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夏空  作者:
第3章
49/94

第49話 運命のイタズラ


 Side 藤井 高志


 仕事場のオフィスで担当している雑誌の記事の編集をしながら、脇にあるラジオから流れる甲子園の経過に耳を傾けた。

 今日は、開成高校の初陣、つまりエースの神谷君が甲子園デビューするという意味だ。

 秋の神宮大会を制覇して今大会、優勝候補としてあげられる開成。


 神谷君の力に注目が集まり、神鳥 哲也と同様にその名が全国に轟くのは、時間の問題だと思っていた。


「藤井さん! ちゃんと手を動かして下さい!」


 ロングの黒髪を揺らし、眼鏡の奥にある強気な性格を相手に印象与える釣り目で、俺を睨みながら後輩の飯村は、言ってきた。


「少しは、ラジオ聞いたっていいだろぉ」


「締め切り迫ってるんですよ!」


 3年目を迎えても彼女の真面目な性格は、相変わらずだった。


「そう言えば、今年入学の1年生凄いですよね?」


 彼女は、手と目線は手元の作業に没頭している。

 あれだけの作業をこなしながら話す余裕があるのか……


「全中2連覇をしたチームの全員が同じ高校に進学するってやつか?

噂では、新設校に行くって話だしな」


「その世代は、他にも結構なレベルの選手が揃っていて、黄金世代と言われているそうですよ」


「ふーん」


「興味無いような感じですね」


 俺は、有望な選手……1年となればたいがいは興味を抱き、一度は直接見に行く。

 そんな俺が何も示さないことに疑問を抱いたらしい。


「今年の高3には、本物の化け物がいるからな。

その1年どもがどうしようが、今年の夏は盛り上がるぞ」


 そう言った、自分の背筋にゾクっと、何かが走った。

 こんなに夏が待ち遠しいのは、久しぶりだ。


 ラジオからは、開成がチャンスを迎えて、大きな歓声がより一層大きくなった音だけが聞こえた。


Side out









 試合は、終盤に差し掛かろうとしていた。

 1対1で迎えた、7回裏のウチの攻撃は、2番桜井と3番である俺の連続ヒットで二死(ツーアウト)ながら一塁三塁のチャンスを迎えていた。

 打席には、先制タイムリーを打った、4番キャッチャー、山中 淳。


「淳、頼むぞ!」


(りき)んじゃダメですよ!」


 ランナーで塁に居る、俺と桜井の声に小さく頷くと淳は、右打席に入った。

 肩にバットを寝かせた状態で相手ピッチャーと対峙し、フーッと息を吐いて身体から力を抜いて行く。

 淳、独特の準備動作(ルーティン)だ。


 今となっては、見慣れた動作だし、何よりこの緊迫した場面で淳ほど頼りになる打者は、居ない。

 俺を含めチームメイト全員が思っていることだと思う。


 ――キーン!


 初球だった、淳が右方向へ打った打球が右中間を抜けて行く。

 大きな歓声の中を俺は、ただ必死に走った。






 試合後の取材から解放されたのは、チームメイト全員がベンチを去った後だった。

 誰か待ってくれていてもいいのに……


 1人で球場の外に出ると、腕を組んで不機嫌な顔をした北川が居た。

 足元には、俺の荷物があった。

 どうやら、1人で俺を待ってくれていたらしい。


「遅いぞ! みんな先にバスに乗っちゃったよ!」


「へいへい、すぐに行くよ」


「それより先に私に言うこと、あるんじゃない?」


「荷物ありがと」


「ちがーう!」


 一回戦勝ったことに、嬉しいのか普段よりも少しだけテンションの高い北川をよそに俺は、自分のエナメルバッグを肩にかけた。


「そういえば、淳君がなんで決勝タイムリーを打った自分の方が取材が短いんだって嘆いてたよ」


「知るか、こっちだって楽しくてそうなったわけじゃない」


「淳君に言ったらなんて言うか……」


 北川がため息交じりにそう言った。

 淳と北川が付き合っているっていうのが、俺はイマイチ実感できていなかった。

 部活中は、私情を一切挟まない淳は普段チームメートの前で自分のことを語らない。


 勝つことに貪欲な淳が恋愛しているのは想像出来ないんだよなぁ……


「そうそう、舞ちゃんが――」


 北川が言葉を言いきるよる前に目の前の人込みから、飛び出してきた人が俺にぶつかった。


「いた!」


 女の子のようだ。

 帽子を深くかぶっていて、顔が見えない。


「大丈夫?」


「ごめんね!」


 一瞬だけ目があった。

 その瞳の色は、蒼かった。

 

 ――キレイな瞳だ。

 素直にそう思った。

 明るい色では無いが、深みのあるその色は、俺の脳裏に瞬時に焼きついた。


「私、急いでいるから」


 少女は、そう言って去って行った。


「まったく、急ぎ過ぎ……ん?」


 俺は、自分の足元に何かが落ちている事に気がついた。

 拾い上げて見ると、ペンダントだった。

 さっきの少女が落としたんだろう。


 そう思って、振り返ってみたがそこに彼女の姿は無かった。


「……まぁ、宿舎訪ねてくるかもな」


 みんなをバスに待たしていることもあって、俺はそのペンダントを後ろポケットにしまい、その場を去った。


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