第48話 春の甲子園
冬が過ぎ春が来た。
全国から選びぬかれた高校が聖地に集った。
それは後に語られる夏の始まり。
そして終わりの始まり。
「緊張しとるか?」
試合開始前にベンチ前で選手みんなで並んで開始の合図を待っている時、我が開成高校、不動の4番、山中 淳がそう聞いてきた。
俺よりも、淳の方が今にも朝に食ったものを吐きそうな顔をしている。
「お前が大丈夫か?」
「ほっとけ、これでも必死に緊張かくしとんねん」
肩を軽く叩かれて突っ込まれる。
大会初戦なのに淳とこうして、やりとりするあたり自分で思っていたよりも余裕があるらしい。
ベンチからスタンドの方をじっと見ていると、審判の人が出てきて集合をかけた。
「行くぞ!!」
山中の掛け声と同時に選手全員で飛び出す。
挨拶をすませ後攻の開成高校は、それぞれの守備位置へと散っていく。
俺は、ゆっくり自分の場所へ歩いて行った。
始めて投げる、真っ黒なマウンド。
歩数を計り、足場軽く均す。
夢舞台のマウンドの土は、抵抗なく足を流れて行く。
――ようやく、辿り着いたんだな。
ふと、そんなことを思い、スコアボードを見た。
甲子園独特の浜風は、スコアボードの上にある旗を、激しく振らしていた。
「功!」
振り向くと、淳から試合で使うボールを投げられた。
試合開始前の投球練習をしろと言う、意味なんだろう。
軽く6球を投げ、最後の1球を受けた淳がセカンドへ矢のような鋭い送球を投げる。
そのボールを内野陣が回し、最後に俺の元へと帰ってくる。
「しまってこうぜ!!」
淳がいつもと同じように声を張り上げた。
俺の後ろを守る全員が腹の底から返事をする。
スタンドから吹奏楽部が吹く音楽に背中を押され、先頭打者がボックスに入り、審判が試合開始の合図をする。
淳とサインを交換し、甲子園のサイレンが鳴り響く中俺は、振りかぶった。
俺にとって初めての甲子園、春の甲子園が始まった瞬間だった。




