第50話 前川 千紘
甲子園に出場したチームは、大会中は近畿圏内の宿泊施設に泊まるのが通例だ。
それは、地元である開成も例外ではない。
「神谷、お前さっきからそのペンダントばっか見つめてどうしたんだ?」
同じ部屋の関本がそう訪ねて来た。
宿泊中は、2人1部屋に割り振られ俺は関本と同じになった。
昼前に終わった試合後、まだ夕食までの待ち時間、部屋で休みながら甲子園から引き揚げるときに蒼い目をした少女が落としたペンダントを手に取り眺めていた。
「拾ったんだ」
ハートのアクセサリーがついたペンダント。
もし、本人の大切なものなら甲子園の周りを探しているだろうか?
「関本、まだ夕食まで時間あるよな?」
「まーな、1時間ほどだが」
1時間か、だったら余裕だな。
俺は、ペンダントをジャージのポケットにしまい立ちあがった。
「どこ行く気だ?」
「散歩」
宿舎から歩いて15分くらいの場所に甲子園はある。
歓声が外まで聞こえている、そういえば今日は第4試合まであったような気がする。
傾き始めた日の下で、自分が球場から出てきた場所を目指した。
途中で少し周りの視線が気になったけど、気のせいだと言い聞かせて足を進め続けた。
そして、その場所に着くと、まず視界に入ったのは深めに帽子をかぶり、地面のほうを見ている人。
見つけた。
近づき、肩を2回たたく。
「探し物はこれ?」
「どうしてそれを!?」
印象的な蒼い瞳が俺の方へむけられた。
当たりみたいだな。
「昼間ここでぶつかったときに落とした」
「一応、礼は言っておくわ」
……一応だと?
「あなた、開成高校の神谷君でしょ?」
「どうして名前を?」
「今大会、注目選手ですもの。
高校野球好きなら、誰でも知っているわ」
まいったな、俺の名前がそんな所まで広まっているとは。
目立つの嫌いなんだよなぁ。
「私に知ってもらえるなんて光栄ね」
「……あんた何言ってるんだ?」
「もしかして、私を知らないの?」
その目は、大きく見開かれている。
本気で驚いているようだ。
もしや、この女頭がちょっとアレなのか?
「そう……ふーん。
前川 千紘って、聞いたこと無い?」
「知らん」
「自分で思ってるほど、売れていないのか……?」
目の前の前川 千紘と名乗る女の子は、1人でブツブツ言い始めた。
こいつは、マジで危ないかもしれない。
「落し物は返したから、俺は帰るんで」
「あ! ちょっと!」
呼び止められたような気もしたけど、身体を反転させ俺はその場を去った。
「なぁ、桜井」
「はい?」
夕食を向かいで食べている桜井は、口の中のモノをのどの奥に押し込んで答えた。
「前川 千紘って、知ってる?」
「アイドルのですか?」
桜井は相変わらずの敬語で答えた。
どうして同い年なのに敬語なんだろう。
……ちょっと待てアイドルだと?
「丸川さんの方が詳しいですよ」
そう言われ丸川の方を見ると、白飯を食べるのに必死だ。
あいつに聞くのは断念し、桜井に視線を戻した。
「なんか特徴的な所は無いのか?」
「そうですねぇ……確か目の色が蒼かったはずですよ」
あの女、もしや本物か!?
そうか……それならばすべての辻褄が合うぞ。
つーか、全国の高校生みんなが自分を知ってると思うなよ。
にしてもアイドルか……自分のような一般人とは到底縁の無い人種だな。
そんなことを考えながら、お茶で喉を潤した。
べっとりと脳裏に焼きついた、あの蒼い瞳だけが離れてはくれなかった。
「明日の起床時刻は、6時……つまり、今からのレム睡眠を計算すると……」
夕食後、部屋に戻ったのはいいが関本が得意(?)の分析を始めた。
2つ並んだベッドの上に座り、何やらブツブツ呟いている。
自分の世界に浸っているとの表現の方が正しいのか?
ベッドに背中から倒れこむ、ギシっと音を立てて自分の背がベッドに受け止められた。
頭の後ろに手を組んで枕にし、天井を意味も無く特に何も考えるわけでもなく、無気力に見つめたいた。
枕もとの携帯のバイブがなっている、しばらく続く事がメールで無い事を示していた。
ディスプレイに表示された、名前を見て無視するわけにいかない相手だったから少しため息が出た。
バイブが鳴ったままの携帯を手に取り、部屋のべランダへと出る。
関本は依然として自分の世界に居る。
電話の主の名前をもう一度見た。
間違い無ことを確認してから、通話のボタンを押した。
「なんだ?」
『今、大丈夫だった?』
相手は、幼馴染の斎藤 舞だ。
「一応、暇してた」
『良かったぁ』
去年の夏に俺は舞へ自分の想いを打ち明けたが、俺と舞の関係は依然として『幼馴染』に止まっている。
神鳥との再戦……自分なりに過去へのケジメをつける方を俺が優先したからだ。
それでも彼女が自分の中で特別で大切な人であることには、何も疑問は無かった。
『ちゃんとご飯食べてる?』
「俺は子供か。
食べてるに決まってるだろ」
『そっか、そうだよねぇ。
功に早く会いたいなぁ』
よくもまぁ、そんなセリフを動等と……
「優勝とるから少し時間がかかるかな」
『うん、怪我だけはしないでね』
「分かってる」
その後の舞との他愛のない会話を終えて、電話を切った。
ベランダから部屋に戻り携帯をベッドに投げた。
見事着地した携帯した確認した後、自分の世界から帰還していた関本と一緒に風呂へ向かった。




