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夏空  作者:
第3章
55/94

第55話 もう少しだけです

Side 神鳥 哲也


 甲子園で決勝が行われるその日も

僕が通う聖王高校は、練習に明け暮れていた。


 専用のグラウンドでは、ホーム付近で二カ所に分かれてバッティング練習とその打ったボールを使っての守備練習が行われている。


「休憩をはさむ! 甲子園の決勝が終わるまでだ!」


 久木監督の一言でそれぞれがグラウンドから宿舎へと移動を始めた。

 皆が引き上げる中バックネットの裏で一人素振りを続けた。


「神鳥、みんなもう行っちまったぞ?」


 久木監督は、僕に近づきそう言った。


「もう少しだけです」


 ーーそうか。

 と言うと彼は天を仰ぎ大きく息を吐いた。


「開成と帝羽……どっちが勝つと思う?」


 僕は素振りの手を止めた。


「開成が勝ちます」


「お前は、つくづく神谷にファンだな」


 監督は、呆れたようにそう言った。

 そして、身体を反転させ

 ーー早く来いよ。


 右腕をヒョイと軽く上げそう言って、寮へと行った。


 秋はエースの故障で選抜は出場出来なかったが、今のチーム状態からして夏の選手権は固い。


「今年の夏こそ神谷に会えそうだな」


 そう呟いた自分の身体に一瞬武者震いが走った。

 世間はライバルだとか言っているが神谷との対戦を誰よりも熱望しているのは、間違いなく僕自身だ。


 沸騰するかのように熱くなった血液が回る身体を落ち着かせるために僕は、再びバットを振り始めた。


Side out


 




 試合開始前のベンチ、先攻の開成ウチはミーティングを終え選手それぞれ試合に入る準備をしていた。

 バットやグローブを持ってベンチ前にいる者やベンチの中で水を飲んでいる者、皆それぞれだ。

 俺自身は、ベンチの長椅子に座りボールの感触を確かめていた。


「功、今日はアレ(・・)のサイン出すからな」


 淳は水の入った紙コップを片手にそう言った。

 捕手と言うポジションの性質上、きっと喉が乾きやすいんだろう。

 俺には、あんな重そうな防具をつけて俊敏にはとてもじゃないが動けない。


「りょーかい。

失投したら勘弁な」


「相手は今までの相手とはちゃうぞ、甘い(タマ)は弾き飛ばされるで」


「まぁ、楽しんでいこうぜ」


「ったく……」


 呆れたように淳は息を吐いた。

 紙コップに入った水をグイッと飲み干し、そして。


「前に並べ!」


 淳の太く通る声がベンチに響いた。

 選手は全員、ベンチ前に一列に並んだ、後は審判の人たちが出てくるのを待つだけだ。


「神谷ぁ、今日は外野にも仕事回せよ」


 俺の後ろに並んでいた丸川が話しかけて来た。

 どうやら準決勝で守備時にボールに触っていない事が不満だったらしい。

 試合後の宿舎で軽くボヤかれた。


「安心しな、多分今日の相手は全国で()番目の打者が居る打線だから守備は忙しいぜ」


「2番なら抑える自信満々のクセに何言ってんだが……打たれたら承知しねぇからな」


 ……お前は俺にどうしてほしいんだ?


「まぁ、見とけ」


 会話を終えると審判の人たちが出て来た。

 主審の人が右出を挙げた。


「集合!!」


 主審の人がそう言った。


「いくぞ!」


 主将の淳の声が合図となり全員でベンチから飛び出した。

 相手ベンチからも選手が飛び出し、ホームの場所でお互いに向かい合い整列する。

 俺の目の前には、帝羽学園の4番、横尾が居た。


 目があった。

 ほんの一瞬だけど横尾の気合が伝わってきた。

 横尾だけじゃない、他の選手たちも気合十分という感じだ。

 試合前から鼻息荒すぎだろ……


 そんな選手をよそに主審は声を張り上げる。

 

「ただいまより、開成高校 対 帝羽学園の試合を開始します、礼!!」


「「お願いします!」」


 春の頂点を決める試合が始まった。














Side 藤井 高志


 腕の時計を見た、時刻は14時を回っている。

 13時開始の甲子園の決勝はとても気になる。

 しかし、雑誌の締め切りが近い今、手を止めるわけにもいかん!


 野球関連の雑誌を取り扱っている俺だが、今担当している記事は今年の4月入学予定の新入生について。

 通り名は「平成の黄金世代(ゴールデンエイジ)」中学時代に全国大会2連覇を達成したメンバー全員が地元の新設校に進学。

 そのメンバー以外にも全国から有望な1年生が集まっているとの話だ。


「なんとも私立のやりそうなことだ」


 私立による話題作りの1つに野球に限らずスポーツに力を入れるのはよくあることだ。

 別にそれを否定するするつもりはないし、15歳やそこらの子供が親元を離れてスポーツを通し自分を磨くことは実際大変で苦労も多いと思う。

 しかし、その分得られるものは大きい。


 オール1年生の最強チーム……あの世代は中学から有望な選手が多く10年に一度の豊作と言われていた。

 普通に考えれば今後3年間は、間違い無く高校野球界の中心になるだろう。

 史上2校目の夏の3連覇だって夢じゃない。


 しかし、それ以上に神鳥君と神谷君を中心に今年の夏は回るような気がしてならない。

 甲子園史上最強とも言われたバッテリーである、加地と久木の意思を継ごうとしている2人……


「『新鋭の天才たち』と『最強の意思を継ぐ者』か……楽しみな対戦だな」


 デスクの椅子にもたれながらそう呟いた。

 この後急ピッチで雑誌の原稿を終えて、休憩所へと向かった。

 休憩所にあった自販機でコーヒーを買いテレビをつけた、チャンネルを甲子園のやっているものにあわす。


「どっちが勝ってるかな?」


 画面映ったのは、同点の8回裏ツーアウト2塁、打席には帝羽学園の4番横尾君……一打先制の緊迫の場面だった。

 




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