ん張ったがマジで転倒するところだった。
リビングでは舞が「祝勝会!」といって料理が並べてあった。
「こうにぃ、今夜はパーティーだよ!」
久しぶりに我が家で寝れると思っていた俺が、このセリフに絶望したのは俺と君だけの秘密だ。
「にしても功が甲子園で優勝しちゃうなんてね」
「さすが、こうにぃって感じだね!」
愛はいつになったら俺の左腕を離してくれるのだろう……何か柔らかいものが当たってるわけで……
「愛、ボチボチ離してくれないか?」
「やだやだ! 今日はこうにぃに甘えるって決めてるんだから」
ぐぅ……何故今日に限って舞は愛を離そうとしないんだ!?
黙々と食べやがって。
「こうにぃの噂すごいよ。
明日から学校でヒーローだね!」
あぁ……俺の平和な高校生活はいずこへ……
「春優勝しちゃって、夏は大丈夫なの?」
飯を口に運びながら舞が言った。
「なにが?」
「夏は研究されるんじゃないの?」
「まぁ、なんとかなんだろ」
夏に向けての課題はハッキリしてるしな。
「そんなことよりさぁ、愛が作ったの食べてよ」
危険物処理だと!?
愛は目を輝かせてえたいの知れない料理を俺の顔に近づけてくる。
罰ゲーム? なんで俺は罰ゲームを受けてんだ?
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「……天井か」
愛の料理の腕に向上は見られなかったとだけ報告しておこう。
リビングのソファーで横になって、俺は寝ていたらしい。
「気分は?」
そう言って舞が水を出してくれた。
受け取り喉を潤す、頭の重みが少しだけとれた気がした。
「愛は?」
「明日、部活だから帰った」
適当に相槌を打って立ちあがった時だった。
視界に映る景色が歪んだ、平衡感覚を失いその場で膝を突く。
「功!?」
心配した舞が近づいてきた。
「大丈夫、多分試合の疲れが出ただけだから」
Side 斎藤 舞
功はそう言って立ちあがった。
「ホントに大丈夫?」
「寝れば疲れなんてすぐに吹っ飛ぶって」
顔色は問題無さそう、でもきっと色々ストレス溜まってたんだろうな。
久しぶりに会えたんだしもうちょっと一緒に居たかったけど……
「どうした?」
気がつくと目の前に功の顔があった。
「ふぇ? な、なんでもない!」
ビックリしたぁ……不意を突くなんて卑怯だ。
どうしよ、なんと言うか……変な衝動が……
「そんなに首を横に振ってどうしたんだ?」
顔に出てた……
Side out
何かを振り切るように舞は首を振っていた。
そのことを指摘すると顔を俯かせたまま、何も言わない。
俺、なんか悪いことしたかな?
「あのさ……今日泊っていっていい?」
頬を少し赤らめながら上目遣いの最強のコンビネーションに俺の理性はぶっ飛んだ。
「お、おう……」
この選択を後悔したのは、次の日の朝だった。