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夏空  作者:
第3章
56/94

第56話 走れ!


 次の打者の横尾が打席の土を均し右打席に入った。

 威圧感たっぷりの構えだ。


 0対0の8回裏、二死(ツーアウト)2塁……ここで点を取られるとこっちが圧倒的に不利になる。

 流れを掴むためにも横尾を抑えることは必須条件だった。

 

 決勝戦ともあって甲子園の会場は満員。

 地鳴りのような歓声が身体の中心まで小さな振動となって響く。

 心臓の鼓動と混じり合い小さな共鳴が生まれる。


 試合開始に感じた春の肌寒さも今は感じない。

 代わりに全身からにじみ出た汗が、そよ風に吹かれる冷たさを感じる。

 試合を決められるかどうかのギリギリの緊張感、この感じが俺はたまらなく好きだ。


「楽しんでこーぜ……」


 自分にそう言い聞かせた。

 淳の初球のサインはストレート、サインに頷きセットポジションに入る。

 二塁ランナーに視線で牽制を入れるが、動く気配は無い。


 そりゃそうだ、自分のチームの4番を信頼するのがチームメートってもんだ。

 俺が同じ立場でも余計なことをせず、4番に全てを託す。

 つまり、とどのつまり俺たちバッテリーと横尾の一騎打ちってことだ。


 視線を打席に居る横尾に戻す、バットの先端を少し前にし構える姿は、貫録たっぷり。

 その威圧感は今まで対戦した中でもトップレベルだ。

 ただし、高校の中(・・・・)でと言う意味だ。


 普段2塁にランナーが居る時よりも高く足を上げた。

 コントロールより球威を優先させたいからだ。

 投げたボールは、淳の構えたインコース低めより少し内へ。


 ――キィィン!


 やばい! 今までの打席で慣れてたか!


 横尾が思いっきり引っ張った打球はレフトのポールへ。

 距離は十分スタンドに届く、入れば痛恨の二点本塁打(ツーランアーチ)だ。


 頼む切れてくれ……


「ファール!!」


 ため息が会場中から聞こえた。

 横尾の放った大飛球はレフトポールの左を過ぎて行った。

 

 危なかった……もう少しでホームランじゃねーか。


Side 山中 淳


「ボールもらえますか?」


 審判の人にそう言って、ボールをもらう。


「良いボール来てんぞ! 腕しっかり振れよ!」


 功にそう言いながらボール投げる。

 マスクをかぶり直し腰を落とし、横尾を観察する。

 ここまでの3打席は、ストレートを中心にスライダー、チェンジアップを織り交ぜて抑えて来た。

 目も慣れて来たやろうし……ここらで投げるか。


Side out


 淳がこの試合で始めて見るサインを出した。

 秋の神宮大会が終わってからオフシーズンに練習した球種の1つだ。

 なんとか実践で使えるレベルまで大会に間に合ったものだ。


 セットポジションに入って、息をゆっくり吐き、身体から余計な力を抜く。

 俺が投げ入れるべき場所に、淳のミットが構えられた。

 インコースの胸元だ、少しでも甘く入れば横尾のパワーならスタンドに運ぶだろう。


 失投は許されない、勝負の1球……俺は足を上げた。


Side 横尾 剛


 神谷の投げたボールはインコースの胸元に来た。

 

 ストレートか……1打席目と同じ配球か! ここまでの打席でのインコース攻めで目離れてるぞ!

 身体が開かない様に左肩を固定する、懐までボールを呼び込み一気にバットを振りぬく!

 バットは最短距離を走りボールへ。

 

 ――もらった!!


Side out


 ――ギィィン!


 さっきに比べるとはるかに鈍い音を立ててボールは、三塁線を切れてファールとなった。

 完璧に捉えたと思った横尾にはさぞ不思議に思えただろう。

 不思議な目で三塁のファールゾーン転がるボールを見つめる横尾。


 俺が投げたのはシュート方向に動くツーシ―ム。

 ボール1個分程度の小さな変化は、打者のバットの芯を外しゴロやポップフライに打ち取る。

 ファールになったのは、横尾の力が他の打者に比べ規格外だったからだろう。


「ナイスボール!」


 そう言って、淳が代わりのボールを投げて来た。

 インコース2球で追い込んだ、カウントは圧倒的にこちらが有利となり、横尾の脳裏にはさっきのツーシ―ムが焼き付いているはず。





Side 山中 淳

 

 観察していた横尾が少しだけホームベースから離れて立った。

 インコースを意識してのことやろう。 

 ツーシ―ムの軌道を見せんのは今の1球で十分やろ。


 ここまで来ればあとは、簡単や。

 功得意のスライダーを外角の逃げる場所に投げさせればしまいや!


Side out



 淳のスライダーのサインを確認しフォームに入る。

 外角低めにストライクからボールになるスライダーに横尾のバットは、空を切った。














「もう最終回か」


「ですね」


 ベンチ前で先頭打者の関本と次打者の桜井がそんな話をしていた。


「ウチのエースの為にもそろそろ点を取らないとな」


 関本がベンチで水を飲む俺の方をチラッと見ながら言った。

 ここまで我が開成が誇る1、2番コンビは完璧に抑えられている、そう言う俺も4打数ノーヒット……つまり、4番である淳の前にランナーが出せずにいる。


「神谷君、とりあえずランナーが居る形で回すんであとはよろしくです」


「期待しとくよ」


 でも、そんな上手いこといくのか?

 正直、相手のエースは相当いい投手だ、淳の前の打者ともなればそう易々と塁にも出さしてくれないだろう。


「功、そんな心配せんでも大丈夫や。

この回で決着(ケリ)つけようや」


 横いた淳がそう言って不敵に笑った。



「フォアボール!」


 審判に1塁をさされ、俺はバットをベンチの方に軽く投げ駆け足で1塁へ向かった。

 先頭の関本がヒットで出塁、2番桜井がバントでランナ―を進めると向こうベンチは俺を敬遠、淳との勝負を選択した。


 会場である甲子園のボルテージは最高潮、ピンチの後にチャンス有りとはよく言ったもんだ。

 ベンチ、スタンドからの歓声を受けて淳が打席に入った。






Side 山中 淳


「ボール!」


 初球はアウトコースのストレートか……さて、どないしょうか。

 相手は右の本格派、キレのいいストレートにオ―バースローにしては珍しいシンカーを投げる。

 ワイなら、インコースのシンカーで併殺打(ゲッツー)狙いにいくけどな。


「ストライク!」


 2球目も外角いっぱいでストレートか、ボチボチインコースに来るかな?

 キャッチャーのサインを受け取った投手の表情に一瞬緊張が走った。

 勝負に来る気か、こっちの狙い球は最初から決めとるけどな。


 相手のエースがランナーに目で牽制を送り足を上げた。

 放たれたボールはインコースへ。


 まだや、まだ打ち始めるな、ワイの読みが正しかったらこのボールはここで曲がるはずや。

 ボールは読み通りシンカーやった。


 ――もらったで!


Side out


 


 ――キーン!


 淳の放った打球は強烈な金属音を残し左中間へ、相手のレフトが猛スピードで打球を追う。

 まずい、ギリギリ届くか!?

 頼む、抜けてくれ。


「功、走れ!」


 打球を打った淳がそう叫びながら1塁へと走っている。

 打った本人しか分からない感触が、『この打球は抜ける』と確信したんだろう。

 淳の言葉を受け、俺はスタートを切った。


 レフトが飛び込んだ、打球が地面に着くのと捕球が先かタイミングは微妙だ。

 誰もが息を飲む中、打球はレフトのグラブの下をすり抜け甲子園独特の広い左中間へと転がっていた。

 その瞬間に沸き上がる歓声、打球を確認した関本がスタートして先制のホームを踏んだ。


 淳の言葉でスタートを切っていた俺もホームイン、関本がハイタッチで俺を迎えた。

 先制点をたたき出した4番は、2塁ベース上で右手を突き上げガッツポーズをとっていた。 

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