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夏空  作者:
第3章
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第54話 プロへ行くの?

 有名人の突然の訪問は、大人の取引で事態が収集した。

 まぁ、そんなこんなで今俺の隣には、前川千紘がいる。

 加持先生に「気分転換がてら行ってこい」と言われ宿舎の外を2人でぶらついている。


「私と2人っきりなんだからもう少し喜べば?」


 すれ違う人に気づかれないように、彼女は帽子を被りサングラスを外した代わりにマスクをつけている。


 この女は、俺に対する迷惑は考えていないのか?


「大事な決勝前に来られて迷惑に決まってるだろ」


「休みがこの日しか無かったのっ」


 ったく、俺みたいな一般人と待ちを歩いて何が楽しいんだか。

 前川千紘は、関西に不慣れなのか周りを見渡し挙動不審だ。

 生まれと育ちは、関東の方で仕事で関西に居るとのこと、年は俺と同じ。


「ねぇ、たこやき食べたい」


 周りを見渡してたのは、たこやきを探していたのか……

「ありがとう♪」


 何故俺は、奢らされたのだろう……


「初たこやきだ! あ、ブログに載せなきゃ!」


 彼女はポケットから携帯を取り出し、6個並んだたこやきを撮影している。

 鼻歌交じりに携帯を触っている所を見ると、ご満悦のようだ。

 よりあえず、機嫌を損なうことが無くて一安心だ。


「おい、マネージャンさんの所に行くぞ」


「食べるまで、待っ、あつ!」


 落ち着いて食えよ……

 彼女はたこやきを爪楊枝で持ち上げながら、息を2,3度吹きかけ口へ入れる。

 とりあえず、要望通りにたこやき屋の隣のベンチに座った。


「んっ」


 彼女は、爪楊枝で突き刺したたこやきを俺の前に差し出した。

 さっきのは、食べたらしい。


「食えってか?」


「私があげるって言ってるんだから、黙って食いなさい」


 ……俺は黙って差し出された、たこやきを口に入れた。

 ソースの味と中が溶けているような滑らかな触感……うまいな。

 適当な屋台で買った割には、当たりの店を見つけた。


「明日の決勝、頑張ってね♪」


 前川千紘は、たこやきを口を運びながら言った。


「どーも」


「卒業後は、プロへ行くの?」


「行く気は無い」


「なんで!?」


 耳元で怒鳴られた、耳がキーンと言う音を立てているようだ。


「うるせぇよ!」


「なんでプロに行かないのよ!?」


「俺の勝手だろ」


 今の大会が終われば高3となり、卒業の話も野球部の間でも話題となることはある。

 その度にプロに行けと周りに言われるが、自分自身はプロに行くのが目的で野球を始めたわけではないし、自分がプロで通用するようになるとは到底思えなかった。


「自分の立場分かってんの!?

今や、聖王の神鳥哲也とならぶ、甲子園の怪物よ!?

それだけの才能、プロが放っておくわけないでしょ!」


 食べかけのたこやきを片手に声を張り上げる、アイドルの姿はシュールだ。


「早く食え、マネージャーの人が待ってるんだろ」















「迷惑をかけてごめんなさい」


 そう言って、マネージャーの女性は頭を下げた。

 俺は今、前川千紘を送り届けに駅まで来ていた。

 18時を回ったところで駅には、仕事帰りのスーツ姿のサラリーマンが多く視界に入る。


「千紘、何でそんなに不機嫌なの?」


「別に」


 マネさんの横に居る、前川はそう言って携帯を開いた。

 俺がプロへ行かないと言ってから彼女の機嫌はななめのようだ。

 ……どこで選択肢を間違ったんだろう。


「では、私たちはこれで」


「どうも」


 2人は改札へと向かって歩き出した。








Side 前川 千紘


「同じ人種なのに……」

 

 東京行きの新幹線の中で窓の外を見ながら呟いた。

 神谷功は、私思っている以上に特別では無かった。

 あれだけの才能を持つのだから、プロへ行くと即答すると思っていた。


 努力も相当しているはずだし、自信満々で勝気な人柄かと思っていたら、実はそこらへんに居る男と何も変わらなくて正直残念。

 あー、思い出しただけでもイライラする!

 

 聞いていたウォークマンの音量を上げて周りの雑音が聞こえないようにして、帽子を深くかぶり眼を閉じた。


Side out





 宿舎に戻ると丸川に根掘り葉掘り、話を聞かれた。

 面白がってからかう後輩もいたが、俺の頭の中はすでに明日の決勝のことで一杯で構っている余裕はなく、自室の部屋でベッドに寝転び、右手でボールを触り指の感触を確かめている。

 

 同室の関本は、バットを持って部屋を出て行った。

 外で素振りでもしているんだろう。

 1人の部屋で天井向けてボールを軽く投げる。


 指先の感触を確かめるちょっとした、トレーニングだ。

 俺はなんとしてもこの大会で優勝したかった、自己満足でもなんでもいいから神鳥と並ぶモノ……日本一の称号が欲しかった。

 春の優勝投手として、日本一の打者と対戦したい……俺の勝手なこだわり。


「いてっ」


 ぼんやりと考え事をしていたら、天井に投げたボールを取りそこなって額に当たった。

 軽く投げたと言え硬球が頭に当たるのは結構痛い。

 ジワリと熱を帯びて痛む額を押さえて立ち上がり、ベランダへと出て空を見る。


「雲は無いな……」


 明日の天気は、心配なさそうだ。

 帝羽打線との対戦に集中できる。


 ――絶対に勝つ。

 春の夜に1人そう心に決め、少し早めの眠りについた。


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