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夏空  作者:
第2章
45/94

第45話 終局

Side 神鳥 哲也


 寮に帰ったあとも部屋のパソコンで開成高校の試合経過を見ていた。

 試合は最終回、津佐高校の最後(・・)の攻撃へと入っていた。

 

 7回に神谷のヒットで1点を勝ち越した開成は、その1点のリードを保ったまま逃げきろうとしていた。


「今年の夏は、神谷に会えそうだ」


 そう思うと嬉しさがこみあげてくる。

 彼は、僕を熱くさせる数少ない投手だ。

 中3の時の試合だって、楽しくてしょうがなかった。


 僕の不注意で最後まで出来ずに残念だったが……

 避けようと思えば避けれたが僕の身体は、石のように固まって動けなかった。

 神谷の投げるボールに見惚れていた。


 だから、もう一度打席で見たかった、彼の投げるボールを。


「最後の山場か……」


 開成高校は、最終回ツーアウト満塁のピンチを迎えていた。

 点差は、1点……どうやって抑える気かな?


Side out




 打席には、春斗が入った。

 1点差の最終回、今ここを乗り切るには、最後のカードを切るしかなさそうだな。

 前の打席は、ストレートで押しきれたが春斗のことだ、俺の細かい仕草から球種を判断するだろう。

 アウトに仕留めるには、あいつの知らない切り札を使うしかない。


 初球のストレートを見逃し、ストライク。

 難しいのは、ここからだけど……山中のサインは、スライダー。


 ――キーン!――


 痛烈な音を残して打球は、一塁線へ。

 塁審の判定は、ファール。

 危なかった、あと数センチで逆転タイムリーになるところだった。


「タイムお願いします」


 山中がタイムをとって、マウンドに寄って来た。


「ナイスタイミング」


「ストレートもスライダーも打たれるような気がすんねやけど?」


 山中の勘は、よく当たる。

 この辺の感覚も凄いといつも思う。


「多分、考えてること一緒」


「使うタイミングは、ワイに任せてくれへんか?」


「当然任せるよ。

頼むぜ相棒」


 今さら、確認するまでもない。

 信用し過ぎと言われても仕方ないほど、山中にリードは、まかせっきり。

 まぁ、今日は初めて首を横に振ったが。


「今日もキレイな夏空だな……」


 帽子を取り、マウンドから見上げた空は、今日も広く高い。

 照りつける日差しは熱く、帽子を取った頭に当たる風は、心地いい。

 正直、野球を始めたのも再開したのも周りの人に後押しされた部分が大きかった。


 でも、やっていてよかったと思ってる。

 野球をしている時は、他人との繋がりをより強く感じられる。

 マウンドに居る時にかけられる、スタンドからの声援、背中越しから聞こえる仲間の声。


 色んな人に支えられて今の俺は、居るんだと強く思う。

 でも、一番近くで支えてくれていた彼女を傷つけてしまった。

 今さら謝っても許しては、もらえないかもしれないけど……それでも俺は……

 

「さてっと……」


 帽子をかぶりなおし、ホームの方へ視線を移した。

 先には、仏頂面をしている山中。

 そんな、怖い顔すんなよなぁ。


「楽しんでこーぜ……」


 自分にも言い聞かせるように呟いた。



Side 一ノ瀬 春斗


 僕を追い込んでからは、2球続けてストレートか。

 釣り球のつもりだったんだろうが、もうボール球には、手を出さないよ。

 どのみち、功は、もう限界に近いはず、延長になってもかならずウチが勝つ。

 ミートに徹して、来たボールを叩く!


 山中のサインを確認した功がセットポジションの体勢で、グローブの中のボールを握りかえる。

 スライダーじゃない……3球続けてストレートか。

 僕が当てた死球のせいでもう限界だろうに、今楽にしてやる。


 功が足をあげた、少し捻りのきいたフォーム、しなった腕からボールが放たれる。

 投げた瞬間に分かった、甘いコースに来ていると。

 ――もらった!――

 

 タイミングは、身体が覚えた、覚醒後の功のストレートのタイミングも完璧。

 捉えたはずだった、ボールが予想を遥かに上回り遅いことを頭に入れておけば……

 チェ、チェンジアップだと……!?


Side out


 この夏に向けて練習した、新しい変化球、『チェンジアップ』。

 実は、最初に春斗に教えてもらった変化球だ、当時は、ボールを抜くって感覚が分からなくて習得をあきらめた。

 

 タイミングを外された春斗は、空振り三振。

 割れんばかりの歓声が響く中、気がつくと俺は、ガッツポーズをとっていた。










「まさか、チェンジアップとはね」


 試合後のチーム同士のあいさつの後に春斗が話しかけていた。


「ちょっとは、成長したろ?」


「そーだね、完敗だよ。

頭、大丈夫かい?」


「多分な」


「相変わらず規格外れな奴だな」


「どーも。

ただ、ナイスボールだったぜ」


「ハッハ!

本当に君は、面白いやつだよ!」


 笑いながら春斗は、涙を流していた。

 やり方は、間違っていたかもしれないけど甲子園を本気で目指していたことに疑いは、無い。


「ありがとな、春斗」


 俺に野球を教えてくれて、試合を通して色々なことを思い出させてくれて。


「気持ち悪い奴だ」


 ………山中にも似たようなこと言われたな。






Side 一ノ瀬 春斗


 ありがとうか……随分と大人になったもんだ。

 昔は、僕の後ろに付いて来るだけだったのにな。


「これで高2の夏が終わったのか」


 誰も居なくなったベンチで呟いた。

 ベンチの外では、先輩たちが泣いている。

 申し訳ないと言う、気持ちと同時に喜びが心の中に存在した。


「そうか……そうゆうことか」


 気づいてしまった。

 僕は、功のファンになってしまっていたんだ。

 彼の見せる才能に惚れてしまっていたんだ。


 才能のある選手なんて目障りだと思って、今まで潰してきた。

 でも、功だけは潰れなかった、いや出来なかったの方が正しいか。

 甘いな、僕も……


 けど、この気持ちに気づいてしまった以上、もう野球は、出来ないな。

 これからは、陰ながら功の応援でもするか。


「行けよ、甲子園」


 誰も居ないベンチで願いを込めて、呟いた。


Side out


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