第40話 やるよ
「舞ちゃん、狩野君の仲間殴り飛ばしたってホント?」
昼休み、同じ班の子に聞かれた。
「うん、ホントだよ」
「なんでも、仲間を集めてるって噂だよ。
気をつけてね」
「大丈夫、大丈夫。
余裕だって」
数を集めなきゃ、何も出来ない男に負けるわけなんて無いし。
「ん? あれは……」
廊下から神谷君の様子を覗いた時だった。
彼は、珍しく誰かとしゃべっていた。
……狩野君じゃん。
「なに話してんだろ?」
何やら、険悪なムードって言うか、狩野君が一方的に熱くなってる気がする。
あたしがしばらく眺めていると、狩野君が何やら吐き捨てて去っていった。
「狩野君と何話してたの?」
1人になって、再びウォークマンを聞こうとした神谷君に聞いた。
「別にたいしたことじゃねーよ」
「あ!
これ売り切れてたカレーパン!」
食べたかったんだよね。
「やるよ」
「ホント!?」
食べたかった、カレーパンを貰い機嫌よく自分の教室へと帰った。
あ……何話してたか聞くの忘れてた、まぁ、いっか。
Side 神谷 功
さて、どうしたもんか。
狩野の奴が、斉藤への反撃を仲間を集めて目論んでいることを伝えるべきか、どうか……
「俺には、関係ないっか……」
本来なら伝えるべきことを自分は、関係無いと言い聞かせ逃げ込む自分が嫌になる。
親の転勤が多いから、昔から転校を繰り返してきた。
いつからだろう……他人と関わることを避けて1人で居るようになったのは。
他人との距離感が分からないけどそれでいいと思ってた。
斉藤に誘われて、皆で野球をするまでは……あんな風に皆で何かするなんて今までの俺の人生では、無かったことだ。
残念ながら、楽しいと思ってしまった、また野球がしたいと思ってしまった。
そんなことを放課後になるまで、外を眺めながら考えていた。
「帰るか」
いつもより、少し早い帰途についた。
Side out
「ん……?」
あたしが、目を覚ますとそこはうす暗い倉庫のような場所。
後頭部が痛い、ずいぶんと手荒な方法で連れてこられたもんだ。
「目が覚めたか?」
倉庫に響く、低い男の声。
顔をあげるとそこには、数十人の男と1人だけ体格が大きい男。
その体格の大きい男がリーダーかな?
「あたし1人つぶすのに人数多くない?」
「クック、中学生の小娘のくせに肝が据わっているじゃないか」
「どーでもいいんだけどさ、あたしの手足縛らなくてもいいの?
後悔するよ」
「大丈夫だよ、お前は今から俺と一対一で勝負してもらうからな」
そう言って、リーダーの男は、前に出てきた。
体格差は明らかだったけど、スピードならあたしの方が上だと思うし問題ない。
「最初は、小娘から来な。
一応、女なんだしな」
「じゃ、遠慮なく」
後悔してもしらないからね!
Side 神谷 功
部屋から見える、斉藤の部屋の電気は以前暗いまま。
まさかとは、思うんだけどな。
「斉藤なら、大丈夫だと思うだが……ん?」
耳に響くインターホンの音。
誰だろう?
「お前は……」
ドアを開けてそこに居たのは、斉藤の妹の愛。
「どうかした?」
「……」
無言って、しかもこの子泣いてね?
「まいねぇが……」
「斉藤の奴がどうかしたのか?」
「知らない男子に連れて行かれちゃった……」
っ!
マジか、不意打ちとかせこくないか?
いや、ケンカならなんでもありか。
「愛ちゃん、場所分かる?」
「うん……」
「………あそこか、俺が連れて帰るから、俺の家で良い子にして待ってて」
一言俺が言っておけば、こんなことにはならなかったかも知れないのに。
責任と後悔を胸に家を飛び出した。
Side out
「はぁ……はぁ……」
「どうした、もう終わりか?」
この男、こんなに強いなんて……足を痛めてからもなんとか避けていたけど、もう限界……
どうしよ、助けなんて来ない、この圧倒的不利な状況をどう切り抜ければ……
「動きが鈍いぜ!」
「うっ!」
男の拳が腹にめり込んだ。
一瞬宙に浮くほど衝撃、その場にうずくまり肺に酸素を送った。
「所詮は女か、この程度とはな」
「はぁ……はぁ……なめないでよ……」
絞り出した精一杯の言葉。
「クック、この状況でよくそんなことが言えるな。
それに、よく見るとお前可愛いじゃねぇか」
男は、あたしを起き上がらせると腕を片手で押さえて壁に押し付けた。
「いたっ、ちょっと、離し、ん!」
空いていた、もう一方の手で口を押さえられた。
「この人数で、まわしたら何時間かかるかな?」
言葉の意味は、分からなかったけど男の眼は興奮していることだけは分かった。
今、あたしが直面している危機もなんとなく想像できた。
「んー!」
「動くんじゃねぇ!!」
怖い……逃げ出したいのに身体が動かないよ……いや、誰か……誰か助けて。
心の中で誰かの助けを求める。
誰も来ないって、分かっているけど……でも、そうでもしないとあたしの心は恐怖に飲み込まれそうだった。
「その子を離せよ!」
「ぐっ!」
鈍い音と共に男が吹き飛んだ。
誰なんだろう?
拘束から解放された、あたしは、涙がたまっていた眼をこすり目を開けた。
「神谷……君?」
「ギリギリ、間に合ったみたいだな」
どうして?
彼がここにいるの?
でも、そんなことより。
「なんで来たの!?
この人数だよ!
早く逃げて!」
「分かってらぁ!
だから、お前が立つの待ってんだろ!
早く立て!」
「足痛めてるから立てないの!
だから、神谷君だけでも「マジかぁ」え?」
あたしが今この状況で逃げれないことを知っても、彼の反応は軽いものだった。
「だったら、しょうがねぇな」
「なにしてるの!?
逃げて!」
おたしのせいでこうなったの。
だから、君は巻き込まれないで。
「そんなボロボロのお前を置いて行けるわけねぇだろ」
やば、こんな時なのに心臓の鼓動が速い。
神谷君ってこんな、頼れるやつだっけ?
だって、いつもは……
「なんとかすっから、任しとけ」
そこから数十分、あたしの眼には彼しか映らなかった。
「重くない……?」
「多分、大丈夫」
「そこは、嘘でも軽いって言いなさいっ」
あたしをおぶってくれてる彼の頬を突いた。
「っ!
降ろすぞ」
青紫に内出血してる場所だったみたい。
「ごめん、ごめん。
でもさ、なんで助けに来てくれたの?」
「さぁ?
勢いってやつかな?」
「それでも、ありがと」
彼につかまってる腕に少し力を込めた。
その背中は、温かくて安心できる場所だ。
あたしの心臓の音伝わってるかな?
すごい、ドキドキしてるから結構恥ずかしんだけど……
「ねぇ、幼馴染なんだし下の名前で呼んでいい?」
「なんでだよ。
今まで通りでいいじゃねーか」
「いいでしょ、これから功って呼ぶから、あたしのことも舞でいいよ」
「気が向いたらな」
「いいから呼びなさい」
「ぐ……首を絞めるな」
少し苦しそうにもがく、姿も可愛い。
功の背に乗ったまま家へと帰った。
Side 神谷 功
「こんな所に何しに来たんだよ?」
「いいから早く」
舞に連れられ隣町まで来た。
このあたりは、近隣の市の中でも野球が盛んな地域だけど……
「一ノ瀬君、連れて来たよ」
「御苦労さま」
一ノ瀬……?
確か一回野球した時いたな。
「君があの時のピッチャーか」
「そーだけど、なんだよ?」
「僕の友達の知り合いである、斉藤さんから君に野球を教えて欲しいと頼まれてね」
水面下でそんな話が進んでいたのか。
「功は、運動神経いんだから何か運動しなって。
友達も出来るかもしれないし」
「断っても無意味っぽいな……」
「商談成立だね、よろしく神谷」
そう言われて、差し出された手を握り返した。
これが一ノ瀬との出会いであり、神鳥とも出会うキッカケとなった。
団体スポーツを本格的にするのも初めてで、仲間と呼べる存在が出来るのも初めてだった。
この時の俺は、ただ楽しみだった。
4年後、一ノ瀬と同じグラウンドで敵同士で会うことになるなんて思いもせずに。




