第46話 夏空の下で
「さてっと、帰りますか」
ようやく病院から解放された。
試合後、頭部に死球を受けた俺は、念のため病院へと向かわされた。
一応、異常は無し、ただし今夜1日は安静にしとけとのことだった。
「頭のほかに、肩や肘は、大丈夫か?」
付き添いで来てくれた加持先生が聞いて来た。
「大丈夫です」
「そうか……迎えも来ているようだから俺は、帰るぞ」
そう言って、加持先生は車へと乗り込んでいった。
迎えって、一体だれが?
「舞……?」
その姿は、間違い無く彼女だった。
「大丈夫だったの?」
「え? まーな。
それより、なんでこんなとこ居るんだよ?」
「沙希ちゃんが病院行ったって、教えてくれた。
それに試合後話があるって、功が言ってたから」
北川め……余計な一文を追加しやがって。
どうする?
この状況で今さら何も無いなんて不自然すぎる。
とりあえず帰りながら考えるか……
舞と並んで帰路につくが、会話が続かない。
と、言うよりも、俺の頭の中はこの危機的状況をどう乗り切るかに全ての思考が傾いている。
会話をしている、余裕など……無い!
隣に居る、彼女の横顔を見る。
昔と変わらない、いや昔よりキレイなった顔立ち。
気の強く、世話焼き所も昔より傾向が強くなったが……
「功?」
「っ!?
なんでもない!」
視線に気づかれたか、相変わらず勘と言うか第6感が鋭いと言うか……
「ねぇ、話って何?」
Side 斉藤 舞
「あー……その……あれだ……」
恥ずかしそうに頭をかきながら、言葉は、ぎこちない。
なんとなく、察しはついていた、あのメールは功が送ったものじゃないってことが。
だから、今からする功の話は、きっとあたしにとって嫌なことに違いない。
「沙希ちゃんと付き合うとか?」
心の内側で思ってることを聞いた。
功のことは、遠くからでもずっと見てた。
だから、沙希ちゃんと一緒に居ることもよく見た。
彼女が功のことを好きなのは、飛鳥から聞いていたから仕方ないと、自分に言い聞かせた。
功が何も言ってこないのは、あたしには、関係無いからだと。
「北川?
何言ってんだ?」
まだ、とぼけるつもりなんだ……!
Side out
「だって、あのメール功が送ったんじゃないんでしょ?」
何故、ばれてるんだ?
北川が言ったのか?
「どうなの?」
無表情だけど、その目には、怒りが含まれてる。
「………そーだよ、北川が送った」
「付き合ってるから?」
「それは、違う」
「じゃあ、なんで沙希ちゃんにあんなメール送らせたの!!」
今にも崩れそうな表情で彼女は、叫んだ。
俺の自業自得だな……
「ねぇ……何か答えてよ……怒らないし、ぶたないからぁ……お願い……」
泣いてる彼女を見るのが、つらいから、反対の側を見た。
今、俺たちの歩いている河川敷には、夕陽がキレイに差し込んでいる。
ちょうど今この場所は、俺が舞に野球を始めるように言われた場所。
そして、俺が甲子園を目指す出発点になった場所。
「舞、ちょっと寄り道してもいいか?」
戸惑う、舞の腕をつかみ半ば強引に川の近くまで連れて行った。
「少し、長くなるかもしれないから座りなよ」
「いや、早く本当のこと言って!」
「舞、頼む落ち着いて聞いてくれ」
「何を!?
今になって、あたしに言うことなんて何も無いはずでしょ!
功が誰と付き合おうとあたしには「それ以上は、しゃべるな」っ!」
少し、威圧して言いすぎたかな?
彼女は、少し怯えた表情で俺の顔色をうかがっている。
「俺……お前のことが好きなんだ」
自分の正直な気持ちを口にした。
彼女は、目を丸くして俺を見てる。
「北川は、もう知ってる。
あのメールは、北川が俺とお前の仲を直したくて送ったんだ」
「それって……ほんと?」
「本当だよ。
今さら迷惑だよな、村上と付き合って「付き合ってない」は?」
「村上君には、ごめんって言った」
つーことは、俺のただの勘違い……
「なんで?
ずっと、一緒に居るからてっきり「どっかのバカが好きだからだよ!」はい?」
涙目でそう叫ぶ彼女を不謹慎ながら、可愛いと思ったのは、俺と君だけの秘密だ。
「何?
その不思議そうな眼は?」
拗ねたように口をとがらせながら、涙をぬぐう幼馴染。
「えーっと、舞も俺のこと好きだったの?」
「当たり前だ!
でなきゃ、功の身の回り世話なんてするわけないでしょ!
この変態、鈍感バカ!!」
何故俺は、こんなに責められてるんでしょうか?
「へー、そうだったのか」
「もっと驚け!」
ぐっ、公共の場で殴らなくてもいいだろ。
「ねぇ……もう一回、好きって言って……」
可愛すぎだろ……
思わず抱きしめちまった。
「ひゃ!
ちょ、先に言って「―――――。」っ!」
面と向かって言うのは、恥ずかしいから耳元で囁くように言ってみたんだが……舞が固まった。
「何か、反応してくれないと恥ずかし――」
俺の言葉を彼女が遮った、息苦しさと共に確信する。
――自分はこの人が好きなんだと―――
いつも、自分の殻に逃げ込もうとする自分が嫌いだった。
自分が傷つくのが怖いから、他人とは距離を置くくせに誰から求められることを望んでいた。
でも、舞はそんな俺のそばにずっといてくれた、中3の冬に自暴自棄になりそうな俺を立ち直らせてくれた。
彼女の父の夢であり、いつしか彼女自身の夢になり、そして俺の夢になった『甲子園』。
最初は、舞が喜ぶ姿が見たくて必死だった。
中学に時には、1度は諦めた、1人の幸せを奪った痛みに俺の心は、耐えることは出来なかった。
けど、俺は今、その夢の途中に居る、新しく出会った仲間と共に……
きっと、どれだけこの道を進み、迷ったとしても、俺の歩みの出発地点は彼女なんだ。
「えっと……そろそろ離してくれない?」
「え?
ご、ごめん」
「ううん、嬉しかったよ。
ちょっと、恥ずかしかったけど……」
当たり前だ、俺としては恥ずかしすぎて2度と口にはしたくない。
「ねぇ、どうするの?」
「何が?」
「……流れでわかりなさい」
「待て、そんなに殺気を振りまくな。
……俺は、けじめがつくまで付き合う気はない」
「神鳥君?」
「そーだ。
あいつとの再開を果たすまでは……他のことをする余裕はない」
甲子園に行くことすら、狭く険しい道であり、全てをかけるつもりで行かなければ到底たどり着けるものではない。
それに、このけじめを付けないと、俺は君の隣に胸を張って並べないから。
「だから、もし舞が村上と付き合っても俺は「なら、待つしかない……か」は?」
「あたしの方を向かせるのにどれだけ待ったと思ってるの?
1年と少しくらい、なんともないよ。
ただ……」
最後の一言が発せられると同時に感じる悪寒……聞くなと俺の本能が叫んでいる・
「他の女に目をくれたら……楽しみね♪」
こいつの笑顔ほど、破壊力のあるものは無いな……色んな意味で。
「了解しました」
「よろしい!
あ、待つ代わりに1つ約束してほしいなぁ」
ごめんなさい、上目遣いで申し込まれたら断れません。
「なんだ?」
「甲子園優勝のウィニングボール頂戴♪
あ、もちろん夏の甲子園ね」
俺の道にゴールはあるのか?
「ふざけんな。
甲子園に行くだけで、どれだけ大変か「ダメぇ?」ぐっ!」
ダメだ!
この上目遣いと言う兵器の前に俺の闘争心はすでに折られている……!
「分かった、全力で頑張ります」
なんて、無茶な約束をしたんだ。
「よし!
楽しみにしてるね。
じゃあ、帰ろっか!」
……この笑顔が見られただけで約束をした甲斐があったかもしれない。




