第44話 繰り返される悲劇
Side 山中 淳
「これが今の功の限界だよ」
打席に入った、一ノ瀬がそう言った。
「なめんなや」
「眠ったままの功は、敵じゃないよ」
今の神谷は、本来の姿じゃないって、言ぃたいんか?
ワイは、今が一番やと思ってる。
過去どうであれワイは、ワイのやり方で神谷を引っ張って見せる。
初球のサインは、スライダー。
しかし、バッテリーを組んで初めて神谷が首を横に振った。
残りの球種は、直球のみ。
慎重に変化球から入ろうと思ったが……神谷がストレートを投げたいなら投げさせるか。
右打ちの一ノ瀬から一番遠い、アウトコースにミットを構えた。
それを見た神谷は、一瞬笑ったように見えた。
Side out
Side 一ノ瀬 春斗
「っ!」
どうゆうことだ……初球に身体スレスレのインコースだと?
それに今のボールを投げた功の顔は、笑っていた。
セットポジションに入った、功から発せられる獣のような野生のようなオーラ。
それを感じ取った時僕は、ある確信を得た。
――眠れる獣を起こしてしまった――
「ファール!!」
高めのボール球に手を出してしまった……そうだ、ボール発せられる圧倒的圧力……
生き物ように、唸るこのボールこそ功の本来のストレート。
……出来ればここで試合を決めたかったが、仕方ないか。
Side out
頭の中を空にして、山中のミット目がけて腕を思い切って振る。
今までは、無意識のうちに力をセーブしていたようだ。
指先に残るボールの感触、腕を振り切った後の解放感……
「フー……これで終わりだ……!」
3球目もストレートを投げ込んだ、乾いたミットの音を立てながらボールは、吸い込まれていった。
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「さっきのピッチングがお前の全力か?」
ベンチに戻り喉を水でうるおしている時、山中がそう話しかけてきた。
「ん? 別に昔のように思い切って投げただけだよ。
どうやら、春斗が言うように俺は、寝ていたらしい」
「眼が覚めたんか?」
「まぁな、この先は、1人もランナーを出さないつもりだよ」
「頼もしぃなぁ」
山中は、肩をすくめた。
さて、ボチボチ、反撃開始と行きますか。
Side 藤井 高志
5回の満塁のピンチを免れてから、開成に流れが傾いたか。
ついに7回の開成の攻撃で同点、打席には3番を打ってる神谷君。
「藤井さん、津佐高校が一ノ瀬君をついに投入しましたね」
飯村が暑そうに額の汗を拭いながら言った。
「ツーアウト2、3塁だからな、満塁策をとっても次は、4番の山中君だから勝負しかない」
同点の場面でクリーンナップ……しかも、打席の神谷君は、5回のピンチを切り抜けてからのピッチングのリズムがいいから、気分も乗っているはず。
「ここで決めるか……?」
打席の足場を均し、神谷君が静かに打席に入った。
Side out
「さてっと……」
春斗は、右のサイドスローだったな。
左打ちの俺からは、見やすいから欲張らずセンターから左方向を狙うか。
決め球は、スライダーだろうな……
俺に変化球を教えてくれたのは、春斗だ。
野球の師であり、初めて出来た親友……だからこそ俺の手でケリをつけてやるよ。
初球は、アウトコース低めギリギリのストレート、手を出してみたが打球は、バックネットへ。
タイミングは、大丈夫そうだな。
次は、打たせてもらおうか。
Side 一ノ瀬 春斗
功の奴は、相変わらずデタラメな打撃センスだ。
あんなストライクギリギリなんて、普通は初球でアジャストするなんて出来ないのに。
やっぱり、功にはここで舞台から降りてもらおうか……
君のように才能があるやつを見るとイラつくんだよ。
僕がどれだけ努力しても君は、どんどん先へと進んでしまう。
どんな秀才や天才も壊れたら、ただのガラクタってことを教えてやるよ!!
「なっ!!」
抜けたボールを装って頭部を狙った……しかし、その顔面スレスレのボールを大根切りで打ち返された。
打球は、幸いファールだったが……
「化け物め……!」
歯ぎしりしながらそう呟いた。
Side out
ついに頭部を狙ってきたか……
俺たちのしてる球技は、人を殺せるってことを分かってやってんのか?
一歩間違えば、大事故につながるんだ。
お前が何を考えて、こんなことを始めたか知らねーが、ふざけたことをするのもここまでにしてもらおうか。
捕手とのサイン交換を済ませ春斗は、再びセットポジションへ。
カウントは、ツーナッシング……俺が圧倒的不利な状況だ。
おそらく、外角低めの真っ直ぐか……それとも……
Side 山中 淳
今の一ノ瀬の投球は、意図的にか?
高校野球では危険球による退場は、無いにせよあからさま過ぎやろ。
「神谷! 危ないと思ったら避けろ!」
ネクストから声を送ったが、聞こえてないのか神谷は、反応しない。
少し間をおいて一ノ瀬が投球動作に入った。
ネクストから見てた、ワイにはその投げたボールの軌道がハッキリ見えた。
頭部へと向かうボールの軌道が……
「避けろ!!」
しかし、神谷は打撃動作に入っていた。
打ち返す気か……!
Side out
2球続けて同じコースだと?
なめんなよ!
フェアゾーン打ち返すために、前方の足をオープン気味に開きバットを叩きつけるようにボールへ。
――いただき!――
そう思った、しかし、ボールは右にスライドし俺の顔面へ。
ス、スライダー……
Side 北川 沙希
声が出なかった、それは2年前に見た光景と同じだった。
ただ、違うのは、当てられたのは2年前に当てた人。
「神谷!」
声を張り上げて、加持先生がベンチを飛び出した。
割れたヘルメットの横で倒れた神谷君は、動かない。
う、うそでしょ……そんな……神谷君が……
加持先生と山名君に肩を貸してもらい、重い足取りで神谷君が治療のためにベンチへ戻ってきた。
そのまま医務室へと向かった神谷君は、数十分後に頭に包帯をしたまま帰ってきた。
「神谷君大丈夫?」
「まーな、当たった直後はフラフラしたけど大丈夫……と思う」
「神谷、医師にはなんて言われた?」
「………問題はないと一言だけ」
嘘だ、今だって足元は定まっていない感じだ。
止めたい……もう一回当てられたらどうなるか……
加持先生が止めてくれることを願うしかない。
「止めても無駄そうだな……」
「だから、大丈夫ですって」
「わかった、そうゆうことで采配をしよう。
ただし、少しでも俺が違和感を感じたら、そく交代だ」
「了解です。
北川、そこのバットとってくれ」
そんな危険な状態で本気でいくの?
君の帰りを待ってる人は、居るんだよ?
たかがスポーツでもう会えなくなることだってあるんだよ?
「北川?」
今、私が持っているバットを渡せば君は、また出て行くんだね。
なんでそこまでして、必死に甲子園を目指すの?
「大丈夫……打ってくるから」
耳元でそう言って、立ちすくむ私からバットを優しく奪い去り、背番号1は出て行った。
Side out