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夏空  作者:
第3章
51/94

第51話 無駄を満喫してた


 ベスト8進出をかけた2回戦。

 0対0で迎えた7回の攻撃、ヒットで出塁した俺と四球(フォアボール)で塁に出た淳を1・2塁に置いて、打席には、5番センター、丸川。


 一死(ワンアウト)なので相手の守備はゲッツーシフトをしかれている、外野はバックホーム体勢で少し前進気味。

 右打ちの丸川が打席に入りバットを構えた。










Side 斎藤 舞


 功たちの試合を見終えた後、愛と飛鳥と3人で駅近くの喫茶店に寄った。

 甲子園が地元、兵庫にあってよかったとつくづく思う、遠い他県だと今頃バスで揺られるハメになるはずだ。


「こうにぃたち、ベスト8だね!」


 愛が嬉しそうに言った。


「そうやなぁ。

神谷の注目度も試合のたびに急上昇中やな」


 飛鳥は、頼んでたパフェをつつきながら答えた。

 なんで、飛鳥はいつも甘いもの食べてるのに太らないんだろう……


「どうしたん、舞?

一口いる?」


「ダイエット中だからいらない」


 飛鳥が言うと嫌味にしか聞こえないような気がする。

 愛は、嬉しそうに横から一口もらっている。

 楽しそうにパフェを食べる2人を少し複雑な気分で見ていた。


 家に帰ってテレビをつければニュースで今日の高校野球の試合結果が目に入る。

 そこに功が絡んでいることが、少し遠い場所で起こっているような気がしていた。

 功とあたしは、少なくとも今は、別の世界に住んでいる。


「まいねぇ?」


 愛が心配そうな目で見ている。

 そういえば最近元気が無いようだと飛鳥に言われた。

 心配するかわいい妹の為に今日は、愛の好きなものでもつくってやるか!


「大丈夫、今日は愛の好きな物作るから」


 ――大丈夫。

 功とまた同じ時間に戻れると、自分に言い聞かせうように言った。


Side out


「フッフ……なんと言っても今日の主役は、決勝スリーランを打った俺様だな」


 横の丸川が不気味な笑みを浮かべている。

 新3年生5人の俺たちは、全員広間のテレビの前に居る。

 就寝前に高校野球に関するニュースを見るのが、センバツが始まってからの習慣となっている。


「なんか、丸川さん不気味ですね」


「そう言ったるな」


 桜井と淳が呆れるように言った。

 普段、なぜがいじられ役に回ることが多い丸川が主役であることにすこし不満なようだ。

 もちろん、丸川の実力はチームメート全員が認めている。


 秋の地区大会では、淳が勝負を避けられても丸川が勝負強さを発揮おかげで勝てた試合も多い。

 荒っぽい所は、相変わらずだが……


「始まるぞ」


 かけていた眼鏡をかけ直しながら関本が言った。


「神谷ばかりだったな」


「やな」


「ですね」


「……なんか、ごめんな丸川」


「嘘だぁぁぁあ! 

なぜだ!? なぜなんだ!?」


 丸川は、頭を抱えて悶えている。

 結局丸川のスリーランは、ほんの数秒映っただけで試合後のインタビューもカット。

 なんか、こいつらしいと言えばこいつらしいが……


「さぁて、寝るかぁ。

次の試合は、連戦になるからなぁ」


「そうですね、神谷君、関本さんお休みなさい」


 相部屋の桜井と淳は、自分の部屋に帰って行った。

 丸川も暗い影を散らせながら、フラフラした足取りで部屋へ。


「俺たちも寝るか」


「先、行っといてくれ」


 関本にそう言って、自分一人だけ広間に残った。

 別に大した理由は無かった、ただ常に周りに目を意識しながら過ごしている今大会は、いつも以上に神経がすり減っているような気がしている。

 世間に自分の存在が広まることが、俺にとってこれほど神経を使うこととは、思っていなかった。


 その点、アイドルとかそう言う人たちに精神は、すごいと素直に感心してしまう自分が居る。

 前川 千紘……あの心の内を見透かすような、蒼い瞳が頭から離れてはくれない。


「あれ? 神谷君?」


 入口の方で声がした、振りむくとそこには、北川の姿があった。


「1人で何してんの?」


「無駄を満喫してた」


 ――変なの。

 彼女は、そう言って俺の隣に座った。

 風呂上がりなのか、彼女の長い黒髪は少し湿っていて、シャンプーのいい香りが鼻を刺激する。


 沈黙が空間を支配している。

 何か話し始めると思っていた、俺は完全に話すタイミングを逃した。

 適当を話題を頭の中で検索している時だった。


「さっきね、お兄ちゃんからメールがあった」


「神鳥から?」


「うん、『僕の居ない甲子園で負けるな』って、神谷君に伝えてくれって」


「一応、そのつもりだけどな」


「大丈夫って、返しといた」


 そういえば、神鳥も見てるのか。

 当然と言えば当然のことを今になって、再認識した。

 隣に居る彼女は、髪が邪魔なのかポニーテールのように1つにくくり始めた。


「最近、舞ちゃんと話してる?」


「電話はしてる」


「ちゃんと、コミュニケーションとらなきゃ駄目だよ」


 パツ、と音を立てて、髪を結び終えた彼女は、椅子にもたれかかっている俺の顔を覗き込んだ。


「んだよ?」


「……なんでもない、明日も試合なんだから早く寝なよ、少年!」


 彼女は、元気よく立ちあがると「おやすみ」と言って、広間を去った。

 明日も試合か、甲子園に来て初めての連投だな。

 立ちあがった俺は、窓に当たる雨の音にこの時始めて気がついた。













 準々決勝は、雨の降る中での試合となった。




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